第4話 彼氏(仮)

「それで、私は困っているんですよ。本当にしつこくって、何回もお誘いを断っても聞かないんです。」

「そりゃ、大変だな。警察は?」

「相談はしましたが、ストーカー行為というより、単にしつこいだけだから対応するには現状では難しいと。」

「ミユキちゃんも災難よね。いっつも、なんか変な人に好かれやすいのよね。」

 俺、ヒサト。社会人三年生。

 なんだかわからないが、レストランにて相談事に巻き込まれている。

 俺の同僚のミヤコの友人が会社でしつこくされてるとかで、何故か俺も相談の席に同席している。

 ミヤコの彼氏であり、俺の親友でもあるタクミの「給料出たから奢るぞ」につられてホイホイきた俺も浅はかであったが。

 …給料日前でまともに食ってないんだよ、悪かったな。

「えーと、ミユキさんでしたっけ?会社の人なら上司に相談してみたら?」

 とりあえず、黙って飲み食いばかりしているのも気がひけるからアドバイスしてみる。

「…その上司がしつこい人なんです。」

「あー…そりゃ、また厄介な。」

 あちゃー、アドバイス失敗。

「ってか、ヒサト。最初の方にちゃんと上司にしつこくされてるって話してただろ。お前、話を聞いてないだろ。」

 ギクッ!飲み食いしていて、話をまともに聞いてなかったのがバレバレだ。

「ごめんなさいね、ミユキちゃん。仮の彼氏兼ボディーガード候補として連れてきたのにこんなので。」

 は?なんだよ、それ。仮の彼氏?ボディーガード?

「ちょっと待て、ミヤコ。そんな話は聞いてないぞ。」

「これも最初の方に言ったのだけど。ヒサト君、話を本当に聞いてないのね。」

 ギクギクッ!やべえ、久しぶりにちゃんとした飯だから、確かにがっついていた。全ては給料日前が悪いんだ。

「じゃ、しょうがないわね。もう一度おさらい兼ねて言うわよ。私の友人のミユキちゃんは会社の上司にしつこくされてる。断っても聞かない。警察はストーカー行為じゃないから動いてくれない。

 だから、対策としてしばらくヒサト君が仮の彼氏兼ボディーガードとして、会社帰りに迎えに行って最寄り駅まで送るって計画。」

 えええっ!なんだよ、それ?何で勝手に人をこきつかってんだよ!俺は断固抗議をするぞ。そんなことに付き合うより、さっさと家に帰ってシン・ドルをやって、リリカちゃんを育成してスペシャル衣装姿を見る方が有意義だ。

