1話―3 ヴァルナグス第三王女
最初は憎悪の中からの最悪の出生。
ささやかな幸せも、同族に食い破られ放浪の日々。
そんな中のうろ覚えではある、シスターの慈愛。
続かない幸せは導師の道具となって、恐らく悪夢で終わっていたかも知れない。
――その少女の声が私に届くまでは――
****
高らかにとんでもない宣言を放ってくれた魔王ノブナガ。
だが長旅の疲れもあろうと、ミネルバ様よりそれは後日にと
けどどの道、私に選択肢などない――自分が選んだ
でも今だけは――王女との幸せなひと時を過ごしたい。
彼女の慈愛がなければ私は、ただの害獣と同類の生涯で終わっていたから。
「レゾンちゃ~ん☆このお洋服どう?どう?お似合いだと思うけどな~~☆」
「う……うむ。どうだろうな……よく分からないが……。」
二人が休める様にと見繕われた一室――導師の要塞で居住していた部屋よりも広い。
だがその内装の作りは比べるまでもないな。
ミネルバ様の美的感覚が随所に施された、派手ではない――が、家具から装飾に至るまで芸術品の様な形状と模様が施される。
まさしく上品な
この後ミネルバ様から食事へ招待されている。
それまでの間は見ての通り――テセラの着せ替え人形状態だ……。
だから、あれもこれもと衣服を用意されても私は
こんな事を考えている私の顔が鏡に映る――誰だこの緩みきったデレデレ顔の女は――私か……(汗)
そんなこんなで小一時間、私を着せ替え人形にして楽しんだテセラがようやっと開放してくれた。
楽しいはずの、食事前ではあるが――正直疲れた……。
今まで考えた事もなかったが、女の子とは疲れるものなのか?
これだけ次々衣服を着せ替えられては、無頓着な私でも自分にどの様な服装が似合うのかは少し学んだ気がする。
「どうだった?レゾンちゃん。気に入った服はあった?」
私を人形にして
「……私は動き易い服がいい……。」
申し訳ないが全否定である。
ヒラヒラが多過ぎる物、スカート裾が長すぎる物――何だか幾重にも重なって、とにかく動き難そうなレースだかフリルだかがイチイチ身体に纏わり付く物。
残念だがどれも却下だ……。
とたんにテセラが
――しまった……はっきり言い過ぎたか……。
「……も~、せっかくいっぱいドレスを用意してくれたのに……。そんなに動き易いカッコがいいなら、今度地球に戻った時はスポーティとかカジュアルなの探してあげる~……。他には何があったかな~――」
「……何っ!?」
ちょ!?まだそんなに種類があるのか??いや、本当に今の感じで充分なんだが……。
もはや完全な
まあ、テセラが楽しんでくれているなら――そんな思いを自分に言い聞かせていた背後に気配を感じ後へ向くと――
「……テセラ……お姉さま……?」
扉の影からチラッと顔を出し、恐る恐る様子を覗う少女が居た。
肩で切りそろえ、上から下にかけて広がる様にウエーブを描く、ふわっとした薄緑の髪。
私達から比べても更に幼い表情にくりっとした瞳。
――しかし王族かと思ったが、テセラ達と比べれば何処か二人と共通する特徴が見当たらない。
ノースリーブ形状のワンピースにカーディガンを羽織り、扉の影からずっとこちらを見る少女。
「……あっ!もしかして――ヴィーナ?……ヴィーナだよね!?」
テセラも気付き少女を見やるが、ビクッとした薄緑髪の少女は扉の影に隠れてしまう。
――だが、王女の言葉にふと疑問が過ぎった。
「なんだ?姉妹なのに面識が無いのか、テセラ。」
その問いに、先のミネルバ様と会話を楽しんでいた際の内容を踏まえ、細かな説明がテセラより返答される。
「うん、実は私が地球に送られた後に【ティフェレト】の王族として迎えたって、姉さまが言ってたの。だから今日が始めての対面になるのかな?」
王族に――迎えられた。
その言葉はそれ程違和感なく受け入れられる。
かくいう自分も同じ様に、この【ティフェレト】へ迎え入れられている。
ミネルバ様はその秘めたる実力も未知数だが、一体どれ程の器を持っているのか想像を絶する。
恐らく血縁ではないのだろう――外見的な特徴の一致が無い理由に合点が行くが、その様な立場でさえも王族として迎えられるのは、なかなかに常軌を外れている。
似た境遇の自分が言うのもなんだが。
その人見知りが激しそうな――訳ありの妹との初対面。
王女は努めて笑顔で接し、幼き妹を慈愛が満たして行く。
「姉さまとお話して、是非会いたかったの!これからもよろしくね、ヴィーナ!」
テセラの対応が、その小さき妹の心を解きほぐす。
相変わらずどんな相手でも、慈愛をぶつけて行くスタイルだな――見ているこちらまで幸せの余波に浸ってしまうじゃないか。
「……はい!……
うむ――これはなかなか幸せの波が収まらないな。
二人の背後に、何やらキラキラしたお花が見えるのは幻想だろうか――と、そろそろミネルバ様にお呼ばれしている時間。
テセラへ急ぐ様に
「テセラ……そろそろ食事を用意してくれているはずだ。ミネルバ様をお待たせする訳にはいかないだろ?」
「あっ!?もうそんな時間!?じゃ急がなきゃ――確かヴィーナも食事の席に呼ばれてるはずだよね?またそこでお話しましょ、ね?」
素敵すぎる姉の言葉に、メロメロになる幼き少女は幸せの絶頂の様な表情で王女を送る。
「はい!では後ほど……!」
