185 踏み違えた道2

「ゲオルグ殿下が私を?」

 文官として従軍し、報告書をまとめる先輩の手助けをしていたウォルフは、若い兵士に呼び出されて目を丸くする。こちらは真っ先に裏切った後ろめたさから、向こうは身分をはく奪された気恥ずかしさから行軍の間中、互いに声をかけ損ねていた。

 彼自身が持つプライドから絶対に向こうから声をかけて来る事は無いだろうと思っていたのに、思いがけなくも相手がどうしてもと呼んでいるのだ。エドワルドに帰順してからは常に相手を立てる言動を心掛けていた彼だったが、その時ばかりは思わず素で問い返していた。

「何で?」

「騒ぎを起こし、その隙に皇子様を誘拐する内容の会話を聞いたと……。それが昔のお仲間の声だったと……」

「何だって?」

 兵士の答えに思わず声が裏返っていた。自分は途中からゲオルグの下に付いたが、あの2人は子供の頃からの付き合いである。そのゲオルグが彼等の声を聞き間違えるはずは無いし、自由になったところで行く当てのない彼が嘘をつく理由は無い。ゲオルグがそう言うのなら、彼等は間違いなくそれを実行するつもりなのだろう。

「ウォルフ! いつまで休んでる? 仕事しろ!」

 審理を間近に控えていたのに立て籠もっていた砦で暴動が起きてラグラスは逃走、ベルクの部下はやって来るし、皇子誕生のおまけつきで行方不明だったエドワルドの妻子は帰還するし、逃亡したラグラスの部下が次々と捕縛され、おまけにとんでもなく大物のお客様までやって来たのだ。記録に残す作業を命じられた文官達はてんてこ舞いをしている最中で、記録係の責任者に任じられた先輩の文官は、その忙しさにキレかかっていた。

「すみません、一大事です。ちょっと抜けます!」

 ウォルフはそう言い残して逃げようとするが、先輩がその肩をがっちりつかんで阻止する。

「逃げるなぁぁぁ!」

「すみません、行かせてください!」

 振りほどこうとするが、羽交い絞めにされて阻止される。締め付けられてもがくウォルフの姿を見て若い兵士はただおろおろするばかりだった。

「騒々しいですよ」

 そこへ姿を現したのはクレストだった。竜騎士だとはとても思えない程柔らかな物腰の彼は、いつもの様に柔和な笑みを浮かべて戯れる文官2人をたしなめた。

「ク、クレスト卿……」

「ウォルフ君を離してあげなさい。それで、何があったのですか?」

 優しい口調ながらも有無を言わさない雰囲気にようやく体が自由となる。それでも締め上げられてまだ呼吸が整わないので、おろおろしていた年若い兵士がクレストの求めに応じて説明をする。

「なるほど。そう言う事ならウォルフ君、行ってきなさい。殿下への報告は私がしておきましょう。それからここは誰か応援を呼びますから」

「ありがとうございます」

 ウォルフはすぐに駆け出して行こうとするがクレストはすぐに彼を呼び止める。

「ああ、ウォルフ君、その2人を見つけたら言ってやりなさい。ラグラスは捕えたからもう従う必要はないとね」

「は……はい!」

 クレストによってもたらされた最新の情報に、その場にいた全員が雄叫びを上げた。待ちに待った情報がやっともたらされたのだ。それに後押しをされるようにウォルフは若い兵士と共に駆け出していた。




「どうするよ?」

 2人は途方に暮れていた。良い計画を思いついたのだが、それを他人に聞かれてしまったのだ。村の外れならば誰も来ないと思い、油断したのがまずかった。

「腹減ったな……」

 ポツリと呟く。数日前に砦を出てからまともな食事にありつけていない。ここでエドワルドが何らかの追悼の式典を行うと聞きつけた彼等は、隙をついて襲撃しようと昨日からこの村に潜り込んでいたのだ。

 だが、今日になって村に滞在する竜騎士の数が増えたかと思えば一面に立派な天幕がいくつも張られていく。下働きに扮してみたものの、一通りの作業が終われば村の敷地外へ追い出され、再び入るには許可が必要になってしまった。物々しく警備されているので忍び込むことも出来ない。

 しかも先日の買い出しに出た村人を襲った件で彼等の顔は知られてしまっているので、ばれるのが怖くて人が集まるところにも近寄れない。その為、振舞われる食事にもありつけないでいたのだ。

