41 家族の肖像1

「こんな汚らわしい娘を認めるなんて、大殿はどうかしておられる! 我が、ワールウェイド家が恥をかくだけじゃ!」

 故郷の村から強制的に連れてこられた城の玄関先で、恰幅の良い女性に指を突きつけられながらののしられた。幼いマリーリアは泣きたいのを通り越して怒りを覚えていた。こんなところに来たくて来たのではない。自分は無理やり連れてこられたのだと言い返したかった。

「とにかく、私は認めませんからね!」

 言いたいことを言うと、女性はきびすを返して城の中へと入っていく。彼女は当時のワールウェイド公婦人。政務で忙しい夫に代わり、城の一切を取り仕切っている存在だった。当然、彼女に認められなかった幼いマリーリアは邪険に扱われることになる。当主が娘と認めたと言うのにあてがわれたのは使用人の部屋。かつて彼女の母親が使っていた部屋だった。

 それでも彼女にとっては幸いだったかもしれない。夫人と顔を合わせなくて済んだので、始終罵られることは避けられた。更には竜騎士見習いとして第1騎士団に配属となり、本宮西棟に宿舎があてがわれたので、無理にワールウェイド家に帰る必要がなくなった。

 当主の伝手でパートナーが手に入り、一方でまじめに職務をこなしたおかげで無事に竜騎士になれた。これで自活する道が開けたと内心喜んでいたが、彼女の苦難はこれで終わったわけではなかった。

「お前の母親が犯した罪を償いなさい」

 一方的な要求を突き付けられたのは、竜騎士になった彼女を当主が夜会などで誇らしげに連れまわすのが一段落した頃だった。使いが現れ、連れて行かれたワールウェイドの公邸で夫人から一方的に賠償金を請求された。

 最初は拒んだが、ルバーブ村の従兄たちの存在をちらつかされれば要求を呑むしか道はなかった。結局給与は毎回半分持っていかれた。しかも身内で何か祝い事があるとそのたびに追加で請求され、手元にほとんど残らない時もあった。

 いくら竜騎士が優遇されているとはいっても大公家の夫人にとって彼女の給与など微々たるものだろう。まだ前線で戦う事はないので命がけとまでは言えないが、それでも真面目に勤めて得たお金だった。それが子供の玩具など他愛もないものに変わってしまうのはなんともやるせない気分になる。元より贅沢などしない性分ではあるが、それでも日々の暮らしは苦しかった。

 そんな最中にルバーブ村の伯母が他界し、彼女が遺したものから自分の本当の父親が当主ではないことを知った。更には与えられたパートナーが不正に流用した繁殖用だったことが分かった。パートナーを失いたくない一心で、当主から持ち掛けられた賭けに乗ったが、もはや絶望しかなかった……。




「マリー、マリー」

 体をゆすられてマリーリアは目を覚ました。目を開けると心配げな表情で覗き込んでいる夫の姿が目に入る。

「アスター……」

 マリーリアが目を瞬かせると涙が一滴こぼれ、アスターはそれを指でぬぐう。そして妻の体を労わるように抱きしめた。

「随分、うなされていた。大丈夫か?」

「……昔の夢を見てしまって……」

「そうか……」

 彼女がそんな夢を見た心当たりがあったアスターはそう答えると無言で抱きしめる腕に力を込めた。マリーリアはそのぬくもりに安堵して夫に体を摺り寄せる。

 内乱の首謀者だった先のワールウェイド公グスタフの死後、その夫人は一族共々謹慎を言い渡されていた。そこで大人しくしていれば多少の自由と贅沢は許されていたのだが、彼女はエドワルド側に味方したマリーリアが許せなかったらしい。一矢報いようと、従兄にあたるマルモアの神官長と共謀し、お腹に卵を抱えていたカーマインに毒を盛ろうとしたのだ。

 グランシアードの活躍により、カーマインは事なきを得た。首謀者もすぐに割り出され、従兄共々捕まった夫人は牢に入れられた。彼女はそれでも反省するどころかマリーリアへの恨みを募らせるばかり。そしてマリーリアがワールウェイド公に就任すると知った彼女は、怒りのあまり周囲に当たり散らし、そしてその最中に急にばたりと倒れた。

 一命はとりとめたが体の自由がきかなくなり、娘たちに交代で看病してもらっていた。その彼女が亡くなったと知らせが来たのだ。おそらく、その名を聞いたマリーリアが無意識に過去を思い出してしまったのだろう。

「飲むか?」

 妻が落ち着いたところでアスターは寝酒用に置いていたワインを杯に注ぐ。マリーリアは礼を言ってそれを受け取り、口を付けた。空になった杯を妻から受け取ると、アスターは自分も一杯飲んでから妻のもとに戻る。

「眠れそうか?」

 その問いにマリーリアは首を振る。アスターは安心させるように彼女を再び抱きしめ、その額に口づけた。その腕の中が心地よく、強靭な体に身をゆだねていたのだが、もぞもぞと夜着の中に潜り込んできた手が素肌を撫でている。

「アスター?」

 そのハシバミ色の目が細められ、口元が意地悪く弧を描いている。いやな予感がしたマリーリアは慌てて体を離そうとするが、ちょっと遅かった。そのまま寝台に押さえつけられる。

「眠れないんだろう?」

「そ、そうだけど……」

「朝まで付き合うよ」

 ちょっと待ってと止める間もなく唇をふさがれる。そして宣言通り、マリーリアは夫においしく頂かれたのだった。




「全く……」

 翌朝、マリーリアはぶつぶつと文句を言いながらカーマインに装具を取り付けていた。こちらは寝不足に加えて足腰に力が入らなくてフラフラしているというのに、傍らでは夫のアスターが上機嫌で相棒のファルクレインに装具を付けている。

 即位式を10日後に控えて特に忙しい日々が続いているというのに、いつもと変わらないその姿がなんだか腹立たしい。

「はぁ……」

「どうした?」

 思わずため息をこぼすと、先に装具を付け終えたアスターが寄ってくる。一応、気にはかけてくれているらしい。

「辛いのなら今日は止めておくか?」

「大丈夫、行きます」

 ムキになって答えると、彼は笑いをかみ殺して手伝ってくれる。有り難いのだが、時折腰のあたりを撫でまわすのは止めて欲しい。

「済んだぞ、行こう」

 恨めしく見上げる視線を彼はまったく気にせずに飛竜達を連れ出す。マリーリアはもう一度深いため息をつくと夫の後を追った。


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