第3話

朔太の話によると、母親を殺したのはヒラカズという男らしい。年齢は二十代前半、身長は百八十ほどで、細身、ハーフらしい。金に近い茶髪は後ろで結んでいて「おとぎ話に出てくる王子様みたい」らしい。

婦警に朔太を預けてから事件現場に聞き込みに行ったが、特徴に一致する男の目撃証言はなかった。朔太がよく遊ぶ公園にも行ってみたが、彼は一人で遊ぶことが多いようだった。聞き込みによると、誰かと一緒にいるところは見たことがないらしい。

朔太が嘘をついているのか。だが、嘘をついているようには見えない。

署に戻り、朔太のいる会議室に入ろうとした。中で声が聞こえる。そっと見てみると、朔太が誰かと会話をしているようだ。だが婦警も他の人間の姿はない。

誰と話しているんだ? 電話はこの部屋には置いていない。

「なんで殺したの」

朔太が問いただす。

「君のためだよ」

宥めるように誰かが答えた。

「僕のお母さんなのに」

震える声で朔太は言う。

「まともに面倒も見ないで、暴力を振るう女が母親? 笑えるね。あの女が生きていたら、君はいずれ死ぬ」

死を断言する声に対し「そんなことないよ…」と消え入りそうな声で朔太は答えた。それから会話は聞こえなくなった。

(なんてことだ…)

朔太は一人で話していた。朔太の問いに答える声は、彼本人が声色を変えて出していたのだ。低く優しい声は自然に彼の口から出され、目を瞑り聞いていれば本当に二人の人間が話しているようにしか聞こえないだろう。

突然、朔太が振り向いた。ドアの隙間から覗いていた高坂は、驚いて数歩後ずさった。

「入りなよ、刑事さん」

声が違う。朔太から発せられているのに、それは彼の声ではない。

第六感が、入るなと叫んでいる。

「話をしよう」

「……」

意を決して中に入り、彼の向かい側に座る。手に汗が滲んでいて気持ちが悪い。

「覗きが趣味なのかい? 悪趣味だね」

少年は高坂を嘲るように笑った。

数時間前に話した朔太はいない。じゃあ目の前にいるのは…。

「こいつは誰なのか? 朔太が演技をしているのか? もしかして朔太が嘘をついて母親を殺したのか? 混乱しているね」

幼い少年は大人びた口調で話し始める。演技なのか、別人なのか、もうよくわからない。

「君は誰だ」

今まで何件もの事件に携わってきたが、この事件はなにかがおかしい。母親が殺され、子供が残された。ただそれだけなのに、引っかかる。

朔太ではない「誰か」は、高坂をじっと見ている。体に得体の知れないなにかが這いずり回っている錯覚に陥る。

まるで化け物と対峙している気分だ。

「はじめまして、刑事さん」

それは満面の笑みで、小さな右手を差し出してきた。

「ヒラカズと申します」

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