174 急転する事態5

「殿下!」

 無粋にもエドワルドの部下が追いついて来て声をかけてくる。ティムはいつの間にかいなくなっているが、腕の中にいる女性と、気配に気づいて姿を現した彼女の護衛の姿に彼等はいぶかしんで剣に手をかける。

「控えよ。我が妻だ」

 エドワルドが鋭く命じると彼等は恐縮して頭を下げた。状況はイマイチ飲みこめないが、それでも彼等に取って唯一と言っていい程の存在でもあるエドワルドの命令に無条件で従う。今は邪魔をしない方が良いとようやく察した2人は四阿あずまやの周囲を警護するべくその場を離れた。

 その2人が離れたのを確認し、エドワルドが妻の護衛に謝罪の目礼を送ると、彼等も元いた場所へ戻って行く。

「……コリンは?」

「ティムが呼びに行ってくれたみたい」

「そうか……」

 エドワルドは四阿の石造りのベンチに己の長衣を敷くと妻を座らせてまだぐずっている息子を預ける。そして自分もその隣に腰かけた。互いに見つめ合い、手を重ねているだけで胸が一杯になり言葉がなかなか出てこない。

 それでもエドワルドは先日強行したアスターとマリーリアの婚礼の様子を語り、彼女は故郷の村でのコリンシアの様子やエルヴィンが産まれてからの話をポツリポツリと語り合う。

 そんな話をしているうちに、エルヴィンは疲れたのか母親の腕の中で指を吸いながら寝入っていた。エドワルドは久しく訪れる事のなかった穏やかな気持ちで眠る我が子を眺めた。

「故郷の祖父と話し合って、名前は養父に付けて頂いたの」

「故郷? では、記憶が戻ったのか?」

 エドワルドの問いに妻は小さくうなずいた。エドワルドは顔をほころばせ、彼女を抱き寄せた。

「君の本名を知りたい。教えて貰えないだろうか?」

「……フレア・ローザ……」

「ん?」

 彼女は家名を名乗る勇気が持てずに口籠る。その様子にエドワルドは訝しみながらも、彼女が名乗るのを辛抱強く待った。

「フレア・ローザ・ディア・ブレシッド……」

 呼吸を整え、ようやく告げたその名にエドワルドは驚いて目を見張る。それでもその事については何も言わずに額に口づけると、立たせた彼女の前にひざまずいた。

「フレア・ローザ嬢。貴女には苦労ばかり掛けるふがいない男ではあるが、改めて申し込みたい。私の妻として生涯を供にしてもらえないだろうか?」

「エ……ド……」

「愛してる、フレア。結婚して欲しい」

 1年前と変わらずに向けられる熱い視線と言葉にフレアの目からは涙が溢れる。

「……はい」

 オリガの言った通り、彼女の懸念は杞憂で終わった。フレアは小さいけれどもはっきりとした声で2度目のプロポーズに応える。

「フレア」

 エドワルドは立ちあがると彼女を抱き締める。今度は彼女が胸に抱いている己の息子に配慮して力を加減した。

「父様!」

 慌ただしい足音が近づき、振り返るとコリンシアをおんぶしたティムと、その後に従うオリガの姿があった。

「コリン」

「父様!」

 ティムの背中から降ろされると、コリンシアは一目散に父親に駆け寄ってくる。見ない間に随分と背も伸び、何だか大人びた気もする。

 エドワルドも四阿から出て娘に駆け寄る。瓦礫につまずきそうになりながら駆け寄り、胸に飛び込んで来た娘をしっかりと受け止めて抱きしめた。

「父様……」

「コリン!」

 エドワルドの腕の中で泣きじゃくるコリンシアはもう何も言えず、ただ父親にしがみついていた。そんな娘の額にエドワルドは何度も何度も口づける。

「おかえり、コリン」

 そんな2人にフレアもそっと寄り添う。1年前、内乱によって隔てられた家族が、今ようやく再会を果たした。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



12時に次話を更新します


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る