173 急転する事態4

 ベルクがサントリナ領を発つという知らせを受けたエドワルドは、アルメリアに留守を任せ、重鎮達にはその補佐を頼んで予定よりも5日早く皇都を出立した。

 立ち寄ったワールウェイド領では先行して自領の騎士団の配置の最終確認していたアスターと合流し、マリーリアに見送られて彼等は再び南に向かい、日が沈む前にフォルビアに到着した。

 急使のラウルから報告を受け、城を避けて通る決定を下したエドワルドはグロリアの館の跡に立ち寄った。ここで第2、第3大隊と合流し、本陣が移されたマーデ村に移動する事となったのだ。館の敷地は残骸が散乱しており、全部隊の飛竜を着地させる余裕はない。そこで丘の東の麓に彼等は簡易の陣を用意した。

 出立をずらした他の大隊はまだ到着しておらず、今はまだ、アスターが指揮する第1大隊の竜騎士とエドワルド付きの侍官であるウォルフ、そして逃亡防止の縄がかけられているゲオルグが同行しているのみである。彼は別の隊に任せることも考えたが、見える場所に置いた方が良いというエドワルドの一言で決定した。半年の間に多少の分別を身に付けた事もあり、当人も至って大人しくしている。

 ただ、久しぶりに会うゲオルグとウォルフは、互いにどう接していいのか分からないようで、心なしか距離を保ったままである。エドワルドもアスターもこればかりは当人同士の問題なので特に口を挟むことなく静観していた。

「こんなに……」

 むき出しとなった土台と辺りに散乱する残骸。そしてその間からは雑草が生え、吹き溜まりとなる場所には枯れた落ち葉が積もっている。

 秋に救出されてからも来る機会のなかったエドワルドは廃墟となった館の光景に絶句する。その後ろに控えているアスターも同様に言葉が無く、2人はその場にしばらく立ち尽くした。

「悪意ある人の手により破壊されたこの地に、再びダナシア様の恵みがもたらされんことを……」

 母屋の玄関があった場所にエドワルドは花を供えて神酒を振りかけた。簡素化されているが、故意に破壊されたこの地を清める一連の儀式を行い、エドワルドは改めてこの館の再建と家族との再会を願った。

「少し歩いてくる」

 合流するにはまだ時間がある。アスターが背後に控える竜騎士に目を向けると、2人が歩き出したエドワルドの後についていく。エドワルド自身も以前ほどではないが鍛錬を再開しているし、飛竜達が周囲を見張っている。それでも気を許すわけにはいかず、念には念を入れての事だった。

 既に日は沈み、月が出ていた。月光が照らす荒れ果てた庭と残骸となった館の光景は物悲しい。それでもエドワルドは辛うじて残っている土台に昇り、少しでも記憶の中と符合する物を探そうと試みるが、それは徒労に終わる。

「……フロリエ……コリン」

 2人の髪を使ったお守りを握りしめる。溢れた涙が零れない様、空を見上げると、高く昇った月が歪んで見えた。


 バササ……


 その時、不意に羽音が聞こえてきた。感傷を振り合払い、エドワルドは身構えると、琥珀色の物体が自分めがけて飛んでくる。エドワルドは長年鍛えた身のこなしでそれをむんずと捕まえる。


 クワッ、クワッ、クワァァァ


 エドワルドが掴んでいたのは見覚えのある小竜だった。首元を掴まれ、羽をバタつかせて暴れているが、嫌がっているのではなくて、どうやら喜んでいるらしい。

「ルルー? いる……のか? 彼女が?」


 クワッ


 エドワルドの問いを肯定するかのように首を掴まれたままの小竜は羽を広げて応えた。

「彼女の所へ案内しろ」

 エドワルドが手を離すと、ルルーは彼の頭の上を旋回した後、庭の東側へ向かって飛んでいく。エドワルドは我を忘れてその後を追う。一方で少し離れた場所で警護の為に控えていた竜騎士達は、突然走り出した主の姿に気付くと慌ててその後をついていった。

 伸び放題の植え込みを避け、散乱する瓦礫を飛び越えながらエドワルドはルルーを必死に追った。程なくして小竜を呼ぶ声が聞こえてくる。

「ルルー、ルルー、戻ってきて」

 1年ぶりに聞く最愛の人の声が聞こえる。この先には四阿あずまやがあった。彼女と娘が散歩の途中に好んで立ち寄っていた四阿が。エドワルドが最後の障害となった植え込みを飛び越えると、開けた場所にでた。目の前にはあの四阿が有り、そこには腕に何かを抱えた彼女と驚いた表情を浮かべるティムの姿があった。

「フロリエ!」

「エ……ド……」

 エドワルドの呼びかけに驚いて固まった彼女の肩へルルーがとまる。まるで褒めてくれと言わんばかりに一声鳴くが、2人はそれどころでは無かった。

「私は夢を見ているのか……」

「エド……」

 エドワルドは呆然と呟き、感極まった様子の彼女は言葉に詰まる。それでも彼の方へ近づこうとするが、荒れた庭園は足元が悪く、彼女は何かに躓く。

「フロリエ」

 エドワルドがいち早く彼女を抱きとめる。夢でも幻でもなく、この1年の間会いたいと願っていた愛しい人が腕の中にいる。2人は感無量で抱き合った。


 ふぇっ、ふぇっ、ふぎゃぁぁ!


 互いに抱き合う腕に力が入りすぎたらしい。苦しかったらしく、彼女の腕の中にいた赤子が抗議の泣き声あげ、彼女はエドワルドから体を離した。

「ごめん、ごめんね、エルヴィン」

 肩に止まるルルーはしっかりと赤子の顔を見据え、母親の顔をした彼女は赤子を一生懸命宥めている。抱いているうちにおくるみがめくれて赤子の頭が露わになった。

「その子は……」

 身に覚えはたっぷりある。加えて僅かながらでも月光の下で映えるプラチナブロンドが赤子の出自をはっきりと主張していた。

「私にも抱かせてくれないか?」

 最初の驚きが過ぎ去ると、言いようのない喜びが沸き起こってくる。エドワルドが声をかけると、彼女は少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑みを浮かべてまだぐずっている赤子を差し出した。

「さあ、エルヴィン。お父様ですよ」

 初めて抱く息子は思った以上に小さくて柔らかかった。今は涙にぬれているが、頬はふっくらとしていてとても健康そうである。泣いているのでよく分からないが、顔の造作は妻に似ている様な気がする。そして自分と同じプラチナブロンドを受け継いでいるのが嬉しかった。

「タランテイルの子だ」

 1年前の内乱では、この子を宿した体で逃避行を続けたのだと思うと、このたおやかで気丈な妻が一層愛おしい。そしてそれが自分の不始末から来たものだと思うと、その不甲斐なさに情けなくなってくる。

「本当に苦労をかけた。すまない」

 赤子を左腕で抱き、右手で妻を抱き寄せる。彼女は腕の中で小さく首を振った。

「貴方の所為では無いわ」

「フロリエ……」

 しばらくの間そのままで見つめ合った2人は唇を重ねた。



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やっと……再会しました。

実は作者が群青で一番好きなシーン。

いよいよ大詰めです。

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