43 家族の肖像3

 ティムのパートナーとなった後にテンペストと名付けられる飛竜は、翌日に帰る折に引き取ることを神殿側と約束して一行は宿泊先となるマルモアの総督府に移動した。本当はマルモアまで来たついでにマリーリアの実父、ジェラルドがアトリエにしていた離宮にも寄りたかったのだが、時間的な都合もあって断念した。口に出しては言わないが、持ち帰りたい絵があったマリーリアは内心気落ちしているに違いない。

 既に夕刻。コリンシアが一緒なので総督と第4騎士団長が一行を迎えてくれたが、仰々しいのはここだけにしてもらい、夕餉も内輪だけで和やかに済ませる予定だった。

 アスターは出迎えてくれた一同をねぎらい、コリンシアの部屋への案内を最優先で頼む。オリガとマリーリアを同行させ、ルークに護衛を任せると早速仕事に移った。総督や騎士団長と情報を交換し、皇都へ持ち帰るために問題点と要望を聞き取っていく。即位式後になるが、他団の問題も含めてエドワルドとブロワディを交えて協議する予定になっている。

 総督も騎士団長も昨年エドワルドが復権した直後に任命されていたが、それぞれグラナトやブロワディのお墨付きをもらっていただけあってそつなくこなしていた。正神殿の問題も里が介入して以降は特に大きな問題も見当たらず、細かな要望がいくつか上がってきた程度だった。最後に頼んでいたものを部屋に運び込んでもらう手配を済ませて打ち合わせは終了した。



「兄上!」

 打ち合わせを終え、総督付きの侍官の案内で宿泊する部屋に向かっていると、不意に声をかけられた。彼をそう呼ぶのは1人だけ。そしてその人物がここに配属されているのも知っていた。振り返ると騎士服姿の若者が息を乱して近寄ってくる。彼はアスターの実家、バルトサス家を継いだばかりの異母弟だった。

「どうした?」

「少し……お時間を頂けないでしょうか?」

 直接会うのは数年ぶり。隻眼せきがんとなった兄の容貌に彼は一瞬ひるんだが、それでも昔と変わらず憧れと尊敬の混ざった視線を向けてくる。用はすぐに済むと言うので、侍官を下がらせてその場で話を聞くことにした。

「即位式が終わりましたら、古巣に帰ることにしました」

「そうか」

 昨年、グスタフの息がかかっていた第4騎士団を再編成するために異母弟は北西部の直轄地にある第6騎士団から応援という形で移動してきていた。1年経った今では状況も改善されたので、希望者は順次戻れるようになっていた。

「父と母も呼ぶつもりです」

 内乱中、バルトサス家はグスタフ側についた。しかし、これもやむを得ない事だった。バルトサス家は古い家柄ではあるが領地すら持たない末端の貴族。到底ワールウェイド家に敵うはずもない。更にはアスターの生家とあって目の敵にされていた。父親は家を守る為、仕方なくグスタフについたのだ。

 エドワルドが復権後はすぐさま帰順したので厳しい制裁は免れた。しかし、アスターの実家なのにグスタフに味方した事で世間からの風当たりは強く、処分が甘いとまで言われている。第2騎士団付きの文官として勤めていた父親も辞職に追い込まれ、バルトサス家は苦境に立たされていた。

 竜騎士見習いになったころはどこか甘えた考えがあった異母弟だが、配属先となった第6騎士団はいい意味で実力主義の気風があり、早々にその甘えと奢りを打ち砕いてくれていた。本人も努力を重ね、兄であるアスターには及ばないものの、もうじき上級騎士に上がれそうである。このまま真面目に勤め上げることが出来れば家を立て直すのも夢ではないだろう。

「分かった」

 エドワルドの乳母をしていたアスターの母親と祖母は折り合いが悪く、母親は幼いアスターを連れて早々にバルトサス家から出ていた。すると祖母は自分に従順な女性を連れてきて父親に娶せようとけしかけた。優柔不断な父親はその女性と付き合いながらも母親とは別れることが出来ず、結局、母が他界した後にその女性を妻に迎えていた。その後、その女性との間に弟が生まれ、祖母の一存で跡取りは弟に決められた。

