第3話魔王様の問いと女勇者の答え
『さて、まずは現状の再確認といこう。お前はいま、どうやったら男が出来るのか判らず、完全に行き詰まりを感じている状態――それに間違いはないか?』
『……だったら、なんだよ』
私は膨れっ面で答えた。
なんでも、これからこいつが私にありがたい助言とやらをくれるらしい。
そんなこと、ひとつも頼んでないんだけどね!
『まあ、そう腐るな。良いか、勇者アリシアよ。お前がいま、行き詰まっている原因――それはお前自身の視野の狭さにある』
『は、はあ……?』
――あれ?
なんだろう、この妙に懐かしい感覚は。
なんか前にもこんなことがあったような?
――そうだ。昔、私がまだ学生だった頃、先生から呼び出しを食らって、延々と説教されてた時の、あの時の感覚に似てるのかも知れない。
あの頃の私は勉強が苦手で、よく先生から怒られてたなあ。
いやまあ、いまでも勉強は苦手なんだけど。
『――おい。何やら余所見をしているようだが、我輩の話をきちんと聞いているのか、お前は?』
『ああ、はいはい。ちゃんと聞いてるよ……』
『うむ。つまり、視野が狭くなっている分、それだけ多様な選択肢の多くを見過ごす結果を招き、延いては自分の可能性をみずから潰すことに繋がる。故に段々と身動きが取れなくなり、やがて、行き詰まっていく――いまのお前の状態は正にそれだ』
『……ふ、ふーん。そうなんだあ』
ああ……さっきから感じる、この頭痛はやっぱりそうだ。いまの状況はあの時のそれと本当によく似てる。
あの時も確か、先生から小難しい話をされて、それで段々と頭が痛くなってきたんだっけ。
ふふふっ!
難しい話をされたら即行で眠くなったり、複雑な計算を前にすると直ぐに目が回ったり、文字がびっしりの本を読むと冒頭の時点で頭が痺れてきちゃう、そんな私に――小難しい話をしたって判るわけないのにね。
うわー私の頭の中にクエスチョンマークのお花畑が咲き乱れてるよお。
『――ならば、話は最早、簡単ではないか。その狭くなった視野を広げ、新たな選択肢、すなわち――新たな可能性に目を向ければ良いのだ。そうすれば、おのずと現状の行き詰まりも解消されるであろう』
ああ。どうやらフェレスの話が終わったみたいだ。
うーん……長々とご高説を垂れて貰ったけど、結局、こいつが私に何を言いたいのか、最後までよく判らなかったなあ。
でも、ここで素直に判らないとか言ったら、私の経験上、それはそれで色々と面倒なことになりそうな予感がする。
私がそんなことを言えば、きっと、こいつは物凄く怒るに違いない。先生の場合はメチャクチャ怒ってたし。それで説教が延長したし。
ならば、ここで私の取れる選択肢は最早、ひとつだけだろう。
そう……取り敢えず、判ったフリ作戦だ!
『ふ、ふーん……な、なるほどねえ。そういうことかあ。うんうん。アンタの言いたいこと、なんとなく判るよ。ホント、行き詰まってる時って、そんな感じだよねえ』
『お前……我輩の言っていることをまるで理解していないな? そうであろう?』
――クソ! 誤魔化しきれなかったか!
あれでも結構、頑張ったつもりなのに。
――フン!
私の必死な虚勢をこうも容易く見破るとはなかなかやるではないか。
流石は我が宿敵――魔王フェレスである。
ならば、ここは貴様のその慧眼っぷりに免じて、素直に白旗を挙げてやろう。
精々、私に感謝するが良いぞ。
『――ごめんなさい。本当はさっぱり判りません。要するにどういうことなの?』
『お前は……本当に察しが悪いと言うか、相変わらず、肝心なところで馬鹿だな!』
『うっさい! ほっとけ! どうせ私は馬鹿だよ!』
ほらーやっぱり怒ったあ。
しかも、こいつに馬鹿扱いされたし。
なんか物凄く屈辱的なんだけど。
『はあ……やれやれ。よく考えてみれば、我輩と死闘を繰り広げた時も、お前はただ、無鉄砲に真っ直ぐ突っ込んでくるだけの、知略や戦略というものが皆無の単純馬鹿だったな。あれから外見は大きく変わったものの……おつむの悪さだけは未だ健在であったか』
――クソ!
こいつ、ここぞとばかりに言いたい放題だな。
『あーはいはい、そうですかそうですか! だったら、その単純馬鹿な私にも判るよう、言葉を噛み砕いて、いま一度、わたくしに優しくご教授願えませんかねえ? ……とっても賢い、魔王フェレスさん?』
『まあよかろう。それならば、単純馬鹿なお前でも理解出来るよう、今度はもっと分かり易く話してやる。良いか、勇者アリシアよ。単刀直入に訊くぞ――お前にとっての男とは、この町にいる男だけを指すのか?』
『――はあ? なんだよそれ。さっきのよりも意味不明なんだけど』
『思考放棄するな。よく考えろ。そして、我が身を改めて見直してみるのだ。そうすれば、あっさりと答えに辿り着けるだろう』
腹立つなあ。
こいつ、本当に偉そうで腹立つなあ。
大体、この町に住んでる以上、私にとっての男と言えば、この町の男しかいないわけで。そんな当たり前のことを改めて訊かれても返答に困るんだけど。
それに我が身を見直せってのもよく判らない。
なんだ。いままで私がしてた努力は間違ってたとか、そういうことが言いたいのかな、こいつは?
