175 急転する事態6

 砦の後始末を終え、ジグムントはホッと一息ついた。

暴動に乗じて砦を制圧したのは夕刻だった。飛竜を動員して起きた火災を鎮火させ、知らせを受けて駆けつけてくれたフォルビア騎士団と協力し、その後始末が済む 頃には既に日はとっぷりと暮れていた。

 逃げたラグラスへの警戒をまだ解く訳にはいかないが、大概の事はフォルビア騎士団が対応してくれる。少しくらいはゆっくりさせてもらおうと、ジグムントは延焼していない棟の比較的きれいな部屋を借りて仮眠をとろうと体を横たえた。

「ジグムント卿! 大変です」

 目を閉じる間もなく、配下の傭兵が血相を変えて部屋に飛び込んで来た。

「ラグラスが見付かったか?」

「いえ、そうではないのですが……」

 歯切れの悪い答えだが、とにかく来てほしいと言われ、仕方なしに寝台から体を引きはがした。そして言われるまま古い砦の崩れかけた露台に出ると、砦の周囲をグルリと飛竜が囲んでいた。その数は20騎にも及び、2個大隊に相当する。

「応援が来たのか?」

「わが国の竜騎士ではありません。ジグムント卿のお知り合いではないのですか?」

 フォルビア騎士団の小隊長は青ざめている。もし、ベルクが雇った傭兵ならば、応援が来るまで砦にいる人員で応戦する事になる。負けないにしても甚大な被害をこうむる事になるのは確実だった。

 取り囲む竜騎士達をよく見ると、フォルビアの小隊長が指摘する通り、彼等の装具はまちまちで、この半年の間に見慣れてしまった群青の装具が1つも無い。いかにも寄せ集めといった様子ながら、待機している飛竜達は良く訓練されているのか落ち着いており、無駄な動きが見受けられない。

「誰か来ます」

 騎士を乗せた飛竜が2頭、飛び立って砦に近づいてくる。緊張が走るが、相手の竜騎士達に害意は無いらしく武器を手にしてはいない。

「お騒がせして申し訳ない。貴公らはタランテラの竜騎士だろうか?」

 砦の城壁のすぐ外側にとまり、露台に出ているジグムントに声をかけてくる。ジグムントはそうだと答えると、自分の飛竜を呼び寄せ、フォルビアの小隊長と共に彼等の近くに降り立った。

「俺はこの国に雇われている傭兵だが、一時的にこの砦の管理を任されている。こちらの連れがタランテラ所属の正式な竜騎士だ」

「……ジグムント?」

 声をかけて来た竜騎士が騎竜帽を脱いだジグムントを見て目を見張る。そして自分も騎竜帽を脱いで素顔をさらした。

「お前……ディエゴか?」

 会うのはそれこそ10年ぶりである。共に命を懸けて妖魔と戦っただけでなく、他人には言えないやんちゃな武勇伝も数多く残してきた仲間だった。実家に帰って渋々ながら家を継いだと聞いていたが、10年の歳月を経て立派になった姿がそこにあった。

「そうか、お前がいてくれるなら話は早い。ここがラグラスとかいう奴が占拠していた砦か?」

「そうだ。昼間に暴動が起きて、奴は僅かな手勢と共に脱出した。タランテラ側による制圧が完了し、事後処理が済んだところだ」

「ふむ……奴は?」

「居場所の目星はいくつか付けているらしい。殿下が到着され次第、捕縛のご下命があるだろう」

「なるほど」

 ディエゴは頷くと何やら考え込む。

「ところで、お前が連れて来たのはどこの兵だ?」

「それは……まあ、各国から?」

「ほう……随分と良い御身分になったようだな」

「いやいや、こき使われているだけだ。行われる審理の見届け役となられる方々とそのお供だ。昔、こっちにいた事があると口をすべらしたもんだから、案内役を頼まれてしまった」

 口ではそう言っているが、ジグムントが見る限り旧友が身に付けているのはどれも一級品である。かなりの権限を許された地位にあるのは明白だった。

「取り込み中だし、いきなりこの大編隊が行ったら困るだろうな。とりあえず総督閣下にお伺いを立てるから、返事が帰って来るまでお前らはここで少し休憩するといい。まあ、何にももてなしは出来ないが」

「そうしてもらえると助かる。何しろ年寄りが煩くてな。ついでなんだが、うちの上司は殿下にお会いしたいそうだ。その段取りも頼んでいいか?」

「俺だってまだ会ってないんだぞ?」

「頼むよ」

「まあ、総督閣下に頼んでみるが、そのかわり、お前、羽振りが良さそうだから奢れよ」

「勿論だ。恩に着るよ」

 ジグムントは小隊長に指示を与え、自分も砦に戻ろうと飛竜に跨ろうとして動きを止める。

「そういや、リーガスを覚えているか?」

「おう、懐かしいな」

「あいつ、ロベリアで嫁さん貰って、この間子供が生まれた。その他に養子が6人いて大所帯だぞ」

「それは賑やかだな。面倒事が終わったら祝ってやろう」

「おう、そうしてやってくれ」

 2人はそう言って別れ、それぞれの陣へ交渉結果を報告するべく戻って行った。



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