 こんな境遇だからかバルトサスを名乗っていても、アスターにはそこまで生家に思い入れはない。ただ、母を蔑ろにした祖母には多少恨みに思う事もあり、見返す意味も込めて貪欲に知識を吸収し、武技を磨いた。祖母は既に他界しているのでどう思ったかはもう確認できないが、そのおかげで現在があると、最近ではそう思えるようになっていた。

「母は難色を示していますが、父と2人で説得するつもりです」

 国の中枢にかかわっているだけあって、嫌でも実家の様子は耳に入ってくる。どうやら義母はワールウェイド公の伴侶となったアスターを頼り、あわよくば息子も出世させる心づもりでいたらしい。だが、内乱の処分でも公正ではないと言われている現状でそれをやってしまうと、バルトサス家は完全につま弾きにされてしまう。

 弟はそれが良くわかっているらしく、家の為にもやっと幸せをつかんだ異母兄に迷惑をかけないためにも両親を自分の目の届くところに置いておこうと考えたのだろう。おそらく、あちらでならば父にも何かしらの仕事があるかもしれないと見越しているのかもしれない。そうなれば今度はいつ会えるかわからない。そのために不躾を承知で声をかけてきたのだろう。

「公には無理だが、個人的には何かできるか考えておこう」

「ありがとうございます。ですが……母が勘違いしそうなので、お気持ちだけで十分です」

「分かった。だが、無理はするな」

「はい。お引止めして申し訳ありませんでした」

 一介の竜騎士である弟の立場からしてみれば、ワールウェイド公の伴侶で第1騎士団長補佐をしている兄は雲の上の存在になる。わざわざ引き留めてしまったことを詫びるように深々と頭を下げた。律儀な異母弟にアスターは苦笑する。

「アスター」

 そこへ聞きなれた声で呼びかけられる。振り返ると安堵の表情を浮かべたマリーリアが立っていた。会話をしていた当人たちが思っていた以上に時間が経っていたらしく、もしかしたら頭痛で倒れているのではないかと心配して探しに来たらしい。もちろん、今朝の事をまだ根に持っている彼女はそんなことをおくびにも出さないようにしているが、アスターには丸わかりだった。

「姫様が心配しておられるわ」

「申し訳ありません」

 輝くプラチナブロンドに騎士服を纏った女性の姿を見て異母弟は慌てて頭を下げる。

「その方は?」

異母弟おとうとだ」

 婚礼が急だったこともあって、招待状を送ったもののバルトサス家からは誰も出席していない。マリーリアは昨年の秋、エドワルドが復権した後に父親とは顔を合わせていたが、異母弟と会うのは初めてだった。兄と同じ栗色の髪をした若者を端的に紹介され、マリーリアが簡潔に自己紹介すると、異母弟はさらに恐縮して頭を下げる。

「私がお引止めしてしまいました。申し訳ありません」

「いえ、もしかして邪魔してしまったかしら?」

 家族内の話ならば自分が入らない方がいいのではないかとマリーリアは夫を仰ぎ見るが、夫からちょうど終わったところだと聞いて安堵する。だが、ガチガチに緊張している義弟の様子を見ると自分は早々に退散した方が良いと判断する。

「じゃあ、先に戻っているわ」

 マリーリアが踵を返そうとすると、アスターもすぐに後を追う。

「話は済んでいる」

「姫様には私から伝えるからゆっくりでもいいのに」

 言葉にどこか棘があるのはまだ今朝の事を恨んでいるからなのだろう。アスターは妻を宥めつつ、異母弟に一言辞去の言葉を伝えるとその場を去っていく。

「あんな顔、するんだ……」

 遠ざかっていく2人を見送りながら彼はぽつんと呟く。家族とは名ばかりで数えるほどしか会ったことが無い兄はいつも厳しい表情をしていた。だが、今は妻となった女性に優しい笑みを浮かべている。ならばなおの事、内乱中に自分たちの不明から招いた不始末に付き合わせるわけにはいかない。皇都から遠く離れることで世間からその存在すら忘れてもらうのが一番なのだ。

 彼は居住まいを正すと、異母兄の後ろ姿に深々と頭を下げ、自分の持ち場にもどっていった。

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