1話―4 重なる悪夢と愛憎
「……うわ~……。す……素敵な料理……。」
ミネルバ様から招待された夕食に楽しみにしていた私達一行――と言っても二人に仕える使い魔は量子体故、食事の必要が無く――私は食する事は可能だが……まあ基本医療用メディカル・ブラッドが基本なため、食事をとらなくても差し支えはない。
それでもミネルバ様からの招待なら、食するのも已む無しと思い一番楽しみにしているテセラと共に、夕食に招かれた。
だが――重要な点が欠落したいた事を、食事を前にして思い知らされた。
あれは何だったか?地球の文化の一つ――サブカルチャーという物からの情報では、魔界という場所はオドロオドロしい所で異形の化け物とそれを従える、化け物の様な魔王が居るファンタジーな世界であるとの記述であった。
それを見てテセラに「いや……それはこの世界の二次元っていう空想だから……。」と遠い目で見られたのを覚えている。
当然だ――宇宙に故郷を持つ、魔界は魔族の王族である少女にとっては空想で割り切られる記述だった。
自分が目にした世界も美しく壮大で、そこに居住する魔族という種には地球とは違う文化が根付く。
統治する魔王という存在――秘めたる力は化け物ではあるが、容姿端麗の魔王ばかり。
ただ――その中に一点興味深い、現実だと寒気がするなと思う内容があったな……。
あれは現実になると流石にキツイかと思ったが――
「……香りは……ともかく……。――なんだこの形容は……?」
眼前に並ぶ豪勢であるはずの王族シェフが腕を振るった料理の数々。
香ばしい匂い・甘い香り・スパイスが鼻を
「……まさかゲテモノの点を地で行くとは……。」
――鼻を
ああ、テセラの表情がどんどん曇っていく。
無理も無い――相当楽しみにしていたから。
すると、並べられたテーブルの端――ミネルバ様が、隣りに立ち「あ……あれ?」な表情を見せるお付の魔界シェフへ、ジト目で苦言を述べる。
「だから言ったでしょう……?地球在住が長い者には、この魔界で普段食する食材ではいけないと……。」
「……その……様ですね……。」
無残にも、振るった腕を空振らせてしまったシェフがガクンっと肩を落とす。
哀れだな――少しぐらいは口にしておこう。
これは生存する環境が大きく影響している。
宇宙空間という場所で生存する生命は、いくらコロニーという物を創造し衣・住を得たとしても、食に関しては充分を満たせない所がある。
それは食そのものが、地球という自然環境を元に生まれ――作られる物であり、人工的な自然ではそれらを再現するのにも限りがある。
生命は実質栄養素があれば生存可能であるが、食とは必ずしもそればかりが能ではない。
素材を料理し――味や香りといった、五感で心を満たす事が重要不可欠だ。
「ごめんなさいね。魔界の自然は薄暗闇と真夜中――限られた動植物も、地球の様な生態系とはいかないの。――料理の食材となれば
「――事前に、文化の違いを充分考慮なさいと申し付けていたのですが、シェフも張り切りすぎた様で……。」
加えてミネルバ様の
結果、並ぶ料理の
シェフが鯛の作りの勢いで異形を飾り立てる物だから、テセラが完全にドン引きしてるじゃないか……。
流石にテセラの表情が痛々しく思ったのか、ミネルバ様が用意していた飛び切りの機転で対応する。
「誰か。私が用意した物をお持ちなさい。こちらの料理も廃棄せず、城の者に振舞うのですよ?」
魔王の指示に、慌てて城にいる侍女達が料理をあらかじめ用意した物に並べ替える。
するとそれを眼にしたテセラが曇った表情から、キラキラと輝く様な笑顔へ変わって行く。
「……これ、姉さま……!?」
キラキラした中に驚きの表情――じつは私も同様に驚いた。
並べられた料理は、王族の高貴さとはかけ離れた料理。
私はテセラに救済されて以後しか見た事はなかったが、明らかに日本の和食――それも家庭的な品々であった。
「驚きましたか?――実はこの料理、ミツヒデ殿からご教授頂いたレシピを参考にして……。貴女達のお口に合えばいいのですが。」
「材料は予め地球に連絡を入れて、ヤサカニ宗家の零さんから最新冷凍輸送技術で送ってもらった、まごう事なき地球の食材――貴女達の、魔界への渡航に先んじて間に合わせたのが役に立ちました。」
待て?料理した?魔王自ら??
よく分からないが、煮付け・焼き物・刺身・味噌汁・和え物――だったか?うろ覚えだが……これを全部――だと??
