53 姫提督の挑戦4

 高まる欲望のまま寝台になだれこみたい衝動を抑え、エルフレートとブランカは手をつないだまま並んでソファに座った。念のため人払いをしてあるが、情報が広まっている現状ではどこで誰が見張っているか分からない。うかつな真似は避けておいた方が無難だろう。

「お祖父様が済まない」

「君が謝ることじゃないさ」

「でも……」

 気丈そうに振る舞っているが、精神的にはかなり参っているのだろう。エルフレートは彼女の肩に手をまわし、そっと抱き寄せた。

「やはり提督の地位を返上するのは止めておいた方が良さそうだな」

「……」

「心配するな。うちの両親は家を出ることに反対はしていない。すぐには無理だが、いずれはエヴィルに籍を移す」

「本当に?」

「ああ。だが、さっきも言った通り、すぐには無理だ。今、タランテラ騎士団の再編の最中で、こんな私でも必要だと言われている。指揮官が圧倒的に足りないんだ」

「そうか……」

 タランテラの人手不足……特に1大隊が壊滅した騎士団は、深刻な状態が続いている。傭兵を雇い、更には国主も先頭に立って討伐に出ることでどうにか保たせてはいるが、この状態をいつまでも続けてはいられない。若い竜騎士を育てているが、彼等が一人前になるにはもう数年はかかりそうだ。

「そこで陛下に指南役を申し出た。若い竜騎士を鍛え、指揮官を育てる。楽な仕事ではないが、いつ発作が起きるか分からない状態で前線に立つよりもいい。それに、これなら団長職でいるよりも君に会いに来る時間も作れる」

「エルフレート……」

「結婚しよう、ブランカ。当面は年に1度しか会えないけれど、それでも私は今すぐにでも君を妻と呼びたい」

 エルフレートの熱い想いが伝わり、ブランカは彼に抱きついた。彼がそんな彼女の頭をそっと撫でると、少し潤んだ目で見上げられる。

「私も、会いに行く。昨年、タランテラに行ったときに、交易面で色々調査させていただろう?」

「ああ」

 昨年の即位式の前、早めにタランテラ入りしたエヴィルの一団は、タランテラ側と協力して今までカルネイロ商会が独占していたマルモアを中心とした交易の実態を調べていた。

 秋以降、ロベリア以北の外海は荒れるので、リラ湖を経由した川船での輸送が中心となるのだが、彼等は果敢にもマルモアから外海に出て直接タルカナに向かっていたらしい。その情報を聞いたエヴィルの船乗り達は、負けん気を発揮してその航路を見つけ出そうと躍起になっているらしい。

「当面、私の艦隊がその役目を引き受ける事となった。見付けた後は航路が定着するまで商船の先導もする。秋のわずかな期間だが、タランテラに居られる」

 無論、艦隊を放り出すわけにはいかないので、始終一緒に居られるわけではないが、共に過ごす時間を捻出する事は出来るだろう。

「そうか……だが、無理はしないでくれ」

「大丈夫。冬の荒れた海で妖魔を討伐するんだ。うちの連中は少々荒れたくらいではものともしないさ」

 誇らしげに胸を張って答えるブランカの姿にエルフレートは苦笑する。昨年、思いを遂げた翌日に彼女を本宮まで送り届けると、彼女の部下達から手洗い洗礼を受けたのを思い出したからだ。

 ブランカは止めようとしたがエルフレートが制し、1対10で殴り合いとなった。もちろんエルフレートが勝利し、彼等に認められたわけだが、要はそれ程彼女は部下に慕われているのだ。余談だが、後になって本宮で騒ぎを起こしたとして厳しい罰を受けたのは彼女には内緒にしている。

「だったら、近いうちにご両親に挨拶したい。時間は取って頂けるだろうか?」

「反対しているのはお祖父様だけ。きっと喜んで会ってくれる」

「そうか。でも、その外相殿にも話は通したい。協力してくれるか?」

「勿論だ」

 2人の方針が決まり、心が軽くなったせいか、いつもの男前なブランカが戻っている。そんな彼女も愛おしいエルフレートは、彼女の頬を両手で包み込むと唇を重ねた。




 その翌日、ブランカは速攻で彼女の両親と会う約束を取り付けてくれた。竜騎士正装に身を包んだエルフレートは彼女の自宅におもむくと、2人に神妙な面持ちで彼女への求婚を申し出た。

当面は通い婚となる事を丁寧に説明すると、彼女の両親は意外なほどあっさりと了承してくれた。そこまでして求められる娘は幸せだと逆に感激していたくらいだった。

 残るは祖父。面会を申し込もうにものらりくらりとはぐらかされてなかなか取り付けない。困った彼等は先に国主に報告する事となった。

「お忙しいのに申し訳ありません」

「いやいや、構わぬよ。その様子だと、良い答えが見つかったようじゃの」

 並び立って報告に来た彼等の表情から察したらしい国主は満足そうな笑みを浮かべている。

「はい」

 エルフレートは頭を下げると、早速2人で決めた通い婚の概要を説明する。最初は驚いた様子だったが、それでも共に国を離れられない現状では最良の策なのだと納得してくれたようだ。

「で、あの頑固じじぃは納得したのか?」

 茶化す様に問われ、ブランカは俯く。

「お祖父様は会っても下さいません。お忙しいのかもしれませんが、ほんの少しでも話を聞いて下さるといいのですが……」

「ふむ……」

 ブランカの答えに国主は思案する。そして侍官を呼び出すと、何か小声で指示を出した。

「全く、往生際の悪い奴じゃ。呼びつけたからもうじき来るじゃろう」

「陛下……」

「何、いらぬ重荷を背負わせてしまった詫びじゃ。じゃがの、そなたの提督としての資質は本物じゃ。誰が何と言おうとも胸を張っていなさい。最良の伴侶も得られることじゃしの」

「……ありがとうございます」

 国主の言葉にブランカは声を詰まらせる。そんな彼女の肩をエルフレートは優しく抱いて慰め、その様子を国主は満足そうに眺めていた。

 やがて、侍官が外相の来訪を知らせる。緊張の面持ちで若い2人は居住まいを正し、国主は余裕の表情でふんぞり返った。

「どういう事ですかな、陛下?」

 外相は2人の姿を認めて明らかに不機嫌となった。

「答えを用意し、筋を通そうとした2人にそなたが会おうとしないからじゃろう。既にわしは2人の婚姻を許可した。そなたがどうあがこうともうくつがえることは無い。そなたもきちんと話を聞いて、若い2人を祝福してやれ」

 そう言うと、国主は部屋を出て行ってしまった。外相と若い2人だけとなり重苦しい空気が漂うが、やがて根負けしたように深いため息をついた外相は2人に向き直った。

「では、聞かせてもらおうか。そなた達が出したという答えを」

 自棄になってか、先ほどまで国主が座っていた席に彼はどっかりと座り込んだ。エルフレートとブランカは一度顔を見合わせると、互いにうなずき合ってから彼等が出した答えを伝える。国をまたいだ通い婚という結果に渋い表情を浮かべていたが、いずれはエルフレートがエヴィルに籍を移すという結論に納得し、非常に不本意そうにしながらも最終的には結婚を認めてくれたのだった。


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