第4話女勇者はどうやら永き眠りにつくらしい

 この町の男が駄目なら、余所の町で男を探せば良い。なんてシンプルな発想なんだろう。実に私らしい。

 そうだ――世界には男なんて星の数ほどいるんだから。その中にはきっと、私と付き合ってくれる男がいてもおかしくないのだ。


 ――うん。

 恋愛の成功率は出会いの数で決まる、だから、積極的に出会いを求めて行けって、以前に読んだ恋愛指南の本にも書いてあったし。

 これは我ながら、完璧な理論だな。


 さて……そうと決まったら、早速、旅に出る準備をしよう!


 ふふふっ!

 私が魔王の打倒を目指して旅立ったのがいまからもう三年前。そして、旅を終えたのがいまから一年前だから、旅をするなんて随分とご無沙汰だな。

 ヤバイ。なんか物凄くワクワクしてきた。




『――フン! お前の理屈はよく判った。だが、浮かれているところ、水を指すようで悪いが、その理屈にはひとつ、重大な欠点があることを、お前は見落としていないか?』


『重大な欠点……?』


 私は眉をひそめて訝しんだ。

 はて――私の理論は完璧な筈なんだけど、重大な欠点ってのは一体、なんのことだ?


『お前はこれまで、男になんと言われて振られてきた? お前が振られる、そもそもの原因はなんだ? そこのところをよく思い出してみるが良い』


『それは……私が世界を救った英雄だから。だから、男共はみんな、釣り合いが取れないだの、住んでる世界が違い過ぎるだの、そんな屁理屈を口にして、私を……』


『そうだ。つまり、凡人共には荷が重過ぎるであろう、お前のその肩書きがある以上、例え、世界中の男にアプローチを仕掛けたところで結果は同じことだ』


 なるほど。確かにそれは過去の経験を踏まえると、実にもっともな意見かも知れないな。

 いや。世界中の男を探せば、中にはもしかしたら、その肩書きも含めて私を受け入れてくれる男もいるだろうけど。

 でも、それは恐らく、かなり分の悪い賭けだ。そんなものにわざわざ、ベットするメリットは皆無に等しいだろう。


 それならば、私はどうすれば良い?

 いまとなっては、私の恋路の邪魔しかしない、この肩書きをどうすれば良い?


 そんなもん、考えるまでもないな。

 最早、ひとつしか方法はないだろう。


『だったら、そのしがらみを捨てれば良い――そういうことだろ? 大丈夫……私にちょっと考えがあるんだ』


 そう言って私はスカートの裾を捲り上げると、太股のレッグシースから一振りの短剣を引き抜いた。

 これは護身用として――あるいはお守り代わりとして、世界が平和になったいまでも、私がいつも持ち歩いてる短剣だ。


 勿論、こんなものを常に携帯してることが男共に知れたら、酷くドン引きされるだろうから、普段は長いスカートを穿いて隠してるけど。


『おい……突然、そんな物騒な物を取り出して何をする気だ?』


『こいつはね、極普通のなんでもない短剣なんだけどさ、私にとってはとても特別な代物なんだよ。こいつは――私が勇者として旅へ出る日、生まれて初めて買った最初の武器なんだ。まあ……当時の私はお金がなかったから、こんな安物の短剣しか買えなかったんだけどさ』


『――だから、なんだと言うのだ? 話がまるで見えてこないのだが』


『話は最後まで聞けって。つまり、こいつは――私の旅の始まりから終いまでを全部知ってるのさ。そして、その途中にあった、私のあらゆる苦悩も、仲間達と分かち合った、喜びも悲しみも怒りさえも、こいつは全部知ってるんだ。だから……私が死ぬとしたら……私の最期はこいつの手にかかって幕を閉じたいんだ』


 私はテーブルの椅子から立ち上がり、部屋の隅にある姿見の前に立つと、手にした短剣を首筋にそっと宛がった。

 いまから自分がすることを思うと酷く緊張する。呼吸は乱れるし。鼓動も激しく高鳴ってしまう。でも、これは大事なこと。いまさらは後に引けない。私はいまから死ぬ。死ななければいけないんだ!


