1話―5 ノブナガの課せし試練



 地球で放浪を続ける少女は後悔と憎悪で満ちていた。

 聖なるシスターに守られていた時も――導師の操り人形になっていた時も。


 どれほどの時がたっても、後悔が消える事は無い。

 自分がもし間に合っていれば、彼女を救う事が出来たかもしれないと――


 その後悔はやがて――憎悪という毒となって、その小さな体を蝕んでいった。



****



「――……ちゃん!レゾンちゃん!」


 悲痛の叫びが耳を震動させ、落ちていた私に思考の火が灯る。

 ――その叫びに、やってしまったと後悔しながらゆっくり重い目蓋まぶたを開ける。


 眼に飛び込んだのは、大切な少女――ああ、完全に泣かせてしまったな。

 もう涙でぐちゃぐちゃじゃないか。

 地球の友人達から、彼女は慈愛が強い分とても涙もろいと聞いていた。

 ――そもそも私を救った時に見せた悲しみの表情、二度とさせないと誓っていたのに――


「……ごめんテセラ。大丈夫だから……。」


「レゾンちゃん!!」


 うしろに倒される勢いで王女が飛び込んでくる。

 それを優しく受け止めながら周囲を見回す――よかった、ヴィーナはいないな。

 ――いかん、無意識に第三王女を警戒してしまう。

 本来これは失礼に当たるが、先ほどの今だ――状況が悪化するとも限らない。


 見回した限りでは、ここは私達二人に与えられた臨時の部屋。

 入り口には私を運んでくれたのであろう、二人の侍女がいるぐらい。


「……大丈夫?どこか痛いとか、苦しいとかない?」


「ああ、大丈夫――大丈夫だから……。」


 私のこれは精神的な不調に該当する。

 それも過去が原因だろうが、上手く説明できる自信もない。

 ひとまずテセラを落ち着かせなければ、また涙が枯れるまで泣きじゃくってしまう。


 身体と手足――特に以上が無いのを確認し、テセラをゆっくり離してベットを降りる。


「悪かったな。せっかくの、ミネルバ様との会食に水を差してまって……。」


 テセラの髪を撫でながら優しく謝罪を述べると――ようやく落ち着いたのか、少し笑顔が戻る。


「うん。ミネルバ姉様も全然気にしてないから、今日はゆっくり休んで――って言ってたよ?それよりも――」


 言わんとする事は分かる。

 明日にはあの魔王ノブナガのいる【マリクト】へ向かう予定だ。

 修練内容によっては、あまり悠長には構えてはいられない。


「君に心配はさせない。しっかりノブナガに鍛えて貰ってくる――そちらも王族としての責務が山積みだろ?お互いに頑張ろう。」


 撫でる手を頬に下ろし、この少女を安心させるために言葉をつむぐ。

 敵対者として出会い、すれ違いばかりで声を聞く事が出来ない私。

 それでも慈愛を常にぶつけて、心を――魂を救おうとしてくれたこの王女の傍に。

 これからもずっといるため――ノブナガという、新世代の魔王に教えをいに行く。


「うん――うん。一緒に頑張ろう……待ってるからね?レゾンちゃん。」


 心にあの、ヴィーナと言う少女が引っ掛かって離れないが、今はただ……前に進もう――


 その前にミネルバ様へ謝罪だ。

 テセラは許してくれてるが、流石に城主には不快な思いをかけっぱなしな気がするから……。


 笑顔の戻ったテセラにはここで待ってて欲しいと告げ、侍女に案内を頼みミネルバ様がいる場所へと――そうだ、彼女達にも礼が必要なので返しておこう。

 

「貴女達が私を運んでくれたのだろう?迷惑をかけた――感謝する……。」


「いいいいえっ!?そんなに改まられても……!私達はミネルバ様より仰せつかっただけですのでっ……!」


 うん?何やら侍女達の顔が心なしか赤い?――それにやけに視線が泳いでいる――何なのだ?

