42 家族の肖像2

 内乱中にフレアとコリンシアを守るという手柄を立てたティムは、エドワルドにより特別に即位式へ招かれていた。そしてその褒賞として優先的に飛竜が与えられることになっていた。フォルビア正神殿には彼と合う仔竜が見つからず、皇都に出てきたついでにマルモアでも見てみることになったのだ。ルークに連れられ早目に皇都入りし、今日は1泊の予定でマルモア正神殿へ出かけることになっていた。

 当初はカーマインとファルクレインの仔竜を預けているアスターとマリーリアが視察を兼ねて同行することになっていた。しかし、久しぶりに会えたティムと一緒にいたいコリンシアが同行を強く希望したために、護衛としてルークと彼の部下が加わり、更に身の回りの世話役としてオリガがついてくるのは当然の成り行きだった。

「あ、アスター、マリーリア、おはよう!」

 着場に着くと、既に準備を整えて待っていたコリンシアが駆け寄ってくる。ルークとオリガが甘い雰囲気を漂わせながら会話を交わしているのを、準備を終えた他の面々が生暖かく見守っていた。

「おはようございます、姫様。お待たせしてすみませんでした」

 マリーリアがしゃがんで迎えると、姫君は勢いよく抱き付いてくる。朝まで貪られた体では力が入らず、危うくひっくり返りそうになるが、背後で夫が支えてくれたのでどうにか踏ん張れた。

「あれ、マリーリア、ここ赤くなっているよ。虫に刺されたの?」

 コリンシアが触れたのは耳の後ろ……姿見では見えない場所だった。姫君の指摘にマリーリアは大いに焦った。

「そ、そうです、姫様。質の悪いのがおりまして……」

 苦し紛れの言い訳に、赤い痕を付けた張本人は笑いをこらえている。素知らぬ顔する夫にマリーリアは一睨みするが、毎度のことながら彼には全く堪えていない。

 周囲の大人もその正体が分かっているので、生暖かい視線をワールウェイド公夫妻に送っていた。ただ、思春期真っただ中のティムには刺激が強すぎたようで、可哀そうに熟れたリンゴのように顔が真っ赤になっていた。

「あのね、母様もよく虫に刺されているの。夜の間に刺されるんだって。今日もね、朝の御挨拶に行ったら肩とか首が赤くなってたの」

 無邪気な姫様の話にどう返していいかわからず、相槌をうってどうにかやり過ごす。ただ、こんな時には大抵見送りに来る彼女の姿がないのに疑問を抱いて聞いてみると、少し疲れが出たので休んでいるとのこと。しかし、コリンシアから聞いた朝の様子からすると、彼女もどうやら自分と同じような状態らしい。

 あと2~3日もすれば各国からの客が到着する。そうなれば今以上に忙しくなって私的な時間も取れなくなる。そう考えた夫たちは、今の内にと妻との時間を堪能したのだろう。

「全く、困った人達だ」

「ん?」

 マリーリアの呆れたつぶやきに、何も知らない姫君は無邪気に首をかしげていた。




 グスタフの死亡後も不当な圧力をかけていたベルクが失脚し、不正の温床となっていたマルモア正神殿は、礎の里が介入して人員を大幅に入れ替えしたおかげでようやくあるべき姿へともどっていた。

 アスターとマリーリアは国主制定会議終了後に改めてマルモアを視察し、安全を確認してからファルクレインとカーマインの仔竜達を預けていた。

 実はマリーリアが皇都を出立し、内乱が終結して戻ってくるまでおよそ1月の間、カーマインに会う事ができなかった。仔竜が幼すぎたため、母竜と引き離す事が出来なかったので止む無く置いていったのだが、人間側の都合など理解できない飛竜はものすごく拗ねていた。それをどうにかなだめすかして機嫌を取り、仔竜の巣立ちに漕ぎ付けていた。

 昼過ぎに神殿に到着した一行は新たに里から派遣された神官長に出迎えられ、早速仔竜の養育棟に案内される。そこには生後1年経つか経たないかの仔竜が集められており、各々好きなことをして遊んでいた。

「カーマインとファルクレインの赤ちゃんはどれかな?」

 姫君が興味津々でマリーリアに尋ねている。だが、余計な先入観抜きでティムには選んでもらった方がいいと夫婦で話し合っていたので、その答えは少し待っていてもらっていた。

 しかし、その気遣いは無用だった。少年はすぐに何かに引かれるように一頭の仔竜の元へ歩み寄る。仔竜もティムの事が気になるのか、よたよたと歩いてくるが、バランスを崩してそのまま前のめりに転びそうになる。側にいたティムはとっさに腕を伸ばして仔竜を抱きとめた。だが、仔竜と言っても少年とほぼ変わらない大きさまで育っているので、受け止めた勢いでティムは尻餅をつく。

「くすぐったいよ」

 どうやらその仔竜で決まりらしい。仔竜が体を摺り寄せてくるのがくすぐったいらしく、お返しとばかりにティムは床に座り込んだまま飛竜が好む首回りを手で軽く掻いてやる。すると仔竜は嬉しそうにクルクルと喉を鳴らしていた。

「あの仔がカーマインの仔です、姫様」

 早々に黙っている必要はなくなったので、マリーリアが先ほどの質問に答えている。するとコリンシアは目を輝かせて喜んでいた。

 パートナーの仔であれば自分の仔にも似た感情を抱いてしまうもので、仔竜が良きパートナーを得たことは自分の事のように嬉しい。アスターも自然と少年達に向ける眼差しが柔らかいものになる。

 ふと、マリーリアと目が合う。だが、今朝の事をまだ怒っているのかすぐに目を逸らされた。確かにあれはやりすぎだったと自分でも思うが、どうも最近自制がきかない。平和になり、誰憚ることなく妻を愛せるようになったのが大きい。それに……豊かな感情が戻った彼女をついからかってしまいたくなるのだ。

 今思い出してもはらわたが煮えくり返りそうになるのだが、その昔、グスタフや夫人から受けた仕打ちの所為で一時の彼女は全ての感情を失ってしまっていた。ハルベルトが気付いて彼女を保護し、もっともらしい理由をつけてロベリアに送り出したのだと後から知った。

 エドワルドを始めとした第3騎士団の面々に加えてグロリアや館の女性陣達の尽力により、あの地で過ごした1年間で彼女は驚くほど速くに感情を取り戻した。それはもう、アスターが目を離せなくなるくらいに。

「さて……どうやって許しを請うかな」

 最初から怒らせる真似をしなければ良いのだが、全く懲りてない彼は仲直りする過程を楽しんでいるらしい。その呟きを耳にしたルークは処置なしとばかりに肩をすくめた。


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