第2話 幹事はつらいよ

「それではおさらいするか。会場はレストラン『アクエリアスブルー』、人数は五十人前後、予算は料理が五千円コースにプラスして飲み放題、と。ビンゴの景品は一等を除いてTOKYOZAKKAにて調達、と。あー、もう!めんどくせえ。」

 俺はプリントアウトした書類をバサバサさせながら、調べものをしすぎて電池がすっからかんになったスマホをモバイルバッテリーに繋いだ。

「まあまあ、俺達の時の予行練習だと思えばいいさ。」

「って、タクミ君、結婚考えてくれてんの?」

「そりゃあ、いずれはさ。」

「え、やだぁ、プロポーズならもっとちゃんとしてほしい~。」

「はいはい、話が脱線しない。」

 俺の名前はヒサト。目の前にいるのは親友のタクミと同僚のミヤコ。

 二人は俺とミヤコの会社主催の野球大会をきっかけに付き合い始めて半年経つカップルだ。俺は共に面識あるから、三人でつるむことが多い。バブル期に流行ったドリカム状態という物らしいが、ドリカムが三人だったなんてWikipedia見るまで知らなかった。

 閑話休題、今日は俺とタクミの大学時代の友人のコージが結婚することになり、俺とタクミは二次会の幹事をすることになった。今日はその打ち合わせでファミレスにいる。。…何故かミヤコも居る。

「だって、タクミ君と、なかなか会えていなかったんだもん。打ち合わせと言っても秘密のものじゃないのだし。」

 なぜ、俺の考えていることに答える!?

