1話―2 その傍にいるために



「うわ~~、見てレゾンちゃん!お城、お城っっ!これが私の故郷なんだ~~!」


「……分かった……分かったから落ち着け、テセラ……。」


 黒馬の馬車は、それはもう想像したスピードを遥かに凌駕する勢いで【ティフェレト】の王都へ辿たどりつく。


 ただ――その間の王女のはしゃぎっぷりは、なかなかにこたえた……。

 なにせ事あるごとに私に呼びかけるのだから。

 ……まあ、嬉しかったのも事実ではある。

 地球に戻ったら、あの断罪だんざい天使にでも自慢してやろう。


 そのテセラが本来住まう――魔王ミネルバが治めし、地球西洋の古城とも取れる建造物が目の前にある。

 私にとってもこの景色が異様に落ち着くのは、やはりあの頃が影響しているのか?

 ――妹の様に大切なたった一人の同族、みすぼらしい少女と過ごしたささやかな幸せを得ていたあの頃の。


「こちらでお待ち下さい。」


 黒馬の馬車が城門前で止まり、私達はその地へ降り立つ。

 流石にここでは厳しく統制されているのか、宇宙港の様な群集はいない。

 もっとも地球の文化からすれば、超VIP扱いなら宇宙港についた時点で厳重な護衛が複数付いた上で、見物客への統制が敷かれてもおかしくはないと思うが。


 ――あんな遠巻きに警護はないだろう。

 ごった返す見物客より後方――かなりの数が控えていたな。

 あれはむしろであって、ではない。

 なかなか一筋縄ではいかないな……この魔界も。


「……テセラ……大丈夫か?」


 ふと気付く――

 さっきまであふれんばかりの元気ではしゃいでいた王女が、一転――完全に静まり返っていた。


「(……きっとテセラ様は緊張なさっておられるのでしょう。)」


 小声で我が使い魔が耳打ちしてくる。


 ああそうかと納得した。

 彼女にとって魔王ミネルバはあこがれであり、再会を待ち望んだ姉だ。

 王女の慈愛の源泉は、偉大なる姉の存在が関わっているのだろう。

 それほど絶大な影響を持つ姉との対面。

 遥か数十万キロの彼方から、モニター越しなどではない――手を伸ばせば触れられる距離。

 緊張するなという方が無理だろうな。


「どうしたテセラ、ガチガチだぞ?あこがれの姉を前にあわあわ口ごもるつもりか?」


「なっ……!あわあわなんて言いませんっ……!ちゃんとお話出来る様に練習だって……あ……。」


 いつもの可愛い怒り顔で、プンプンくし立て――私の発言の意図に気付く王女。


「……ありがと、ホントに緊張してた……。レゾンちゃんに感謝だね……。」


「ああ、お安い御用だ……。」


 よかった――いつものテセラだ。

 せっかくの再会、心置きなく話をさせてあげたかった。

 彼女は私の様に身寄りのない者とは違うから。


 ――はあ、醜態しゅうたいだな……今更この様なわだかまりを引きるとは。

 これから本当に、自分がテセラのそばにいられるのか不安になって来た。


 そんなやり取りをする中、程なく複数の護衛に囲まれた凛々りりしき女性が歩いて来るのが見えた。


「……確かに……、魔界で屈指の実力者だな……。」


 中央を凛々りりしく――それでいて優雅に進む魔王とおぼしき女性は、あのびゃく魔王とは対照的な印象。

 美と知性がにじみ出る容姿、片目に掛かる前髪を長く棚引たなびかせ――腰まであるブロンドの後ろ髪が宙をおどる。

 身に付けたプライベート用か、ワンピースドレスの装飾と相まって魔王というよりも女神の方が相応しいきらびやかさ。

 その目元は、テセラの未来の姿を彷彿させる程似通う。


 だが注目すべきはその護衛――側近であろうが、正直今の自分では一人の相手もままならぬであろう――とんでもない化け物揃い。

 護衛の底知れぬ実力の凄さに、それらを従える魔王の真価などもはや想像すら出来ない。


「……テセラ……君の魔法力マジェクトロンの本質が見えた気がするよ……。」


「えへへ……。姉さまは凄いでしょう~~☆」


 魔王を褒め上げた事が余程嬉しかったのか、王女の表情が砕けてデレデレになる。

 ――うむ、マズイ……このテセラ、可愛過ぎる……。

 危うく吸血鬼であるはずが、自分の血を吹き出しそうな勢いに思わず口と鼻を押さえ目を逸らしてしまう。