おい。なんだよそれ。凄くムカつくんだけど!
『ふむ。ここまで言っても、まだ判らんか…………筋金入りの馬鹿だな』
『おい! いま最後、なんつった! ちゃんと聞こえてるからな!』
『聞こえるように言ったのだから当たり前だ、この馬鹿者め! まったく! いいか、勇者アリシアよ。発想を転換させるのだ。固定観念に囚われるな。みずからのしがらみを捨てて、もう一度、よく考えてみろ。我輩が出せるヒントはここまでだ』
――発想を転換させろだって?
どういうことだよ、それは。なんか更に難しくなってるじゃないか。
なんだよもう。ヒントなんて要らないから、単純に直球の答えをくれよ。どうしてこう、賢い振りしてる奴ってのは話が回りくどいんだ。性格が悪過ぎだろ。
でも、流石に今回ばかりは、さっきみたいにあっさりと白旗を挙げるわけにもいかないな。
今度こそ、こいつに何を言われるか、判ったもんじゃないし。
とは言え、発想を転換させろと言われても、一体、何を転換させれば良いんだ?
まさか――男にモテないんだから、いっそのこと、女に走れば良いってことか?
おいおい。それは冗談じゃないって言うか、最早、洒落になってないんだけど。私にそんな趣味は断じてないし。その証拠として、私に言い寄ってきた女には全員、丁重にお断りを入れてきたし。
真面目に……真面目に考えよう。なんかいま、盛大に墓穴を掘ったような気がするし。
そうだ。こいつの言った言葉をよく思い出してみよう。そこに何か、ヒントがあるような気がする。
お前にとっての男とは、この町にいる男だけを指すのか?――確かにこいつは私にそう尋ねてきた。私は最初、そんなものは当然だと、これを一蹴してしまったけど。仮にその当然を転換させたら、どうなるだろう?
うん。まあ。そりゃあね、世界は広いんだし、余所の町やら国にも男は存在するわけだから、この町の男が全てとは限らないよ。でも、私がこの町に住んでる以上、男と言えば――
『……あっ! そうか! 固定観念って、そういうこと……』
『ほう。その様子だと、ようやく我輩の言葉が理解出来たのか?』
『いや、ちょっと待って! あともうちょい! あともうちょいで何か掴めそうなんだ!』
そうだよ。私はこれでも、かつては勇者をしてたことがあるんだ。かつては世界中を旅して回ったことがあるんだ。
だから、私はこの町だけが世界の全てじゃないことを知ってる。この町の男だけが全てじゃないことを知ってる。
それなのに私はこれまで何故、この町の男だけに敢えて固執してたんだ?
その答えは簡単だ――私がこの町に住んでるから。
だったら、その前提を覆してやれば。
――ああクソ!
私は本当に馬鹿だ。どうしてこれまで、こんな単純なことに気付けなかったんだろう。
世の中には星の数ほど男がいて、その中にはもしかしたら、私のことを良いと言ってくれる男がいるかも知れない――私は以前にそんなことを思った筈だ。でも、そこまで考えておきながら、私はあと一歩、考えが足らなかった。
本当にあと一歩だったのに!
『――ありがとう。私、初めてアンタに感謝するよ。アンタのお陰で私はようやく目が覚めた。私はようやく、新しい道を見付けることが出来たよ』
『クククッ! 何、礼には及ばんさ。それで――既に判りきったことを訊くのは、我輩の理に反するのだが、是非ともお前の口から聞きたいので尋ねるぞ。我輩の助言から、お前はどんな答えを導き出したのだ?』
『ああ――私は早速と明日、この町を離れて、旅へ出ることにするよ』
『――んんっ? いやちょっと待て! なんの話だそれは? お、お前は一体、何を言っているのだ?』
『この町の男共はもう駄目だよ。私の魅力をちっとも判っちゃくれない。だから、私は旅へ出ることに決めたんだ。この広い世界の全てを探せば多分、どこかにきっと、私の魅力に気付いてくれる男がいる筈だと思うから! 恐らく!』
なんだろう。確信を持って、そうだと言い切れないところが、モテない女の悲しい習性のような気がする。なんだよ多分って。なんだよ恐らくって。
まあ、それはともかくとして。
本当にフェレスの奴には感謝だな。こいつのしてくれた助言のお陰で、暗雲が立ち込めていた私の未来に一条の光が差したんだから。
もっとも、その光はまだ、酷くか細いものだけど。でも、確かな希望であることには間違いない。
なんだ。いつも、ただ無闇に偉ぶってるだけの奴かと思ってたけど、こいつもたまには役に立つじゃないか。
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