俺と彼女と彼女の彼
達見ゆう
第1話 帰り道
「タクミ君、風邪治りそうで良かったね。」
「ああ、そうだな。」
俺はヒサト。隣を歩いているのは会社の同期のミヤコ。
タクミというのは俺の友人であり、ミヤコの彼氏だ。
タクミとミヤコは俺の紹介、というよりは、うちの会社主催の野球大会で知り合った。
つまり、外部の飛び入り参加OKだったので、タクミを誘ったらいつの間にか二人は意気投合して付き合っていたのだ。タクミはこういうのがタイプだったのか、知らなかったよ。
こうなる前はタクミとしょっちゅうつるんでたし、彼女できたんならお邪魔かなあと思いつつも、会社ではミヤコと顔を突き合わせているし、なんだかんだと三人でつるむことが多い。
つまりは、タクミとつるんでた所にミヤコが入ってきた。その方が分かりやすいかな。もちろんデートの時は遠慮させてもらう。
今日は風邪をひいたというタクミの元に見舞いに行き、俺とミヤコが住む会社の独身寮へ帰る途中であった。
「タクミ君、寝込んでいなかったから明日には仕事行けるかな?」
「ああ、そうかもな。」
タクミの奴、俺といる時は臥せって死にそうな声で『あれ買ってこい、これも欲しい』だったのに、ミヤコが部屋に来たとたんに寝床から『ポーン』って擬音が聞こえてきそうなくらい跳ねるように起き上がってた。今頃反動が出て、また寝込んでいるだろう。
「私が作ったお粥も完食してたし、心配することなかったかもね。」
「ああ、そうかもな。」
ミヤコは料理をしたことないのだろうか?ご飯に水を入れて煮込むのならともかく、レトルトお粥にさらに水を足して火にかけていた。
結果、大量の重湯に近いお粥が出来ていたが、タクミはひきつりながらも、精一杯の笑顔で食べていたな。俺にこっそり「ヒサト、胃薬ねえか?」と尋ねていたことは内緒にしておこう。
そんなことを考えているうちに、公園に差し掛かった。会社の独身寮に帰るにはこの公園を通るのが近道だ。近頃は不審者が出るらしいが、ま、俺がいるから何とかなるだろう。
「さ、公園に着いたからもうすぐね。最近不審者が出るって噂よね。バットを持ってうろうろしている男って話よ。」
「大丈夫じゃねえか?町内会の見回りもしているし、うちの会社からはヤマダとヨシダが今日の見回り当番で回ってんじゃなかったかな。」
うちの会社は地元に溶け込む一環として町内会に加入しており、持ち回り制で活動している。火の用心の見回りもその一つだ。
面倒くさい面もあるが、わずかながら手当も出る。
おかげで、近所に顔見知りがいるし、家庭菜園している人から差し入れを貰えたり、
「さて、通りま…。」
俺達は固まった。街灯を背にしているのでシルエットしか見えないがバットを持った人の形をしている。
ヤバい、例の不審者だ。俺達は声をひそめて対策を協議した。
「ヒサト君、武器になりそうな物、ある?」
「悪りぃ、金属類はスマホしか
「通報している間に襲われたら…the endだよね。」
「こうなったら間合いを取って、うまいタイミングで逃げるしかない。合図でダッシュしようぜ。」
向こうはこちらに気づいているのか、いないのか、微妙な間合いをうろうろしている。
気づいていないのならいいのだが…。
「じゃ、いくぞ。3、2、1、go!」
二人同時にシルエットとは反対側へ走り出す。これなら行けそうだ。
しかし…。
「なっ!?付いてくるぞ?!」
気づかれたらしい、シルエットも付いてくる。そして、動揺したのがいけなかったのかつまづいて転んでしまった。
「ヒサト君っ!」
ミヤコが思わず悲鳴に近い声をあげる。こうしている間にも不審者が近づいてくるし、急いで体勢立て直して臨戦体勢にするか…。
その時、別の声がシルエットの向こうから近づいてきた。
「アイコぉぉ!大丈夫かぁ~!兄ちゃんが助けに来たぞぉ~!」
あの声は…同じ町内のスポーツ一家の剛田家の長男坊のタケシ君だ。って、妹が近くにいるのか、それはますますまずい。不審者と対峙して、勝つまでいかなくも逃がす時間は稼がないと。
「お前が不審者かぁ!くらえぇ~!」
剛田兄が拳を奮ってきた。…俺に向かって。って、不審者は俺かよっ!
