54 姫提督の挑戦5

 ブランカは試練に耐えていた。城の一室、侍女達に全身くまなく磨きをかけられている最中だった。

 エルフレート達タランテラ一行の滞在最後の夜に国主主催の夜会が開かれることになったのだ。国主の提案でエルフレートとの婚約が調ったことをこの場で公表するのに異論はなかった。ブランカがすんなり了承すると、エルフレートが着飾って出て欲しいと言い出したのだ。

 公式の場には常に軍の正装、礼装をまとうブランカはドレスの類を持っていない。それを理由に断ろうとしたのだが、エルフレートは母親から預かってきていると言い出したのだ。優しい笑みを向けられれば断り切れず、結局了承してしまっていた。

 国主はそれならばと城の一室を彼女の支度部屋として用意し、口の堅い経験豊富な侍女を手配してくれたのだ。

「まあ、ブランカ様、良くお似合いですよ」

 エルフレートが持ち込んだのは昨年タランテラで着たのと同様締め付けが少なく楽に着られるドレスだった。繊細なレースがふんだんに使われており、エルフレートの話では彼の母親がこの日の為に1年がかりで用意させていたらしい。

 長い冬を有効に利用して発展したタランテラの手工芸品はエヴィルでも人気がある。特にレース製品は女性の憧れとなっており、今回のこのドレスは注目を浴びるに違いない。

「ふう……」

 姿見に映る自分の姿を見てため息を漏らす。綺麗に仕上げてもらえたとは思うのだが、果たして自分に似合っているのだろうか? こんな格好をして笑われはしないか不安になっていた。

「エルフレート卿がお見えになられました」

 ブランカが硬い表情のままうなずくと、竜騎士礼装に身を固めた彼が部屋に入ってくる。彼女の姿に感嘆すると、そのまま近寄って彼女を抱きしめる。

「綺麗だ。良く似合うよ」

「そうかな? おかしくないか?」

「どこから見ても立派な淑女だよ」

「そうかな?」

 恋人に褒められれば悪い気はしない。頬を染めてはにかむ姿を控えて居る侍女達は温かい目で見守っている。

「ブランカ、仕上げにこれを」

「え?」

 エルフレートが懐から出したものを見て彼女は固まる。彼はそんな彼女の首に取り出した大粒のダイヤモンドが連なる首飾りをかけた。

「うちに代々伝わる物らしい。私が受け継いで君に渡せと持たされた。私個人からはこっちだ」

 仕上げに付けられたのは首飾りと対となるようにデザインされたダイヤモンドの髪飾りだった。金の台座とダイヤモンドのきらめきが彼女の銀髪に映えて美しい。姿見に映る彼女の姿は華やかさを増していた。

 そこへ侍官が2人を呼びに来る。彼はエルフレートに手を取られて姿を現したブランカの姿に絶句して固まっていた。

「では、行こうか」

「うん」

 我に返った侍官の案内で広間に向かう。今日の主役の扱いとなっているので、国主以外の招待客は既に会場入りをしている。2人の名前が告げられて注目を浴びる中、2人が姿を現すと会場はシンと静まり返った。そして一拍の間を置いてから絶叫が響き渡った。

 招待客の中にはブランカとの縁談を断った相手も複数いるのだが、彼等は彼女が女らしくない事を断った理由の一つに挙げていた。見返してやりたいと思っていたエルフレートは、この反応に満足していた。

「おお、皆揃っておるの」

 そこへ上機嫌の国主が姿を現した。動揺が治まらない中、彼はエルフレートとブランカに歩み寄った。

「ここで喜ばしい報告をしたい。こちらにおられるタランテラの竜騎士エルフレート卿と我が国が誇る姫提督ブランカの婚約が調った。若い2人の門出を皆で祝おうではないか」

 国主の報告を受けても最初の衝撃から立ち直れていない一同からは異論も上がらなかった。そして宴はどこかざわついた雰囲気が治まらないまま終わったのだった。



「秋にはまたタランテラに行くから」

「うん。待ってる」

「気を付けてね」

「ああ」

 翌朝、出立するエルフレートをブランカはいつもの軍装で見送っていた。婚約を正式公表したことで最後の夜は共に過ごすことが出来たが、余計に別れ辛くなっていた。それでもエルフレートはこれから国主会議に向かうエドワルドと合流し、婚約の首尾を報告する義務がある。最後に軽く抱擁を交わすと、相棒の背にまたがった。そして見送りの一同に目礼を送ると、飛竜を飛び立たせた。




 ロベリアの港にエヴィルの船が入港してくる。船員が慌ただしく作業する様を少し離れたところでエルフレートは眺めていた。

「父様!」

 小さな子供が2人駆け寄ってくる。似たような背格好から双子なのだろう。彼等はエルフレート目掛けて勢いよく抱き付いてきた。

「おっと……。相変わらず元気だな。母様は?」

 同時に飛び込んで来た2人を彼は難なく受け止め、抱き上げると左右の肩にそれぞれを乗せる。

「あっちー」

 右の肩に乗る女の子が停泊している船の方を指さす。

「兄様がね、気持ち悪いだって」

「そうか」

 左肩に乗る男の子の報告にエルフレートは苦笑する。そのまま女の子が指を刺した方角に歩いていくと、愛しい妻の傍らに7歳になる長男が座り込んでいた。彼はエヴィルの生まれなのだが、どうも船と相性が悪い。今回の船旅でも酔いがひどかったのだろう。随分と青い顔をしている。

 やはり昨年提案した通りこのままタランテラに残して竜騎士への道を進んだ方がこの子の為になるだろう。賑やかに話しかけて来る双子に適当に相槌を打ちながらよく似た母子に近づいていく。

「ブランカ」

「エルフレート」

 エルフレートは双子を肩から降ろすと久しぶりに会う妻と抱擁を交わす。婚約の翌年に結婚した2人は8年経っても互いの国を行き来する生活を送っていた。慣れてしまったのもあるが、討伐期の長いタランテラにおいては、竜騎士が家族と過ごせるのは夏場だけというのも珍しくはない。周囲の助けもあってなんとか離れ離れの生活を無事に過ごしてきていた。

 だが、エドワルドの即位10周年を機にエルフレートは籍をエヴィルに移す決意をした。それでも彼の指南を望む声は多く、両国を行き来する生活はまだまだ続くことになりそうだ。

「立てるか?」

「うん……」

 座り込んだままの長男を助け起こす。今日はこれから、10日後に迫った即位10周年の式典が開かれる皇都へ向かう。そこではエルフレートの両親が嫁と孫に会えるのを楽しみに待っていた。

「では、行こうか」

「父様、抱っこ!」

「僕も!」

 元気な双子が抱っこをせがんでくる。エルフレートは2人を抱え上げると、再び肩に乗せる。エルフレートもブランカも双子のはしゃぐ声を聞きながら久しぶりに揃った家族と過ごす幸せをかみしめていた。

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