45 愛のカタチ1

 コリンシアの侍女として皇都に移ったイリスは、毎日が目まぐるしく過ぎていた。普段は部屋をたまわっている本宮北棟に住み、コリンシアの身の回りの世話をし、数日に一度、大神殿に赴いて女神官のお勤めを果たす生活を送っている。

「はぁ……」

 今日はそのお勤めの日なのだが、いつもと異なり身が入らない。実は今日、彼女の主であるコリンシアがマルモアへ1泊の予定で出かけている。マルモアを視察するワールウェイド公にティムが同行し、正神殿で相棒となる飛竜を探すのが目的だったのだが、彼に恋する姫君は一緒に居たくて同行を強く希望し、娘に甘いエドワルドがそれをゆるしたのだ。

 本来なら側仕えの彼女が同道するべきなのだが、急な話の上に元より決まっていたお勤めの日と重なってしまった。親とも女神官としての務めを疎かにしないと約束して皇都に出てきているので、仕方なくお勤めを優先したのだ。そしてフレアや側仕えの侍女達と話をした結果、姫君にはオリガが付き添い、護衛としてルーク隊が同行することが決まった。

 ルーク隊には結婚を前提にお付き合いをしているラウルがいる。なかなか会う機会が無いので、一緒に行きたかったというのが本音だった。

「イリス女神官、お客様ですよ」

 時間の進みが遅く感じる中、ようやく最後のお勤めが終わったところで同輩の女神官に呼び止められる。外で待っているという伝言を受けると、彼女は急いで支度を整え、上役の神官に挨拶を済ませて外に出た。

「ラウル様」

 神殿前の広場の隅にラウルが所在なく立っている。イリスは荷物を抱えて彼に駆け寄った。彼は息せき切ってかけて来る彼女の姿を目に留めると破顔して応じる様に手を上げた。

「マルモアに行かれたのではないのですか?」

「うん、さっき戻って来た」

 どうやら今日の成果をいち早くエドワルドに伝えるために戻って来たらしい。アスターやルークからそのまま休暇を取れと言われ、北棟を統括するオルティスからも了承を得てイリスを誘いに来たらしい。

「これ、奥方様から」

 恐れ多くもフレアから直筆の手紙を預かって来てくれているらしい。広場の片隅にあるベンチに腰を下ろして広げてみると、コリンシアが戻る明日の夕刻までは自由に過ごしていいとある。彼と楽しい時間を過ごしてきなさいと締めくくられていた。

「なんだか、恥ずかしいね」

「うん……」

 ここまで周囲にお膳立てされてするデートは何だか気恥ずかしい。イリスは頬を染めて読み終えた手紙を片付けた。

「とりあえず出かけようか」

「うん……」

 内乱が収束して以来続いていた皇都のお祭り騒ぎは未だに続いており、即位式が近づくにつれて規模は拡大して更には夜通しで行われるようになっていた。明日の夕刻までおよそ1日ちかくあるが、現在遠距離恋愛の2人にとってなかなかこんな機会は巡ってこないので時間が惜しい。2人はラウルの馬に相乗りして賑やかな街中に出かけた。




 本宮を中心とした中枢区画を区切る第1の城門を抜け、商店が立ち並ぶ区画に来る頃には日が傾いていた。かがり火が用意されている広場にはまだ多くの露店が立ち並んでいる。

 飲食店を中心に装身具や日用雑貨。タランテラ各地から集まって来た特産品も並んでいる。馬を預けた2人は人込みではぐれないよう手をつないで歩いていた。

「あ、これかわいい」

 イリスは露店に並んでいたレース飾りに目を留める。女神官ということもあって彼女自身はこういったものをあまり身に付けないが、見て歩くのは好きだった。そんな様子をラウルはニコニコと眺めている。そして装身具を扱う露店をいくつか冷やかして歩き、その流れでラウルは一軒の店へと彼女を連れて行く。

「ここって……」

 閉店間際らしく、他に客はいない。上品な内装から一目で高級品を扱う店だと分かる。戸惑う彼女を促してラウルは出迎えた店主に近づいていく。

「お待ちいたしておりました。どうぞ、こちらに」

 どうやら予約していたらしい。奥の座り心地の良い椅子に並んで腰かけると、目の前のテーブルには数種類の宝飾品が置いてある。

「あの、ラウル様?」

「即位式が終わればまた離れ離れになるから、婚約の証に何か身に付けていて欲しいんだ。さすがに殿下が奥方様に贈ったような国宝級の物は無理だけど」

「でも……」

「本当なら気の利いたものを予め買っておいて、景色の良いところで渡す方がかっこいいんだろうけどね。せっかくだから君の気に入ったものを選んで」

 戸惑うイリスが傍らのラウルを見上げると、いつもと異なりどこか余裕がない。実はイリス本人は気付いていないが、本宮の文官武官を問わずに人気があった。それを知っているラウルには焦りがあり、自己満足かもしれないが結納の品となる物を贈ろうと思ったのだ。

 そんな話をしている間に首飾りや指輪が並べられる。店主がそれぞれの説明をしてくれるのだが、イリスにとってはどれもが手に取るのも躊躇われる品ばかりで固まってしまい、耳に入ってこない。

「お伺いしているお話からお勧めさせていただきますと、指輪よりも首飾りの方がよろしいかと思います」

 戸惑いを隠せないイリスに店主は笑みを絶やさずそう勧めてくれる。目の前には小さな宝石で花を象ったものや装飾を抑えたオパールの首飾り、真珠のネックレスが残った。

「気に入ったのがある?」

「どれも素敵で……」

「実際に付けてみられますか?」

 店主がそう勧めるとイリスはぎこちなくうなずいた。順に試着していくのだが、彼女は姿見の前で緊張の面持ちで固まったままになっている。そんな彼女を尻目に少し余裕が出て来たラウルは清廉な女神官の彼女には真珠が良く似合うけど、オパールも捨て難いなどと1人で葛藤していた。

「どう?」

「……」

 極度の緊張から既に放心状態になっているイリスはもう選ぶどころではなさそうだ。ラウルはどうするか迷った挙句、オパールを手に取ると彼女の首にかけた。

「これが良く似合っていると思うんだけど、どう思う?」

「うん……」

 これで同意は得られた。ラウルは店主にこれに決めたと伝えて代金を支払い、もらったばかりの結納品を首にかけたまま、まだどこか呆然としている彼女を促して店を出た。


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