そのまま見事にクリティカルヒットし、倒れる。ああ、こんなところで走馬灯が走る羽目になるのか。
「お兄ちゃん、違うわよ。この人はあそこのサンフレ工業の寮の人よ。こないだ町内会盆踊りの設営にいたじゃない。」
シルエットが聞いたことある声で剛田兄に話しかけてる。
そう、だから俺も剛田家と面識はある。よかった、町内会の活動をサボらずに行って。
え?シルエットの声が剛田妹の声?
「え、わわっ!す、すみませんでしたっ!」
剛田兄は勘違いに気づいたらしく、謝ってきた。某マンガの剛田君とは違ってこちらは素直なのが救いだ。しかし、名字は剛田で兄妹でタケシにアイコって、名付けた親は確信犯だろ。正確にはあちらの妹の名前はちょっと違うし、マンガのは本名ではない。
「まあ、アイコちゃん。こないだはお疲れ様。」
「あ、ミヤコさんもいたのですね、こんばんは。」
「アイコちゃん、こんな時間に女の子一人でいたら危ないわ…よ。」
ミヤコが話しかけながら、変なところで詰まる。よく見るとアイコちゃんの手には金属バット。
「だって、お兄ちゃんがいけないんです!」
アイコちゃんは切羽詰まったように話し始めた。
「アタシはソフトボールを極めたいのに、『お前のようなずんぐり体型じゃプロレスへ転向した方が早い』なんて笑うし。」
言っては何だが、確かにソフトボールよりプロレス向きのずんぐり体型だ。某マンガの妹もずんぐりだが、あれが成人したとイメージしてもらえればいい。
「そりゃ、兄ちゃんの言う通…ぐほっ」
ミヤコが肘鉄を俺の腹にかました。
「ま、まあケンカしちゃったのね。」
「だからソフトボールの打率を上げて見返してやろうと、公園で素振りしてたんです。最近不審者が出るというから、バットは防犯になるし。」
「って、不審者はジャイ…ぶはっ。」
ミヤコがハンドバッグを俺の顔にクリティカルヒットさせた。って、やべえ、鼻血が出て来た。
「でも、やっぱり、不審者が出るって話も出てきて、心細くなってきて、ちょうどそこへお二人が見えたから声をかけようとしたら、ダッシュしちゃって。もしかしてデートの邪魔しちゃいました?」
「ブフォッ!」
ミヤコがまたハンドバッグを俺の顔面にヒットさせた。俺、何も言って
「全っ然!この人とは付き合ってないし」
否定するのは構わないが、なぜ殴る?
「そっか、兄ちゃんが悪かったよ。お前はソフトボールを頑張ればいい。でも、こんな夜の公園じゃなくてちゃんとバッティングセンターで練習しような。なんならこれから行くか!」
「うん、お兄ちゃん!負けないわよ!」
兄妹ゲンカ、涙の和解。俺は殴られた痛みと鼻血で涙目。
改めての帰り道。
「あ~、良かった。」
「良かったな。」
「バッグに鼻血が付かなくて。」
「そっちかよ!!」
ミヤコはこういうがさつなところがある。タクミはドMなのかもしれない。
「なあ、ちゃんと不審者の正体を言った方が良かったんじゃねえか?」
「アイコちゃんも女の子よ、男の不審者に間違われてたなんて傷つくわ。女心は分かっておきなさい。」
「へーい。」
やれやれ、タクミはこれからも苦労しそうだな、と独り言を小さく呟き、俺達は帰途に着いた。
余談だが、やはりこの日を境に不審者は出なくなったと言う。
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