「いくらなんでも、人を勝手に拘束して一銭にもならないこと…。」

「あ、ただとは言いません。」

 ミユキさんはおずおずと切り出した。

「交通費と少しですが日当は出します。」

 え…。

「なんなら、夕飯も提供します。」

「…是非ともよろしくお願い致します。」

 うう、全ては給料日前が悪いんだ。


 って訳で、ミユキさんの会社の前まできた。そろそろ彼女が退社してくる頃だ。

「お疲れ様です、すみません、わざわざ来ていただいて。」

「お疲れ。とりあえず、敬語はよそう。どこで上司に見られてるかわからないし、仮の彼氏とバレるかもしれないから。」

「あ、そうか。じゃ、ヒサト君、帰ろっか!」

 順応性が高いなあ。女ってこんなものなんだろうか。

 そんな感じでおしゃべりしながら、俺は駅までミユキさんを送る。周りを見渡すが、件の上司らしい人は見当たらないので、今日は駅のホームで解散となった。


 こんな感じで駅まで送ることを繰り返し、無事に金曜日となった。ま、拘束されるが日当もらえるし夕飯もそろそろ奢ってもらえるかな。

「金曜日だし、せっかくだからヒサト君、ご飯食べて行こうか!駅前に美味しいイタリアンあるの!」

 よし!お礼の夕飯だ。是非ともご馳走になるぞ。

 レストランに入り、料理を頼んで俺達は食事にすることにした。

「なんとか今週は大丈夫だったようだね。ところで、その上司の具体的な特徴ってどんなの?俺、見渡すのだけど、それっぽい人見掛けないんだよな。」

 俺は今さらながら尋ねた。不審な男性だろうと思っていたが、それらしき人は見当たらない。

「え、えっと…中肉中背で、髪型は、えっと。」

 ミユキさんは何故かうまく答えられない。思い出したくないのだろうか。

「うーん、芸能人なら誰に似て…」

「あらあ、ヒサト君じゃないですか。お疲れ様です。」

 不意に聞き覚えのある声が会話に被った。

 振り向くと庶務課の自称お嬢様のエリコがいた。グラスや食器が並んだ四人がけテーブルに一人で座っているところから、女子会ってやつであり、他の人は到着していないようだ。

「あ、お疲れ。」

「その女性はどなたですの?」

 俺と同じテーブルにいるミユキさんを思いっきり敵意を向けている。鈍感な俺でもさすがにわかるが、どこで上司に見られてるかわからないから種明かしはできない。

「えーと、ちょっと…。」

「初めまして、ヒサト君の彼女のミユキです♪」

 うわ、事情を知らないとはいえ、今、確実にエリコの地雷を踏んだ、踏んでしまった。

「まあああああ、ヒサト君、彼女いたのでございますか。」

 うわ、お嬢様言葉がおかしくなっている。エリコは立ち上がってずんずんと近づいてくる。手には水の入ったグラス。

「ああっと、手が滑りましたわ。」

 バシャー!

 俺は頭からグラスの水を浴びる。水源はもちろんエリコの右手のグラスだ。

「あらあ、また手が滑りましたわ。」

 テーブルの塩、胡椒、タバスコ、ありとあらゆるものが俺にかけられる。

「やめんか!俺は料理じゃねえ!」

「もう、知りませんわ!」

 エリコはそのまま店を飛び出してしまった。まあ、店内にいてもこれだけやらかせば、つまみ出されるだろうが、この水と調味料でぐしゃぐしゃになった俺は一体…。

「ごめんなさい、彼女がいたのですね。」

「え?」

「私、ミヤコちゃんからヒサトさんを紹介してもらうという話だったの。でも、普通に紹介するとヒサトさんは断るから、上司からガードするって事にしておけばいいって。そうすれば毎日一緒に帰るし、仲良くなるでしょって。」

「はあ?」

「でも、エリコさんという彼女さんがいたのならば私の出番は無かったようですね。さようなら、幸せになってくださいね。」

「あ、あの、ちょっと…。」

 ミユキさんは足早に去ってしまった。

 何?俺?担がれたの?って、夕飯奢ってくれないの?って、タバスコが頭皮にしみてきたよ。


「タクミぃ~。ミヤコぉ~。お前らよくも騙したな~。」

 俺はタバスコ臭い頭もそのままに、タクミの部屋へ強硬突破して二人に詰め寄った。金曜の夜のデート中?構うもんか。

「いやあ、だって、ヒサトもそろそろ二次元から三次元に移行した方がいいよ。」

「こうでもしなきゃ、女性とデートしないでしょ。」

 バレたことに悪びれもせず、二人は弁明する。

「おかげでエリコには誤解されて暴行くらうわ、勝手にエリコを彼女認定してミユキさんは去ってくわ、エライ目に遭ったわぁ!!」

「え?エリコさんに?」

「あ~、あのゲームソフトお見舞いにくれた人だっけ?」

 二人は顔を見合わせた。

「うーん、それは意外。」

「ミユキちゃんもいい子なんだけど、早合点して突っ走るところがね。だけども、エリコさんがそうならばそちらとの仲を取り持った方が良かったかしら?」

「でも、エリコさんってミヤコちゃんをライバル扱いしてるから厄介じゃない?」

「うーん…。エリコさんもかなり勘違いして暴走してるし…。」


「くぉらぁ!本人を前にして何を画策してるんだ、おのれらぁ!」

 俺は、俺は彼女はリリカちゃんだけでいい。そう固く誓うのであった。





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