46 愛のカタチ2

 店を出ると既に日が沈んで外は暗くなっていたが、近くの広場からはまだ露店の賑わいが続いている。ラウルはイリスを馬に乗せると住宅街に向かい、やがて美しく庭が整えられている瀟洒しょうしゃな一軒家に着いた。

 着いたのはラウルの実家。彼はひらりと馬から降りると、続けて降りるイリスに手を貸した。あらかじめここへ来ることは聞いてはいたが、それでもイリスは緊張で体が強張っている。地面に降りた折にバランスを崩して倒れそうになるが、ラウルがそのたくましい腕で抱きとめた。

「すみません」

「大丈夫? もしかして緊張してる?」

「少し……」

「さっきも言った通り、うちの親は留守にしているから心配しなくて大丈夫だよ」

 ラウルはそう言って肩を抱くと額に口づけた。そこへ玄関の扉が開いて年配のちょっといかつい感じの男性が出て来る。

「お帰りなせぇ、坊ちゃま」

「ただいま……って坊ちゃまは止めてくれ」

 口調からしてアイスラー家に長く使えている使用人なのだろう。その男性はイリスの姿を目に留めると、そのいかつい風貌からは信じられないほど無邪気な笑顔を向けて来る。

「イリス、彼はうちの親が留守中この家を管理してくれているグンター。親父の元部下なんだ」

「は、始めまして」

「これは可愛らしい。しかし、旦那様より先に会っちまって何だか申し訳ないなぁ」

「仕方ないだろう。帰ってこないんだから」

 ラウルの両親は仕事で留守をしているのは聞いている。心の準備もなくいきなり会わずに済んで良かったが、かえって彼等が居ない間にお邪魔することに罪悪感も感じていた。

「あんた、坊ちゃまとお客さんをいつまで外に立たせておくつもりだい?」

 今度はなかなか迫力のある年配の女性が出て来る。口ぶりからどうやらグンターの奥さんらしい。

「お、すまねぇ。馬はお預かり致しますんで、坊ちゃまもお嬢さんも中にどうぞ、どうぞ」

「ああ、頼むよ」

 ラウルは馬をグンターに託すと、イリスを促して家の中に入っていった。




「長々と外に立たせてしまって済まなかったねえ」

 デボラと名乗った迫力のある女性は、やはりグンターの奥方だった。彼女は2人の為に夕食を用意して待っていてくれたらしい。促されるまま席に着くと、馬の世話を終えたグンターも入ってきて4人で食卓を囲む。

「さあさ、たくさん食べてくださいな」

 テーブルには湯気の立つ家庭料理が並んでいる。4人で食べるにはいささか量が多い気がするのは、体が資本の竜騎士が居るからだろう。デボラは自分が食べるのは二の次で、ラウルやイリスにせっせと取り分けている。

「それにしてもこんなに可愛らしい方がお嫁さんになってくれるなんて、坊ちゃまは幸せですねぇ」

「だから、坊ちゃまは止めてくれ」

 既に2杯目のエールを空にしたラウルは顔を顰めると、既にほろ酔いのグンターは追い打ちをかける。

「坊ちゃまは坊ちゃまだ」

「……」

 憮然として3杯目を飲み干したラウルの姿に、ようやく緊張が解けたイリスはクスクスと笑った。

「……そういえば、親父はともかくお袋から何か連絡あったか?」

「旦那様が熱入ってしまっているから、まだ当分帰れないですって」

「そうか……。相変わらず頑固だな」

 半ばあきらめた様にラウルはため息をついた。

「まあ、奥様が側にいれば大丈夫でしょう」

「うまく舵取りをしてくれるといいんだがな」

 3人の会話に入り込めないイリスが黙って話を聞いているのに気付き、ラウルは肩をすくめて事情を説明してくれる。

「親父が第1騎士団配下の騎馬兵団の副団長だったのは前に言ったよね?」

「はい」

 ラウルの問いかけにイリスは素直にうなずいた。ついでにアイスラー家が過去に何人も竜騎士を排出した騎士の家柄なのも結婚を申し込まれた後に教えてもらっている。

「内乱の時にうちはグスタフに従わなかった。その為、親父は第7騎士団へ、俺は第5騎士団に左遷となった。元々親父付きの補佐官だったお袋は、親父が左遷させられた後、半ば人質として皇都に慰留。グンター達はお袋を守る為にここに住み込んで使用人のまねごとをしてもらっていたんだ。

 殿下が復権されて帰還できることになっていたんだけど、『近頃の若い者は基本がなっておらん。ワシが鍛え直してやる』と、今は団命無視で第7騎士団に居残っている。お袋はそれが心配で後を追っかけて行ったんだ」

「お母様はお父様の事を愛しておられるのですね」

 イリスの感想に他の3人は微妙な表情を浮かべて顔を見合わせる。

「いや、あの2人に恋愛感情はないな」

「無いですね」

「同感です」

 イリスは3人の答えに目を瞬かせる。

「元々、親父もお袋も結婚するつもりは無かったらしいが、あまりにも周囲がうるさいから手っ取り早く身近にいる相手を互いに選んだと聞いている。共に長年、妖魔相手に死線をかいくぐって生きてきたせいか、側で見ていると夫婦というよりも同志と言った方が正解な気がする」

「ラウル様は寂しくないのですか?」

「一応、親としての愛情は注いでもらったと思っている。まあ、2人がそれで幸せなら今更俺が口を挟む事ではないかな」

「……そうですね」

 余計な心配だったと反省し、イリスはうつむいた。だが、ただ自分の事を心配してくれているのが分かっているラウルは、隣に座る心優しい婚約者を片腕で抱き寄せてその額に口づけた。

「はいはい、お2人の仲がいいのが分かりましたから、その辺で離して差し上げて下さいな。坊ちゃまの力でお嬢様が折れてしまいますよ」

「だから坊ちゃまはやめろって!」

 湿っぽいような微妙な空気をデボラが明るく吹き飛ばす。その後は話題を変え、和やかな空気のまま夕食を終えた。

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