『い、いや待て! お前の考えがまるで判らん! とにかく早まった真似はよせ! それでは我輩がなんの為に……なんの為に、こんな無様な醜態を晒してまで、生き長らえようとしたのか、判らなくなるではないか!』


『何もかも遅いよ。もう決めたことなんだ。アンタが何を言おうと、勇者アリシアはここで死ぬんだ!』


 私は固く目を瞑ると、首筋に宛がった短剣を、意を決して思いっきり振り抜いた。

 これまで男に振られ続けた嫌な記憶を全て振り払うように。

 みずからのしがらみを全て切り捨てるように。


 とても嫌な音がした。それは耳を塞ぎたくなるほどの不快な音だった。私にはそれがまるで断末魔の叫びのように聞こえた。

 途端、首筋に冷やりとした感覚が襲い、私は固く閉ざした瞼をゆっくりと開いて、ふと床に目を向けた。

 すると、そこには――金色に輝く、勇者アリシアの残骸が無惨にも横たわっていて、私は急激に切なさが込み上げてきた。


 でも、これで良い。これで良かったんだ。名残惜しい気持ちがまったくないと言えば、嘘になってしまうけど、いまはそれ以上にサッパリとした気持ちで胸がいっぱいだから。

 だから――さようなら、勇者アリシア。いまは安らかに眠れよ。




『――おい。さっきから床を見つめて感慨深そうにしているが、これは一体、どういうことなのだ? 我輩にも判るよう説明しろ! 死ぬだのなんだの言っておいて、お前はただ――髪を切り落としただけではないか!』


『はあ? 何言ってんのアンタ! 髪は女の命だろ! それを切り落とすってことはつまり、死ぬのと同じこと! アンタ、魔王のクセして、こんなことも知らないのか?』


『そんなこと我輩が知るか! このうつけ者が! まったく……大体、こんなことをして、なんの意味があると言うのだ!』


『これは大事な儀式なんだよ。勇者アリシアが死んで、私が新しく生まれ変わる為の』


『……生まれ変わるだと? 何を馬鹿なことを!』


 私はフェレスの言葉を無視して、スッキリとした後ろ髪をそっと撫でた。

 そして、ちょっぴり後悔した。


 なんかノリと勢いに任せて、バッサリとやっちゃったけど、これ絶対、後ろ髪が不揃いでみっともないことになってるよね。いや。あんな無茶な切り方をしたんだから当然なんだけど。

 ああ。これは不味いなあ。あとで友達に頼んで綺麗に切り揃えて貰わなくては。これから旅へ出るってのに、こんな残念な髪型じゃあ、恥ずかしくて仕方ないもの。




 と言うか、さっきからフェレスの馬鹿が煩いんだけど。

 なんだよもう。人が折角と新しく生まれ変わった自分を見て、感動に浸ってるところだってのに。少しは空気を読んで静かにしろよ。

 それをやれ、さっぱり判らんだの。やれ、理解しかねるだの。やれ、きちんと説明しろだの。アンタはちょっと前までの私か。少しは自分の頭で考えろよ。


 まったく。世話が焼ける奴だな。

 要するに私の肩書きが。世界を救った英雄、勇者アリシアって肩書きが、私から男を遠ざける要因のひとつなんだろ?

 だったら、そんなもの捨てれば良いんだ。そして、新しい自分に生まれ変われば良いんだ。


 つまりはこういうことだよ、魔王フェレス。


『いまここに勇者アリシアは永き眠りについた。だから、いまの私はもう、勇者アリシアじゃない。いまの私はそう……恋を求める冒険者! その名も……その名もアリスだ! 冒険者アリス――それが私の新しい名前と肩書きだ!』

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