2.民生の団長
「次の方、どうぞ」
壁から天井まで総木彫仕立ての品の良い待合室に、軽快なベルと若い受付嬢の声が響く。
質素だが座り心地の良いソファーから立ち、ヴェクたち三人は受付に向かう。その間もキョロキョロと周囲を見回しては、それぞれ感心のため息をもらし続ける。
ここは民生銃士ギルド、その受付ロビーである。
都と呼ばれる巨大な街ともなれば、銃士ギルドは部門別に複数存在しているのが一般的だ。部門分けは街ごとに様々だが、大きく分けて保安、対犯、民生という区切りがある。
保安は主に
そして民生は「民の生活」という名の通り、市民の生活に関する様々なトラブルに対処するのがその役割だ。街の見回りなどはもちろんのこと、小犯罪や失せ人の捜索、果ては苦情や各種の法相談なども受け付ける。
保安や捜査と比べると存在は地味だが、巨大な街を健やかに保つためには欠かせない部門であった。
コンスナファルツの民生銃士ギルドは堂々たる広さの総二階建て。
背の高い格子塀で囲われた敷地には青々とした庭や立派な車止めが備わり、さらに銃士のための厩舎までが併設されている。
一見して富豪の邸宅のようで、事実、造りを見るにかつてはそうだったのだろう。ただし内装にはかなりの手直しがあったらしく、飾りをを抑えた調度や壁紙が落ちついた雰囲気を醸し出していた。
――にしてもまあ、さすがは民生ギルド。
細長い受付机に並んだ市民の顔ぶれに、ヴェクはクッと唇の端を上げた。
ざっと見ただけでも農民あり商人ありカタギとは思えない着崩した男があり、かと思えば見るからにイライラしてる少女はキワドイ
とにかく様々な市民が同列に扱われ、それぞれに抱えた相談を銃士に持ちかける。まさに民生かくあるべしといった光景だ。
「新士の方ですね。大変お待たせしました」
三人が案内された先で、若い受付係が頭を下げた。
「当ギルドの方針で外からの方は一律で扱うようにと、ご不便をおかけしてすみません」
「いいえ構いません。むしろ立派なお心がけだと思います」
ソシアが丁寧に返礼し、ヴェクとラファムも帽子を取って彼女に倣う。
受付係はホッと息をつき、彼らに椅子を勧めた。
「ありがとうございます。それで今日はどのような、お仕事の斡旋を受けに?」
「いや、ここに教導銃士がいるって聞いてきたんだけど」
単刀直入なラファムの問いかけに、受付係はちょっと意外そうな様子を見せ、それからすぐにイタズラっ気のある薄い笑みを返した。
「そうですか。……ずいぶん早いお気づき、おめでとうございます」
三人は突然の言祝ぎに一瞬顔を見合わせ、そしてすぐに覚る。
教導銃士を探す事も試練の内だという。
それをこの受付係も知っていて、だからこそ三人が言い出すまで何食わぬ顔で隠していたのだ。
「銃士ってのはどうして……ああいや、わかってるなら話は早いぜ。どこに行けばいい?」
「それに関しましては、マスターから直接お話があるかと。そちらの階段を上られて一番奥の部屋が執務室になっておりますので。それでは、次の方どうぞ」
受付係が一礼し、三人に部屋の奥を示すと慌ただしく次を呼ぶ。
ヴェクたちは邪魔にならないようにそそくさと受付を離れ、部屋に廊下にと行き来するギルドスタッフたちを横目に階段を上がった。
二階は廊下を挟んでいくつかの部屋に分かれ、その半分が事務室、もう半分が各種執務室という造りらしい。
教導銃士との面会とあって多少の緊張はあったが、三人とも確かな足どりで絨毯を踏み進む。
彼らがたどり着いた二階最奥。
立ちはだかる重厚な樫材の扉に掛かるプレートには、踊るような筆記体で「ますたぁのおへや♪」という、ふざけた文句が刻まれていた。
――そこは「首席執務室」とかだろうに、と思わずアゴをさすったヴェクに、ラファムが戸惑いがちにヒジで彼の脇を小突く。
「えっと……ここ、でいいのかな?」
「あの、なぁ、俺に聞くなよ」
「ま、まあ一番奥には違いありませんし」
意を決した様子で、ソシアが扉をノックして声を掛けた。
「失礼します」
「――はいはぁい、開いてるから入ってきなさいな」
返ってきたのは軽い調子の、鈴を転がしたような高い声。
いよいよ困惑が深まっていく三人だが、さりとてノックした以上は入らなければどうしようもない。
ヴェクは百合の花を模した銅のノブに手をかけ、えいままよ、と扉を押し開けた。
「あら、あらあら? 新士の方々ね?」