「本当!?姉さまの手作りっ!?」
うん、テセラもそういう反応だろう。
なんだこのパーフェクト魔王は――テセラでなくとも堕とされるな。
そういえば、2000年代に入って登場した地球の一般技術の延長に当たる冷凍技術――生鮮品でさえ数年越しで食せる、普通に新技術があったな。
そこまでして、わざわざ魔界に食材を送らせるとは――とんでもないサプライズじゃないか……。
さっそく、いても立ってもいられない王女が一番手近な――日本製のお椀に注がれる、深い味噌の香りが
「ん~~、おいひい~~☆」
先ほどのドン引きが嘘の様な――頬の落ちそうな笑顔。
テセラは地球の日本、それも三神守護宗家の者達との暮らしが多かったと聞いている。
聞くところによれば、お茶会なる物ですら和風だったと面食らっていたな。
だが流石に、こんな所で和食に出会えるとは思わなかったのだろう。
「ほら、レゾンちゃんも食べてみてよ☆と~ってもおいしいからっ☆」
テセラもなかなかやるな。
吸血鬼に和食を勧めるなど――
ミネルバ様の御前――断るわけにもいかず、並んだ料理を口にする。
――なんと、普通に旨い。
「これは……これはなかなかの味で……。」
思わずフォークとナイフが止まらなくなる。
――箸とやらは使えないので放置の方向だ。
吸血鬼の生い立ちや種類によっては、人間の料理を食するだけで吐き気を
二人して、その想定外な和風の手作り料理を次から次へと食し――幸福を味わう。
「良かった、ジュノーやレゾンのお口にあって――あら、遅かったですね?さあさあ貴女も食事になさい。」
食事のインパクト(前と後)に意表を突かれ、肝心な事が抜け落ちていた私――ミネルバ様が遅れてやってきた者をテーブルに座らせたのを見て、またも吹き出しそうになる。
それはちょうどテーブルを挟んで、私の前に座った少女がこちらを見ていたからだ。
「ああ、ヴィーナ!お先に頂いてるよ、姉さまの料理美味しいね!」
「そうですわテセラ姉さま!ミネルバ姉さまが、わざわざ厨房で腕を振るって下さったんですの!私もこの、ワフウという料理が大好きですわ☆」
やはり魔王の手作りか――だが、彼女はなぜそこに座った?またもこちらを見ている。
テセラと会話すると当然の如く、背後にお花がキラキラ舞い躍るのに――やはり気のせいではなかった事実が判明する。
私を見る薄緑髪の少女――ヴァルナグス第三王女ヴィーナ・ヴァルナグス。
その眼は深い
「……っ!!」
なん……だ!頭痛が……まさかこれは……!
その頭痛――すでに幸せな時間が当たり前に成り過ぎていたが、突如襲う頭痛に思い出したくない過去――導師の要塞で冷たい部屋の中にいた頃が明滅する。
頭痛の正体、あの過去の惨劇――みすぼらしい少女に首飾りと名前を贈ろうと戻った――あの――
ガタッ!!
「どうしたのっ!?レゾンちゃん!?」
思わず頭を押さえ立ち上がる私――しまった、テセラに心配をかけてしまう。
「……いや……、すまない……少し席を外す……。すぐ戻るから、ちゃんと私の料理は残しておいてくれよ?」
言い訳が浮かばず言葉を濁して、逃げる様に大広間を飛び出す。
「……なぜ……こんな時に……うぐっ!?」
完全に逆戻り――あの時の後悔の惨劇が頭をぐるぐる回り、
それは大切であった、みすぼらいしい少女が憎悪の元凶となった野良魔族に食い散らかされ、見る影もなくなった忌まわしき惨劇。
苦しい――
あの時の悪夢そのままだ――
ようやっと手に入れた幸福の時間すら、私は満足に過ごせないのか――
「――っ!?」
激しい吐き気と苦痛がぶり返す視線の先――なぜか彼女はそこにいた――
今ミネルバ様との会食の最中のはず。
だが彼女はそこに立ち、ただこちらを直視する――深く、深く
「――あなたの様な者は、テセラ姉さまの
――そこに立つ少女、第三王女ヴィーナのはず――
なのにその姿に重なる姿――幻なのか、そこにはあのみすぼらしい少女がいる。
「レゾンちゃん……!」
響く澄んだ声が、私を現実に引き戻す。
頭を押さえながらもう一度ヴィーナ――みすぼらしい少女が重なった場所を見る。
けどそこにいるのは、第三王女ヴィーナ・ヴァルナグス。
「――戻るといったろ?……せっかくの食事……楽しんで……」
テセラに心配をかけまいと、気丈に振舞おうとするが――そこで意識が途切れてしまった。
****
「あれがシュウ様を継ぐと噂される――外界の吸血鬼……。」
「――なんだ、とんだ下位種じゃないか……。」
それはちょうど、王女一行が国際宇宙港へ到着した頃――3つの影が、群集の遥か後方である一人の少女を見ていた。
「冗談もほどほどにして貰いたいなぁ……。あの、【ネツァク】を狂気で
無造作に伸ばした白髪――切れ長の眼に、背部で触手が
「――押さえろ、ファンタジア。ここで襲撃しては元も子もない。われ等はただ――王女のお心を救うべく動く。今はその時ではない……。」
ファンタジアと呼ばれた若者を
その巨躯の男が、
「ご安心下さい――貴女様が姉君との幸せの時間が過ごせる様、我ら四大真祖が取り計らって見せます。――今は、耐えて下さいヴィーナ王女殿下。」
「――うん、お願い……。」
四大真祖といわれる者――その呼称から、最上位吸血鬼であろう者達がひれ伏す少女。
――その名は、【ティフェレト】第三王位継承者ヴィーナ・ヴァルナグスである。
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