 ――いやまあそれより、魔王の所だ。


「申し訳ない。もう一つ迷惑をかけるが、私をミネルバ様の所まで――」


「えっ!?あっ、はい分かりました!水臭いですよ、是非ご案内させて――」


「――ちょっと、私もレゾン様を案内したいと思っておりましたのに!?」


 お、ちょ……なんだ?突然二人が口論に――いや、私は案内を頼んだだけなのだが……。

 ――ようやく案内を……って、何故侍女二人が一緒に前を……(汗)


 何だか変な状況に巻き込まれたが、なんとか魔王の所まで案内された私。

 その私を見て、テセラがぼそっとつぶやいたのは正直気が付かなかった。


「……レゾンちゃんたら……チャームの魔法を、無意識に撒き散らしちゃってる……(汗)」



****



「……まただ……。」


 ミネルバ姉さまが用意したテセラ姉さまと、あの外界の下位魔族の部屋。

 わたくしがちょっと魔霊力を浴びせたら、倒れてしまいましたの。


 それほど強い力はわたくしにはありませんのに――なんとひ弱なの?


 ――なのに――

 なんでテセラ姉様は――そんな下位魔族と笑い会えるの?

 準備した部屋の傍――そこに立つわたくしすらも見えてないテセラお姉様。

 なんでわたくしが見えないの?

 ねぇ――ナンデ……。


「――ナンデ、ソンナニワラッテルノ??」


 でもきっと――彼らが何とかしてくれる。

 わたくしをこのティフェレトへ導いてくれた、四大真祖の皆なら――きっと何とかしてくれるから。

 だから今は、我慢しますの――


 ここはわたくしと――ミネルバ姉様と――テセラ姉様が住む世界――


「アナタは――イラナイノ――」



****



「よく休めましたか?レゾン。私は王の職務故、【マリクト】には向かえないかもしれませんが――応援していますよ?」


 勿体もったい無さ過ぎる言葉――この魔王には、何からなにまで感謝の念に絶えない。

 本当にここを居場所に――帰る場所にしても良いのかと戸惑ってしまう。


「ハイ、昨日は本当に――大変失礼を。それなのにそこまで気遣って頂き、感謝に尽きません。」


 これから【マリクト】の王都【オワリ】へ向け、例の黒馬の馬車で向かう予定だ。

 この魔界の各階層の行き来は、地球で言う所の大陸間を旅客機で小旅行する程度の時間は要する。

 地球からこちら、魔界までの長旅の疲れが癒えているとは言いがたいが、魔王ノブナガへの意を無駄には出来ない。

 私が望んだ舞台を進んで準備してくれたのだ。


 この美しい【ティフェレト】の町並みは名残惜しいが、次までのお預けだ。


「テセラも待っていてくれ。――少し頑張ってくる。」


「うん!私も時間が取れそうなら、必ず応援に行くから!」


 いななくく黒馬に手をかける。

 またこいつに世話になるな――何だか愛着も沸いて来た。

 よく見ると、黒馬もやけになついてる。

 何だ私は……人や魔族所か、魔獣まできつけるのか(汗)?


 なついたついでに【マリクト】へひとっ走りして貰う。

 馬車の扉を開け腰掛けた後――小さな魔法陣が浮かぶパネルに触れる。

 どうやら魔界式の自動化らしいが、進んでいるのかどうか怪しい所だな(汗)


 その魔法陣より魔法力マジェクトロンが黒馬に流れ込み、再びいなないた後加速――ほど無く航空機レベルの速度まで一気に上りつめ、美の魔王の居城を後にした。



****



「レゾン嬢!!お命頂戴っ!!」


「待て待て!芝居にしては物騒過ぎるだろっ!?」


 休む間もない日常。

 本気の白刃と、幾度途無く切り結ぶ日々。

 ここは魔王ノブナガが治める【マリクト】が王都【オワリ】。

 

 私は今、壮絶な修練内容の中――精神的にもなかなかにキツイ状況を、荒波を越える様に突き進む。

 魔王がわざわざ用意した地球――日本古都の様な、和という物が織り成す家屋かおくを与えられ、そこで数ヶ月を過ごす事になっている。


 だがそこで与えられる安らぎの時間は、就寝時間最低5時間と――女性としての身だしなみに必要な時間のみ。

 それ以外の時間は、一切気の抜けない修練の時間――襲撃の時間か?


