186 最後の仕上げ1

 首謀者を捕えただけでは仕事は終わらない。ラグラスをフォルビア城の牢へ移送する手筈を整え、竜騎士や兵士達に交代で休息をとる様に命じた頃には夜は白々と明けていた。他にも捕えた手下達の処遇など、まだ仕事は山の様にある。

「殿下の御裁可が必要な物はほぼ終わりました」

「殿下も少し休憩をなさって下さい」

 アスターとヒースが頃合いを見計らって声をかけてくる。1年ぶりに再会できた家族と過ごしてもらおうと、彼等なりの気遣いだった。

 子供達の様子が気になってきているフレアには先に休む様に言って天幕代わりの村長の家に戻らせていた。躊躇ちゅうちょしながらも朝食ぐらいは家族と一緒に摂りたいと思ったエドワルドはその好意に甘える事にする。

「失礼いたします」

 だが、彼が腰を浮かしかけた所へクレストが現れる。ゲオルグの元取り巻きを捕えた経緯を報告しに来たのだ。状況からエドワルドが席を外そうとしていたのに気付き、出直そうとするが、席に座りなおしたエドワルドに呼び止められ、改めてその経緯を報告する。

「それで、今はどうしている?」

「空腹だった様子なので、食事を摂らせています。互いの近況を交えつつ、ウォルフ君が2人からうまく砦での状況を聞き出しております」

 申し訳ないとは思いながらも、これも仕事の内と割り切ってクレストは事の次第を報告した。今までに得られた情報が間違いでは無ければ、これでラグラスの手下は全て捕えたことになる。

「彼等の話では、ゲオルグ殿下は亡くなったと伝えられ、更には内乱に加担した者は皆、捕まれば首をねられるとラグラスは口癖のように言っていたようです。それらが脅しとなり、彼等だけでなく多くの手下を自分の下へ留めていたようです」

「そうか……」

 捕えた別の手下からも似たような証言は上がって来ていた。隔離された砦の中で情報を制限するやり方は非常に効果的でもある。だが、ラグラスが1人で思いついたとは思えない。おそらくは彼の側に付いていたベルクの部下の差し金だろう。その辺りはベルクの手下を捕縛している聖域側からまた報告があるだろう。

「もうじき許可した面会時間が終わります。この後はフォルビアの牢へ移送致します」

「分かった」

 エドワルドが頷くと、クレストは頭を下げて部屋を出て行く。これで冬を挟んだために長くなってしまった内乱が一区切りついた。

「少し休んでいる。何かあったら報告してくれ」

「かしこまりました」

 改めて後を2人に任せると、エドワルドは天幕を出て妻子が休んでいる建物へと足を向けた。




 ラグラスが移送されて一区切りついたところで、ルークは上司達から休息をとる様に命じられた。ここ数日はほとんど不休で砦の監視をしていたし、暴動が起きた折には真っ先に飛び込んでいった。その折に負傷した右腕でラグラスを殴ると言う無茶もしたので、また傷口が開いてしまっていた。

「やっと終わったね、エアリアル」

 人が多く行き交い、落ち着かないので、用意された天幕にではなく仮の竜舎に来たのは彼らしい行動かもしれない。エアリアルがいるのは竜舎の一番端。敷き詰められた寝藁に座り、そのまま相棒の体に寄りかかれば睡魔が襲ってくる。限界をうに超えていた体は休息を欲しており、彼はそのまま目を閉じた。

「ルーク」

 どのくらい眠っていたのか。聞き覚えのある優しい声と頬に触れられる手の感触でルークは目を覚ました。

「……オリガ?」

 少し寝ぼけているのか、ルークは触れて来る彼女の手を握って引き寄せた。そしてそのまま抱きしめて口づける。

「夢みたいだ」

「ルーク、ティムが困っているわ」

 オリガが頬を膨らませると、ルークはようやく手を離した。そこでようやく赤面して顔を背けているティムの姿に気付く。

「何だ、いたのか」

「絶対、わざとだ」

 頬を膨らませる姿は年相応の少年の姿だ。だが、この少年がいなければ自分の恋人も敬愛してやまない上司の家族も辛い逃避行を乗り越えてここへ帰ってはこれなかったのだ。再会が慌ただしかったので、そういえばこの少年には声をかける暇が無かったとルークは思い直す。

 荷物持ちで来たらしい少年は手に籠と何故か水を張った桶を持っていた。邪魔をしてはいけないと彼はそれらの物を置くとそそくさと出て行こうとするが、ルークが彼を呼び止めた。

