161 蠢動する者達3

「なんだ、酒は無いのか?」

 近隣の地主に圧力をかけて集められた物資を目にしたラグラスは、不満そうに舌打ちをする。それでも審理までなら手勢も含めて十分にしのげる量なのだが、贅沢になれてしまった彼にはその内容は不満だった。

「これが限界です」

 領民達も食べて行かなければならないのだ。これ以上となると、今年の作付けも諦めなくてはならなくなる。タランテラの穀倉地帯を担うフォルビアで収穫が見込めなくなると、たちまち国全体が食糧難に陥ってしまう。

「そんなこと知るか。困るのはエドワルドであって俺様じゃあない。酒だ、酒を用意しろ!」

 不摂生ふせっせいにより肥え太ったラグラスは、不機嫌そうに言い放って積み上げられた荷を蹴り倒す。だが、それだけでも息が上がり、その辺に転がっていた木箱に座り込んだ。

 取引した商人達に足元を見られ、彼等は言い値で取引せざるを得なかった。しかもラグラスは冬の間中酒を切らさなかったので、その取引が頻繁に行われた結果、ベルクによってもたらされた潤沢な資金を既に使い果たしてしまっていた。

 加えて冬場の最悪な時期に無計画で編成されたラトリ村襲撃隊である。適当に荷を用意させ、後は現地調達するように言って送り出したのだが、それだけでもかなりの額が投じられていた。

「ベルクの旦那は何も言って来ねぇのか?」

「十分な資金は渡したと、それのみです」

 お目付け役として残ったベルクの部下は恐縮して返答する。幾度か資金の無心を頼む内容の手紙を送ったのだが、その返答はいずれもそう言った内容で終わっていた。確かに一冬超えるには十分な額を貰っていたのだ。上司に対してとても強くは言えず、彼は上司に頼るのを諦め、恥を忍んで同僚にもお伺いを立てていた。

「ケッ、使えねぇな」

 ベルクは座ったまま足元に転がる樽を蹴飛ばす。

「審理の前にはベルク様もこちらにいらっしゃるので、もう少しの辛抱でございます」

 何とかおだてて機嫌を直してもらわないと、周囲に累が及ぶ。それでももはや我慢が耐えられないラグラスはギロリとベルクの部下を睨みつける。

「ベルクが来るのはいつだ?」

「えっと、早ければ半月後でしょうか」

「ふざけんな。それまで酒無しで過ごせと言うのか?」

「いや、その……」

「それならこれを全部売り払って酒に替えろ。なあに、喰うものならそこら辺から調達してくればいいんだよ」

 酒に支配された頭で考え付いた支離滅裂な理論にその場にいた部下達もさすがに慌てる。

「あの、ベルク様がいらっしゃるのなら、あの捕えた女達も来るのではありませんか?」

「そ、そうです。その女達がこちらにいると分かれば、近隣の者達ももっと金と食料を差し出すのではありませんか?」

 勇気を振り絞って提案したのは、ゲオルグの取り巻きをしていた年若い2人だった。ラグラスが牢から脱出した際、何故か彼の部下と思われて一緒に解放され、それ以来行動を共にしていたのだ。

「あの女! ……そうだよ、あの女共がいたじゃねぇか。お前ら、良いこと言うじゃねぇか」

 とたんに上機嫌となり、一同はホッとして胸を撫で下ろす。だがラグラスは、今度はとんでもないことを言い出した。

「誰かフォルビア……いや、皇都へ行って来い。女共がこちらにいる事を言ってやれば、いくらでも金を寄越す筈だ」

「いや、しかし……」

 あの2人はフォルビアを得る為の最終手段だったはずだ。しかも女の方はベルクが己の妻にするつもりでいる。こんな事の取引に使わせるわけにはいかないし、下手をすると審理が無効となる恐れがあった。ベルクの部下は慌てて口を挟む。

「そんな事をすれば、審理が無効になる恐れがあります」

「ベルクの旦那が仕切るんだろ? 心配いらねぇよ」

「それに彼等も用心する筈です。姿を見せろと言い出しかねませんが?」

 思考が完全に欲に捕われた男には事の重要性が全く理解できないらしい。どうにか思いとどまらせようと必死に考えたベルクの部下の懸念をラグラスは鼻で笑った。

「そんなもの、黒髪の女を見せつければいいだけだ。側でナイフの一本でも見せつければ、奴らは近寄りもできないさ」

「……」

 ラグラスとベルクの部下を除くその場にいた全員が互いの顔を見合す。確かにコリンシアのプラチナブロンドの再現は難しいが、フロリエに似た黒髪の女ならばすぐに探し出せる。顔が似てなくても何かで顔を見せないようにしてそれらしく振舞えさせれば何とかごまかせるかもしれない。

「イチかバチかですが、やってみますか?」

「……そうですな」

 この窮状を打開するには他にいい案は思いつかない。ラグラスを除き、今まで参謀を務めてきた彼の部下達は頭を突き付けて何やら相談し始める。そして要求は皇都まで行かずにフォルビアへ出す事で合意して話がまとまった。

 自分の案が通ったラグラスは満足げにうなずき、納得のいかないベルクの部下は不快そうに眉をひそめると何かを決意する。

「私は一度、例の小神殿に行ってきます」

「おう、好きにしろ」

 1人でならフォルビア側も高神官の位を持つ自分を咎める事は出来ない。一度情報の中継地にしている小神殿に出向き、最新の情報を手に入れた上で、ベルクにこの事を伝えに出向こうと決意したのだ。与えられた役から離れた事を叱責されるのを覚悟し、ベルクの部下はすぐに荷物をまとめると、一冬過ごした砦を後にした。


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