「ミヤコ、お前、エスパーか?」

「え~、そんなに露骨に『お前、部外者だろ?』って顔をしてたら嫌でも分かりますぅ。」

 ミヤコが拗ねて口を尖らせる。

「まあまあ、ミヤコちゃん、怒るとかわいさ半減だよ。」

「やだあ、タクミ君ったらぁ。」

 このバカップルは放置するか、話を変えて現実へ引き戻すべきか。俺は後者を選ぶことにした。

「ところでタクミ、コージの相手のエミリさんってどんな人?」

「俺もこないだ紹介されたばかり。合コンで知り合ったとか言ってたけど。そうそう、ヒサトのために写真は送ってもらったよ。」

 タクミがスマホをいじって、俺とミヤコに見せてきた。スマホを見られた時のミヤコとの修羅場回避用なのか、ちゃんとコージとのツーショットにしてある。

「へえ、黒髪ロングの清楚な女性って感じ。」

「言っちゃなんだけど、美女と野獣だよな。」

 俺達が盛り上がっていると、ミヤコがボソッと呟いた。

「って、言うか、あそこにいるのはそのエミリさんじゃない?」

 ミヤコが声を落として、そっと指した先にはスマホの中の美女がいた。

「あれ?本当だ。この辺に住んでいるのかな。そこまでは知らされてないからなあ。」

 タクミも意外そうな顔をした。

「一人で食事かしら?」

 確かにテーブルは見えないが、何かを食べている。コージと待ち合わせなのだろうか。

「声、かけてみるか?」

 俺が切り出した時だった。


 カラン♪


「いらっしゃ…」

 店に入ってきた男が店員を振り切るように、ずかずかと入ってきた。

 男はエミリさんのテーブルに向かっている。

「エミリさん、話が違うじゃないですかっ!」

 男はいきなりエミリさんに向かって怒鳴り、ファミレス中が一瞬静かになった。

「なあ、これって修羅場か?」

 タクミは気づかれないように顔を背け、声を落として俺に問いかけてきた。

「普通に修羅場よね。第一、あの男性はコージさんではないわよ。浮気現場に居合わせちゃったようね。」

 ミヤコが畳み掛ける。

「ごめんなさい、ミナミサワさん。」

「自分とした約束と違うじゃないですかっ!嘘を付いたのですか!」

 エミリさんは半泣きになりながら謝るが、ミナミサワと呼ばれた男は強く詰問している。

 俺達は姿勢を伏せて協議を始めた。顔が割れているのはタクミだけなのだから、伏せなくてもいいのだが、人間こそこそすると縮こまるものだ。

「二股の修羅場ってやつ?ヤバいな、退散するか?」

「でもタクミ君、聞いちゃった以上は知らんぷりできないけど、どうするの?コージさんに知らせた方がいいわよ。」

「ミヤコちゃん、確かにその通りだけど、コージが傷つくよ。果たしてそれがいいのか…。」

「俺としては、面倒な二次会やらなくていいなら真実を知らせるべきだと思うな。」

「ヒサト、お前いろいろ鬼畜だな。そんなんじゃ、結婚できねぇぞ。」

「余計なお世話だ。じゃ、コージにLINE送るか。」

「って、おい!止めろよ!」

 タクミが大声を上げて阻止しようとしてきた。思いの外大声だったようで、今度はこちらに注目が集まってしまった。

「え?タクミさん?」

 エミリさんもこちらに気づいてしまった。まずい、修羅場に巻き込まれ確定だ。

「あ…、ども、こんにちは。」

 のんきに挨拶してんじゃねえ、タクミ。

 俺は苦々しくタクミをにらむが、鈍感な奴は気づかず挨拶を続ける。

「あ、えっと、こちら俺と二次会幹事をするヒサト、こちらは俺の彼女のミヤコちゃん。」

「こんにちは。恥ずかしいところを見られてしまったわね、コージさんには内緒にしてほしいの。」

 え?浮気現場の口封じ?さすがにまずいのじゃ?

「えっと、そりゃまたなんで。」

 タクミィィ!もっと遠回りに聞けよ!

「こちらはアクシアの担当のミナミサワさん。」

「「「アクシア??」」」

 三人同時に声を上げてしまった。アクシアというのはトレーニングと食事制限をきっちり管理して短期間で痩せるジムのことだ。最近は有名人をバンバン使ったCMが流れているから認知度も上がっている。

「はじめまして、アクシア武川大上店のミナミサワと言います。すみません、騒いでしまって。食事制限を破ったことに気づいたのでつい、場所を問いただして近くを通っていたこともあって駆けつけてしまいました。」

「食事制限…。」

 俺達は顔を見合せた。確かにミナミサワ氏の服はよく見ると、アクシアのロゴが入っているからユニフォームなのだろう。

「着たいドレスがキツかったから痩せたくて入会したのだけど、厳しくて炭水化物や甘いものダメなんです。」

「そうです、糖質制限してプロテインを積極的に取ることによって、短期間でも高い効果を上げられるのです。」

 ミナミサワ氏は誇らしげに説明する。

「でも、我慢できずに、ここでパスタセットとパフェを食べていたの。食事はいつも写メで報告するのだけど、隠していたつもりだったのだけどバレちゃって。」

「隠していたじゃないでしょう。チキンサラダの隅にパスタが写っていましたよ。」

「と言うか、前回も前々回も炭水化物が隅に写っていましたよ。やる気あるんですか!」

「すみません…。」

「どうすんですか、ドレス着たいのでしょう、このままじゃ式の最中にドレスがバリッと破ける笑撃の大惨事ですよ。」

「ごめんなさい、本当にごめんなさい。」

「そんなエミリさんを見ても笑うに笑えない拷問タイムを参加者に与えてどうすんですか、まったく。」

 噂には聞いてたが、本当にスパルタなのだ。エミリさんは決して太ってはいない。ちょっとくらい食べてもそんなことにはならないように思える。それを激しく叱責するとは本当に厳しい。

「じゃ、これからジムに行ってダイエットプラン建て直しましょう。行きますよ!」

「はい…。」

 そういうと二人はそそくさと立ち去った。

 周りも修羅場ではないとわかったためか、元の喧騒に戻っている。

 残された俺達はあぜんとしていた。

「アクシアって、マジ厳しいんだな…。」

「写メの隅までチェックしてんのかよ。」

「でも、まあ、浮気じゃなくて良かったわね。ヒサト君、フライングしなくて良かったわね。」

「ああ、そうだな。さて、充電終わったな。」

 そう答えてスマホからモバイルバッテリーを外そうとした時にタップして送信履歴が開いた。

「…あっ。」

「なんだ、どうした?」

「やべえ、コージにLINE送ってた。『エミリさんが男といる』って。」

「「えええー!!」」

 二人同時に悲鳴に近い大声をあげる。

「ヒサト君、最低サイッテー!」

「だって、ミヤコが浮気だって断定するから!」

「お前、二次会やりたくないからって最低だな。」

「なんだよ、全て俺のせいかよっ!」

「うわ、コージから鬼のように着信着てるや!」

 皆大パニックに陥ったのは言うまでもない。

 なんとか、ダイエットの事実を伏せつつ、コージへの誤解は解けたが、罰として一等のビンゴ商品であるネズミーランドのペアチケット代金は俺が自腹切ることになってしまった。

 ああ、幹事は辛い。

「早合点の自業自得に何を言ってんのよ。」

「だよなあ、勝手に自滅してるよな。」

 だから、お前らなんで俺の頭の中にツッコミ入れんだよっ!








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る