 ――全く、どうしてこうなった……。


 時はさかのぼり、【ティフェレト】から到着してまだ数時間も立たぬ内、私はノブナガに修練の委細を問うため王の間に訪れていた。


 魔王が住む居城から町並み――至る所に、古き和と呼ばれる伝統文化を再現した世界。

 【ティフェレト】の中世の古城がある風景からすれば、異様な光景である――が、不思議とそのたたずまいにおもむきがある。


 むしろその町並みには、西洋風の景色にも似た本質的な情緒じょうちょが感じられ、存外に私も好きだ。

 ――まあ、共通していると言えばそれを再現するためにも、やはりそこかしこに機械金属が見え隠れするのはあえてスルーの方向だ。


「さて――落ち着いた所でいよいよ本題じゃ。」


 眼前に胡坐あぐらをかき、鎮座するのは魔王。

 ノブナガといわれるこの男、成りは自分より少々年上程度――少年の風貌で転生したようだが、地球の歴史に名をせていた頃――彼が人としての生涯を閉じた頃はすでに50代前後だったらしい。


 それを聞いて、見た風貌にそぐわぬ傲岸不遜ごうがんふそんな態度にも納得がいった。

 少なくとも確実に、自分より人生を経験しているのは間違いない。


「お主がここで、修練を積む前に一つ――質問しておきたい事がある。」


「――?質問とは?」


 ここまでしてくれる魔王――ミネルバ様だけではない事にも感謝しかないが、これより修練開始という時間間際――ここに来て質問か?


「それは他でもない――お主が目指す先を聞いておこうと思ってのう。」


 ――目指す先――

 それはハナから決まっている。

 大切な少女、テセラの傍にあるため――そう思いながら、自分の目指している物の視界がぼやけているのに気付く。


 明確な目標が存在していない。

 ただ彼女の傍にありたい気持ちでは足りない、という所か――

 いちいち本質を突いてくるなこの魔王は――上等じゃないか。


「私は、彼女の――テセラの強さにあこがれた。魔法力マジェクトロンうんぬんだけじゃない、慈愛の心とその器に――」


 強くなる前の、自分の心の内を整理していく。

 目標を明確にするため――強さの本質を会得するため。


「――だから、私はテセラと傍に並んで歩けるだけの――自分だけの力を手に入れたい!」


「だめじゃ!」


 バッサリ切られた。


「――なっ!?じゃあ何が足りないんだ……!?」


 くそっ!相変わらず芯の所が読めない。

 凄い魔王である事は分かる――だがこいつは破天荒過ぎる。

 会話一つ一つが試されている様な錯覚――答えが見える気がしない。

 しかもこいつはそれを楽しんでいる、なんて厄介な魔王なんだ。

 まだ魔王シュウの方がマシだったな……。


「お主――テセラ王女殿下の傍にありたいと願うなら、最低でも王女に降りかかる火の粉は全て払えねば居る価値も無い――それは分かるの?」


 当然だ、テセラは【テフェレト】の王位継承者――それを狙う者が必ずしも弱い者や実力が拮抗きっこうする者とは限らない。

 ともすれば、ミネルバ様を越える様な化け物だって――


「――待て、まさか――」


 魔王の口端がニィと吊り上がる。

 いつものこの、してやったりな表情――完全に遊ばれてるのが悔しい……。


「という事はじゃ……。レゾン・オルフェス――お主が目指す先、それは魔界の魔族共が恐れ、畏怖せし――ミネルバ卿という存在じゃ!!」


 ――とんでもない発言、だが――

 それしか道は無い――


「……分かった……やってやろうじゃないか……。自分で選んだ道――後悔などない。――私はを目指してみせる!!」




 自ら放った決意を現実の物とする――普通の方法なんかじゃらちが空かない。

 そして魔王ノブナガが私に課した試練――それは、三ヶ月の内にノブナガ軍が全軍を以って時間差による奇襲を敢行。

 その降りかかる奇襲を全てしのぎきれという、常軌を逸した絶望的な修練内容であった。

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