「……ええ~なんで目を逸らすの……。」


 テセラが可愛いからだろ……全く――いったい君は何処どこの小悪魔だ……。


「フフっ、仲良くなれて何よりです。」


 二人でじゃれあう――つもりはなかったが、気が付けば目の前に魔王が立っていた。

 私たちは慌てて身なりを正す。


「良いのですよ?もっと気楽になさって下さい、吸血鬼レゾン。あなたは我が愛しき妹の大切なご友人です。いずれは家族の様になりたいと――」


 衝撃的な発言が、私の肺より突発的な排出をブフォッッ!と聞こえる勢いで吐き出させる。

 いきなり過ぎる宣告に、失礼ながら噴き出してしまった。

 さっきの今――そういう意図ではないのは分かっているが、あまりのタイミングで覚悟が出来ていなかった私の不覚だ。


「レ……レゾンちゃん!?どしたのっ!?」


「……い・いや、すまない。魔王ミネルバ卿、大変失礼いたしました――私の様な者に慈愛のお言葉、感謝に尽きません……。」


 流石に失礼極まりない私に、一瞬護衛の目じりが吊り上がった。

 その護衛の警戒を解くためにも、平にかしこまり謝罪の意を表そうとする、が――


「皆の者良いのですよ、警戒を解きなさい。――彼女は【惹かれあう者スパーパートナー】への覚醒者、文字通りパートナーとしてテセラのかたわらにいて貰う予定ですので。」


 ……は?

 

「レゾンもそのつもりでこの地に訪れたのでしょう?」


 ……そういう意図だった……。


「――まあそこは冗談ですが、【惹かれあう者スパーパートナー】の扱いに関しては近い対応となりますので。ご理解よろしくお願いしますね?レゾン。」


 冗談なのか!?……どっちなんだ……全く。

 ある意味とんでもない魔王であるのは理解した私だった。



****



 それからしばらく、魔王の城――客間へ案内される一行だったが、その間魔王と積もる話を交わせたテセラは終始ご満悦だった。

 その笑顔を見るだけでも、自分の心が癒されるのを感じた。

 つくづく自分は、彼女のとりこになっているのだと思い知らされる。


 この城の客間まではそれなりの距離があり、廊下も長く続きながらも所々に芸術的な装飾が飾られる。

 この辺りは地球の古城と大差ない様に見えたが――よく見ると、城に使われる材質が石造りではなく金属系の光沢を帯びる。


 なるほどそこは宇宙に存在する建物――地球の地上の様に、自然から採掘される石など基本的には貴重品だろう。

 そこらにある岩石の小惑星ですら、いったいいくら距離があるのか分からないほど遠方だ。

 先の航宙旅客船とも共通する、宇宙空間の危険も考慮されているだろう。

 この【ティフェレト】天井部を突き破ってくる、砲弾の様な流星群には石造り建造物ではひとたまりもない。


 物を知らない事をなげくのが、だんだんバカらしくなってきたので――あえて見た物を学んで行こうと考え付く。

 そういえばほんのわずかに通った学園でも、似たような事を教わったな。

 あれはあれなりに、価値のある行為だったのだとの結論に行き着く。


「おおっ!待ちわびたぞ、英雄の王女殿下!」


 開けた客間――護衛が扉両側に立つ一室で、何やら聞いた事のある傲岸不遜ごうがんふそんを絵に書いた様な男の声が響き、居たのか――と毒づいてしまう。

 そこには私が導師側に付いていた時、あの策略をものの見事に破り世界救済の一手を王女へ渡した――魔界が誇る新世代の魔王が鎮座する。


「信長様っ!こんなそばでは始めましてです!両世界救済作戦の時は、本当にお世話になりましたっ!」


 ミネルバとの会話に夢中だったテセラが、その声に反応しパタパタと駆け寄って声の主に礼を返す。

 王女――引いては地球の面々からすれば大恩人の一角、それでいてその正体はそもそも地球を故郷とする人間からの転生者である。


「……一応言っておこう……。始めまして、吸血鬼レゾンだ……。」


 流石に敵対していた魔王故、ミネルバ様ほどは情が沸きづらく適当な挨拶でやり過ごそうとした。

 ――のだが、まさかのあちらから食いついて来ようとは予想だにしなかった。


「うむ、初顔合わせよのぉ。ワシは【マリクト】を治めし織田信長じゃ、こちらではノブナガ・オダ・ダイロクテンと呼称しておる、よきに計らえ!――時にお主が吸血鬼なる者か。ほほう――」


