第6話

ドアをノックして、婦警が入ってきた。

「朔太くんは? あら、寝てるのね」

「何の用だ」

婦警は小声で用件を述べた。

「朔太くんの父親と名乗る方がいらしてます」

「なんだと…?」

朔太を起こさないように廊下に出る。

「父親はいないはずだろう?」

朔太の母親は未婚のまま彼を産んだ。父親は誰だかわからないはずだ。

「そうなんです。それに、父親にしては少し…」

早足で男の元に向かう。

「少し?」

「若すぎるんです。大学生みたいで…」

婦警に朔太を任せ、部屋に向かった。

男を待たせている部屋は、朔太のいる場所からさほど離れていなかった。ドアをノックして、開ける。

「初めまして、捜査一課の高坂と申します」

振り向いた男を見て、高坂は驚いた。

「はじめまして、桜庭です」

桜庭は挨拶をしてから、右手を差し出した。

日本人離れした顔立ち、金に近い茶の髪を後ろで結っている。朔太が話していたヒラカズの特徴と酷似していたのだ。彼の言っていたとおり、おとぎ話に出てくるような王子のように整っている顔立ちをしている。

それに「桜庭」はこの街では有名な資産家だ。

何も話さない高坂を不思議に思ったのか、差し出した右手を引いた。「どこかでお会いしました?」

大学生と言われても不自然ではない風貌に、低くとおった声、立ち振る舞いがヒラカズそのものだった。

「下の名前は?」

「ヒラカズです。平和と書いて、ヒラカズ」

朔太の友人のヒラカズ。朔太の父と名乗る桜庭平和。

ヒラカズは、存在した?

じゃあ、あの朔太の中のヒラカズは?

多重人格は?

疑問が次から次へと湧き出てくる。

平静を装いながら、桜庭平和に座るよう促す。高坂は向かい側に座り、質問をした。

「失礼ですが、ご年齢は」

「今年で二十五になります」

「…朔太くんの父親だと名乗り出たらしいですが、それは本当ですか?」

「はい」

ざっと計算をすると、平和は十六で父親になったことになる。まだ高校生だ。どこで朔太の母と出会い、そういう関係にまで至ったのか。

「疑われるのは当然のことです。あの子の父親になるには少し若すぎる。ですが、本当なのです。あの子が赤子の頃に病院で親子鑑定の検査をしてもらいました」

そう言うと鞄から封筒を取り出し、高坂に渡す。中身は見ずに、封筒に印刷された病院名を確認した。街にある総合病院だった。

「朔太くんの母親である今野千尋さんは、未婚のまま彼を産んだそうです。何故今になって父親と名乗り出たのですか」

「話せば長くなります…」

そう言って、平和は語り始めた。15で朔太の母、千尋と出会い、孕ませてしまう。産後に彼女は赤子を連れて平和の前に現れた。そこで自分の子供だと知ったらしい。彼の親は、多額の慰謝料と養育費と引き換えに朔太の父親のことを他言しないよう千尋に誓約書を書かせた。平和は千尋と朔太と会うことを禁じられた。

「自分の過ちで生まれてしまった子でも、私の血が半分流れているんだ」

自分の子供がどう過ごしているのか気になった平和は人を雇い、どのように暮らしているのか、朔太のことを調べさせた。

「探偵を雇ったんですか?」

「はい。写真でしか息子の成長過程は見られませんでした。それでも良かったのです。幸せに生きていれば。でも、違った。調べてもらってから数ヶ月経ってから、朔太が虐待されていることを知った」

毎月養育費を送っているのにも関わらず、千尋は朔太にまともな食事を与えなかった。自分の身なりに金をかけていたのだ。

「いてもたってもいられなくて、夜に、朔太が一人でいる所に会いに行った。もちろん一人でだ。両親にも家政婦にもバレていない」

自分が父親というのは伏せて、朔太に会った。

「朔太は母親に虐待されていることを私に告白した。とても辛い思いをしたんだろうね、会う度に泣いていた」

「何度会いましたか」

「五回。これ以上は怪しまれるからね、会わないようにした」

「…朔太の母親が殺されたのは、どこで知ったんです?」

「人を雇ったと言っただろう。事件のことはそれで知った」

「事件当日、どこにいましたか?」

「自宅です。父の誕生日でね、ささやかなパーティを開いていました。両親や父の友人が証言してくれます。高坂さん、私を疑っていますね?」

「はい」

平和は先程までの笑顔を消して、ヒラカズのように、にんまりと笑んだ。

「朔太は、母親を殺したのはヒラカズだと言っていましたか?」

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