一応我々は今回の主賓である。
故に早々と指定された大広間へ向かおうとテセラが歩みを進め、私もそれに続きヴィーナと呼ばれた少女に軽く会釈をしてすれ違う。
――刹那、私の体内を衝撃がゾクリと
それはちょうど幼き少女の隣り――肩が並ぶ位置に達した時、背筋を凍てつく様な電流が走る。
「……っ!?」
予想しない寒気を感じ、少女を見る――すると少女もこちらを見ている。
見ているのだが、その視線が暗い
――狂気などとは全く違う、纏わり付く様な寒気が彼女から発せられる。
「……なんで、あなたの様な者が……。」
ぼそっと私に放った言葉がさらに背筋を凍らせる。
冷たい汗が零れ、一瞬金縛りにあったかの様な錯覚――
そしてその瞳がさらに深淵へ落ちる様な暗さで、私の魂までも喰らい尽くそうとする。
「……なんで……――アナタノヨウナ……」
「レゾンちゃん?どうしたの?」
ハッと我に返りもう一度幼き少女を確認した――が、テセラを見ながら満面の笑みで幸せを
「――ああ、すまない。すぐに行くから。」
気のせい?だったのか?疑問にかられながら王女の後を追う。
無用に時間を食ってしまった。
ミネルバ様を待たせない様すぐさま大広間へ向かう私達。
――気のせい、その時は事を重大に捉えてはいなかった自分。
後にそれが、己の運命を決定付ける事態への鍵となるとは――まだ察する
****
「ノブナガ様、何やら上機嫌ですね?」
そこは魔界最下層位置する世界【マリクト】――王都のとある一角にて。
臣下の質問が熱中した意識を削ぐまで、
ごく二年前までは、魔族にも存在する夜盗が
所々に立ち並ぶ機械製の柱の様な構造物は、この世界と上層界を繋ぐ程長く
故に
建造物――魔族の一般種族が住まう建物も、王女の使い魔が述べた様な中世ヨーロッパ風(材質は金属製)が大半を占める。
しかしこの【マリクト】では――
「おうミツヒデか。なに――あの吸血鬼を、どんな計画で鍛え上げてやろうかと思っての~!」
低いテーブルを前に巡らせていた物――無数の端末群から伸びる立体モニター(そこは先進技術に該当するが。)には、先に吸血鬼へ宣言した特訓の内容。
その修練過程と方法を考えていた様だ。
最下層【マリクト】を二年足らずで統一してしまった魔王ノブナガ。
この男、当然統一してハイそれまでなどと言う事はあり得ず――統一が決定付けられた時点で、すでにこの世界の魔族が不自由ない日常を送るための、都市建設に着手していた。
元々正物質世界との交流が殆どない魔界は、文化的な進歩の遅れが
そこへ何よりも先に導入した物が、文化の基礎とも言える勉学である。
さらにその、勉学や文化を繁栄させるための中心地を優先的に建設――そのための雇用制度を発案し、夜盗魔族に働く事〈職〉を与え、戦闘一辺倒であった魔族文化を激変させる。
ミツヒデが現在の地球世界にある〈政治〉と〈経済〉の基盤を、ミネルバを通して会得したのも項をそうし、たった二年の期間で【マリクト】の中心地――王都【オワリ】を生み出した。
ただそこに広がる町風景は、完全に魔界の他階層とは異なる様相を
王都の城――その城下に広がる町、その全てで機械金属製の点を除き、地球世界の日本――戦国時代に存在した風景を再現してしまった。
【オワリ】はまさに、ノブナガが人間として地球に存在していた時代――統治していた一国の名である。
王都【オワリ】にある天下城【キヨス城】の一室――すでにこの世界の見てくれや世界観に馴染んだ主君と臣下。
自分達が人間であった頃駆け抜けた地球の歴史――戦国時代に近い和装に、現存する魔界の文化を取り入れた独特な衣装で身を包む。
ミツヒデは己が
「あの吸血鬼の少女――よほどお気に入りとお見受けしますが、何か理由がおありで?」
かく言うミツヒデも、あの高貴や高潔というよりも真っ直ぐでひた向きな姿勢――おおよそ貴族出の魔族にはない謙虚さに、
「ほほぅ?お主――分かっていてそれを問うか。……あの吸血鬼の生まれやそこからくる姿勢――見た目は大きく異なるが、そこにある本質が同じであった者を思い出してならんのじゃ。」
「――と、名を出さぬともお主は知りえておろう?かつて
やはりと主君の解に頷きをもって返す。
あの吸血鬼は決して、自分の生まれに自負などは欠片もないだろう。
されどノブナガが放った言葉――未熟を突きつけられて、怒りで反抗所か己が未熟の克服手段を
その要因となる王女テセラへの思いの強さ。
――そして彼女からすれば異界となる、この世界の魔王ですら惹きつける魅力。
ミツヒデも脳裏には、かつての同胞が思い出されてならない。
「彼女の吸血鬼という成りはともかく――確かに似ていますね。あのサル、羽柴秀吉と――」
百姓とういう出生を物ともせず、名も無き時代からただひたすらに武勲を重ね――織田信長という主君に心酔、信長亡き後はすでに冥府を漂っていた当の主君と同胞の知らぬ間に、日の本の天下統一を成し遂げた男。
その二人が彼女に抱いていたのは、サルといわれた天下人と吸血鬼が――ただ性分が似ているという事だけでは無い。
彼女がともすれば、この魔界に君臨する存在になるやも知れぬという未知なる大器としての可能性であった。
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