ただ、陣を駆け巡った噂は耳にした。エドワルドの妻子が帰還し、しかも皇子が誕生していたと。それを聞きつけて先程の計略を彼等は思いついたのだ。

「どうするよ?」

「どうするって……やるしかないだろう?」

 ずっと庇護してくれたグスタフやゲオルグがいない今、彼等にはもう後が無かった。ここで何かしら行動を起こし、ラグラスに有利な状況を作らないと、またもや居場所がなくなってしまうのだ。罪を重ねてきた彼等が捕まれば間違いなく死罪になる。そうラグラスに脅され続けてきた彼等は、自分達の為にも腹をくくるしかなかった。

「行くぞ」

 1人が動き出すともう1人もそれにつられて動き出した。2人が先ず目指したのは昼間目をつけておいた倉庫である。村の敷地の外れにあり、夜陰に乗じればたどり着くのも不可能ではないだろう。中に糧食が運び込まれていたのをしっかりと確認しており、忍び込むことが出来れば、自分達の飢えを満たせるし一石二鳥である。

 2人は物陰に隠れながら慎重に近寄るが、昼間と違い、何故か物々しく警備されている。先程の失敗が脳裏をかすめる。

「あー、もうだめだ……」

「弱気になるな」

 1人は頭を抱えてその場にうずくまった。それでも諦めきれていないもう1人は彼を叱咤しったするが、それが相棒のしゃくに障る。

「大体、お前があんな所で作戦をしゃべるから……」

「何? 俺のせいにするのか?」

「違うとでもいうのか?」

「何だと、この野郎!」

 2人は状況も忘れて口論を始める。要は空腹で2人共苛立っていたのだ。

「止めなよ、2人共」

「邪魔をするな」

「お前は黙ってろ!」

 頭に血が上った2人は、突然割って入った言葉に違和感すら覚えず取っ組み合いを始めた。だが、何者かによってそれは力ずくで止められる。気付けば2人は兵士によって羽交い絞めにされていた。周囲は兵士に取り囲まれ、文官らしい若い男が心配そうに2人の顔を覗き込んでいた。

「大丈夫か?」

「お、お前……」

 痩せて体つきがすっきりしたので直ぐには気づかなかったが、その声は紛れも無く彼等の昔の仲間ウォルフだった。その変わり様に2人は驚いて固まっていたが、すぐに彼が自分達を裏切ったことを思い出して掴みかかろうとする。

「ウォルフ! この裏切り者!」

「お前の所為で!」

 だが、屈強な兵士に羽交い絞めにされている状態ではそれも叶わず、すぐに地べたに這いつくばる事となる。

「落ち着いてよ、2人共。状況を良く見て」

 ウォルフは困ったような表情を浮かべて2人の前にしゃがみ込む。

「うるせぇ! お前が、お前が……」

「全部お前の所為だ!」

 2人は視線をウォルフに向けたまま、取り押さえていた兵士を振りほどこうともがく。慌てて周囲の兵士も加わるが、ものすごい力で抵抗する。

「止めないか!」

 制止する声に振り向くと、真っ赤な髪をした若者が歩いてくる。彼の隣にはクレストがおり、他にも数名の兵士が周囲を固めていた。

「ゲ、ゲオルグ殿下!」

「殿下! 生きて……」

 ゲオルグの姿を目に留めると、2人は先程までの抵抗が嘘の様に大人しくなる。

「ウォルフを責めるんじゃねぇ。こいつは俺達の中で一番に間違いに気づいたんだ」

 ゲオルグの言葉ならば、すんなり受け入れられるようで、2人はその場に膝をついて項垂れる。

「俺が死んだと思っていたのか? 勝手に殺すんじゃねぇ。それにな、ラグラスはもう捕まった。もう無駄に足掻あがくのは止めろ」

 生きていたことを2人が驚きながらも喜んでいるのが嬉しいのに、口から出るのはぶっきらぼうな言葉だけだった。それでもほぼ1年ぶりの再会に、思わず本音が零れ出る。

「でも、お前達にまた会えてよかった」

「……っ」

 2人はその言葉に涙を流した。

「場所を変えましょう。君達もこれ以上騒ぎを起こさず、大人しく従うのならば、殿下との面会を許します。但し、兵士が同席するのは了承して頂きます」

 クレストが優しく、そしてきっぱりと2人に言い聞かせる。もう抵抗する気が起きないのか、2人は大人しく頷いた。ゲオルグもウォルフもそんな2人にホッとして互いの顔を見合わせる。ついさっきまで顔を合わせるのもどこか気まずい思いがしていたのもどこかへ消え失せていた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ちなみに、4人で揃って顔を合わせたのはこれが最後。

ウォルフは侍官として務め、誰もやりたがらない古書の整理を自ら担当。

ゲオルグはラグラスが立てこもっていた砦で蟄居となり、自給自足の生活を自ら望んで行う事に。

今回出て来た2人は労役が課せられ、水路を作ったり、壊れた砦を補修したりと肉体労働で罪を償います


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る