「ティム」

「何ですか?」

「良く、頑張ったな」

 一瞬、何の事か分からなかったらしい。だが、何を褒められたかを悟り、気恥ずかしそうに頭をかく。

「ルーク兄さんのおかげだよ。……お邪魔だからもういくよ」

 少年は照れくささをごまかす様に、さっさと仮の竜舎から駆け出して行った。その後ろ姿を見送ると、ルークとオリガは自然と目が合い、笑みが零れる。再会したという実感が今更のように込み上げて来るのだ。だが、オリガはその余韻に浸ってばかりはいられなかった。

「怪我、大丈夫?」

「……忘れてた」

 実の所、飛竜の世話を再開したティムが、シャツに血をにじませたルークがここで寝ているのに気付き、オリガに知らせたのだ。それで彼女はフレアに一言断り、そして弟に荷物持ちを頼んでここへ来たのだ。

「手当てするから見せて」

 オリガはため息をつくと、ティムが置いていった水桶と籠を持ってきてルークの側に座る。彼は恋人の指示に大人しく従い、シャツを脱いで腕に巻いていた包帯を解く。やはり傷口が開いていて、オリガは彼の腕をとると優しく傷口を洗い、清潔な布で水滴をふき取った。

「ラトリの賢者様から調合を教えて頂いたの」

 籠からラトリで調合した薬の瓶を取り出し、傷口に塗り込んでいく。幸いにも深い傷では無いので、縫合まではしなくて大丈夫そうだ。ついでにいつ出来たかもわからないような細かい傷にも軟膏をすりこみ、腕の傷には清潔な当て布をして新しい包帯を巻けば終了である。準備のいいオリガは真新しいシャツも持参していたのでそれをルークに手渡す。今から洗っても血のしみはもう落ちないだろうから、古いシャツは処分するしかない。

 こうなる事を想定して習ったのが早速役に立ったわけだが、ルークにはもうちょっと体を大事にしてほしいとも思うので、オリガは何とも複雑な気分だった。それでも気を取り直して恋人に笑顔を向ける。

「お腹すいてない?」

「……すいてる」

 前日にヒースから謹慎を命じられていた間に食事をして以来、何も口にしていなかった。指摘されてようやく空腹なのに気付く。

「ちょっと待ってね」

 オリガは手早く薬の瓶を片付けると、手を清めて自分が持ってきていた籠を取りだす。中には薄焼きのパンに肉やチーズ、葉野菜などを挟んだものが詰められていた。零れない様に工夫されてお茶の入った小さなポットも用意されている。

「いいの?」

「お方様のお食事と一緒に用意したの。簡単なものだけど、どうぞ」

 1年ぶりの彼女の手料理である。それこそルークは幸せと一緒にパンを頬張かみしめる。野営地なので特別な物は使っていないはずである。空腹という事もあるかもしれないが、それでも今まで食べていたものよりは格段に美味しく感じる。恋人が淹れてくれたお茶と共に最上のご馳走を味わう。

「美味しい……」

 思えばこの1年の間、とにかく必死で動いた記憶しかない。こうしてゆっくりと食事をしたのは、一体いつだったか……。エドワルドを救出する前、この村でグランシアードの治療をしていた折に、仲間の竜騎士達と一緒にしていた時ぐらいだろう。それでも大概は情報交換の場だったので、食事を楽しむ雰囲気では無かった。




「ルーク兄さん、殿下が軍議を開くから集まってくれって!」

 飛竜用のブラシを手にしたままのティムが竜舎に駆け込んでくる。休養を言い渡された彼にも声がかかると言う事は、何か予定外の事が起きたのだろう。もしかしたらベルクの動きに変化があったのかもしれない。ルークは最後の一切れを飲みこむとオリガに籠を返す。

「ご馳走様」

 ルークは立ち上がると、座ったままのオリガの頬に軽く口づける。

「行ってくる」

「うん」

 疲れ切っていた体はいつの間にか回復していた。少し眠ったのが良かったのかもしれないが、何よりもオリガの存在そのものが一番大きいだろう。心身ともに回復した彼は、軽やかな足取りで軍議が開かれる天幕へ駆けて行った。




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ちなみに、仮の竜舎にはファルクレイン、オニキス、グランシアード、エアリアルの順に並んでました。一応、エアリアルの陰になっていたので、ルークがオリガといちゃついている姿は他の飛竜達には見えてません。

エドワルドもルークが竜舎にいるのを知っていたのだけれど、自分が邪魔したくなかったのもあり、たまたま通りかかったティムに伝言を言付けたのでした。


ちなみにティムは選り好みの激しいパラクインスに気に入られております。ブラッシングの力加減が程よいらしく、姿を見かけると催促……というか、執拗に要求します。近頃は先にブラッシングをしてやってから他の作業をするようにしているらしい。



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