三人を見て驚きの声を上げ、次いで迎え入れるように両手を広げたのは、おおよそギルドマスター、つまり束ね役というには相応しくない、若い女性であった。
別に年齢がどうとか女性がどうこうという話ではない。実力主義の銃士の世界では、その程度は例外にすら含まれない。
問題なのはその人物の格好だ。
装いをひと言で言えば少女趣味。
そしてなにより派手に過ぎる。
女性は執務机の向こうで、丸い瞳をパチクリとさせ三人を手招きする。
「そんなところで固まってないで三人ともいらっしゃいな。すぐにお茶とお菓子を持ってこさせるわ」
「ああ、いえ……ではなく、失礼します」
いち早くショックから立ち直ったソシアが、いまだ何が何やらという体の二人を部屋へと押し込んだ。
派手な女性はというと、呼び鈴を聞きつけやってきたギルドスタッフに「お茶とぉ、イイ感じの菓子を見つくろってきてねぇ」などと言付ける始末だ。
もう緊張などあったものでもなく、三人は勧められるまま執務室の応接ソファーに掛ける。
女性は執務机から立ち、軽い足どりで寄ってきた。
フワフワの外見に反し堂々たる長身の持ち主。彼女は茶目っ気たっぷりの表情で彼らを見下ろし、口元に手を当てて微笑む。
「ふふっ、お
「と、いうと?」
「いいえ、こちらの都合よん」
ソシアの問いをイタズラな口調ではぐらかしてから、彼女は向かいに座り、さわっと軽い仕草で礼を執った。
「あらためまして、私はコンスナファルツ民生銃士ギルドのギルドマスター兼、民生銃士団団長のヴァルーシャ・ルベアシャールよ」
「新士のソシア・ドゥブナフォーエです」
「同じく新士のラファム・ブネーツタール」
「新士のヴェクだ。で、えっと……ルベアシャール卿?」
呼称に迷ったヴェクに、ヴァルーシャが気負いのない様子で手をパタパタと振る。
「あらあら堅苦しい事を言わないで、私のことはルーシャと呼んでちょうだいな」
若いスタッフがトレーを片手に現れ、菓子とお茶とを応接机に並べながら、何かをヴァルーシャに耳打ちする。
彼女はそれに二、三度肯き、指でいくつかの符号を作ってスタッフを下がらせると、三人に向き直って舌をチロッと見せた。
「ああもう、団長なんてお金の話ばっかりなの、ごめんなさいね。
そうそう、お三方とも、まずはおめでとうと言わせてもらおうかしら。ご卒業と、ここにたどり着いた事にね。
来てすぐを悪いけど、まずは聞かせてもらえないかしら? 私が教導役と知ったいきさつとか」
三人ではいちばん言葉の達者なソシアが代表して、ガルダドック村での一件をヴァルーシャに概説する。
聞き終わった彼女は何度かため息を漏らし、困惑した顔でぼそりとつぶやく。
「ドンネブ先生ったら相変わらずなんだから」
しかしすぐに表情を戻し、彼女はヴェクたちに笑いかけた。
「まぁ何はともあれ事情は飲み込めたわ。偶然とはいえひと月で最初の教導役にたどり着くなんて、大陸最短記録に並ぶわよ」
「ちなみにその記録ってのは?」
ヴェクの素朴な疑問に、ヴァルーシャが何気なく頬に指を沿わせた。
「そうねえ、たしか二十六日ぐらい、そのくらいかかったわ。あの頃の私は無茶だったわねえ」
「その口ぶり……まさか記録保持してるのはアンタ……」
自らを指して肯くヴァルーシャに、ヴェクは「校長の弟子の中でも五指に入る」というソシアの言を思い出し、我知らずソファーの背当てに肩をぶつける。
このフワフワ女のどこに、そんな洞察力が潜んでいるのやら。もう毎度の話だが人は見かけによらず、特に銃士はその傾向が強い。
正直な所、ヴェクは自分が人間不信に陥らないのが不思議とすら思っていた。
「さぁさぁ、せっかく来たんだし、さっさと本題に入りたいんじゃなくて?」
そう言うが早いか、ヴァルーシャがドレスの袖から青絹の袋を出し、その中身を三人へと提示してみせた。
人の中指ほどのヒヨコ色、いやもっと薄いレモン色の結晶が覗く。
「これは……
「ヴェクよく見て、ほら」
ラファムがその結晶とヴァルーシャの帯とを指し比べてみせる。
察しの悪いヴェクも、そこまでされたらさすがに気付く。
銃士の帯の八つのポケット、その最下段に嵌った織魔水晶と同じ輝き……。
「これが位階八位〈
そう宣言したヴァルーシャの瞳が、ギラリと強い輝きを湛えた。
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