「な……なんだ?」


 上から下まで舐める様にマジマジと観察され、少々不機嫌が顔に出てしまう。


「おお、すまなんだ……許せ!導師側にいた時の戦いも含めて、拝見させて貰ったが、聞き及ぶ吸血鬼からはいささか異なる感じを受けてのぉ。」


 ――試しているのか?

 私は野良魔族から変異した、にわか吸血鬼というのが妥当だ。

 恐らくこの魔王が聞き及ぶのは、この世界における正統なる吸血鬼の特徴――まだ完全に吸血鬼へと進化しきれぬ半端者に、わざわざ分かる様な挑発めいた振りで大げさな物言いを放つ。


「申し訳ないが、あなたのおっしゃる通り私は半端な吸血鬼――王女のそばにいる事すらはばかられる――」


「ならば、王女のそばには置いておけんのぉ~。」


 一瞬言葉の意味を疑った。

 ――そして私を試そうとしている魔王に向け、全く無意識の殺気をぶつけてしまう。


「……どういう意味だ……!」


 きっとらしくない――けどその言葉に怒りしか浮かんで来ない。

 殺気はすでに、自分の顔を豹変させているに違いない。

 それでも――ようやく手にいれた安住の地をけがされる事に、激昂げっこうを禁じえなかった。


「の……信長様……!レゾンちゃんは私の大切な……」


 私の声が豹変したのに気付いたのだろう。

 テセラがフォローに入ろうとした、が――それはその姉に制される。


「どうもなにも言葉通りじゃ……!まさかこの程度の力で、安住の地を得たとでも思っているのではなかろうな~?」


「なっ……!?」


 驚愕した私――完全に全てを、自分の未熟さまでを見抜かれている。

 なんだこいつは――この男はあのびゃく魔王ともミネルバ様とも違う。

 正体不明の恐怖が私の魂に突き刺さる。

 しかし当の本人は本気ですらない。


「じゃが、少なくともお主の想い――ジュノー王女殿下を慕う気持ちは本物であろう。だからこそ言わせて貰おう……今のお主では、王女のそばにいる資格は――無い!」


 その宣言――テセラの肉親ならまだしも、無関係な魔族に関与され怒りが爆発しそうになる。

 ――けれど、私は何故かこらえる事が出来た。

 自分が半端者である事も、王女のそばにいる資格がない事も――自分で認めていた事……紛れもない真実だから。


 怒りをこらえ、真実を受け入れ――そして全く怒りの感情とは違う言葉が自分の口から溢れ出た。


「……魔王ノブナガ……、教えてくれ。私はどうやれば――テセラのそばへ立つのに相応ふさわしくなれる?」


 物を知らないなら学べいい――自分で得た結論のままの言葉。

 それは自分の感情よりも理性が言わせた言葉。


 その言葉を聞いた魔王ノブナガが、口元をニィと吊り上げ――渾身の笑みで答えた。


「であるかっ!……よいじゃろう、ふむ――気に入った!その怒りを自制し、自らの身の程をわきまえ――さらに正しき道を教わろうとう姿勢!お主に吸血鬼の類稀たぐいまれな高貴さを見た!」


 高らかに放つ魔王を見ながら、テセラの様に口が開いたまま固まってしまう。

 ――テセラもよく状況が理解出来ていない様だ。


 同行した使い魔も揃ってあっけに取られる事態。

 そして―― 一行の初顔合わせは、正物質の人間より転生した魔王の、予想を遥か斜め上をぶっ飛ぶ発言で幕を閉じる。


「吸血鬼レゾンよ!お主、【マリクト】へ来るのじゃ――そしてこのノブナガの軍勢が、直々に特訓をして進ぜよう!!」

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