160 蠢動する者達2

「ありました」

 揺れの少ない馬車の中で既にその包みは開けられていた。精巧な銀器を無造作に取りだし、その周囲の詰め物を慎重に取り出すと、刻んで乾燥させた薬草が小分けされて布に包んであった。そのうちの1つを机の上に敷いた布の上に広げ、1人の男が綿密に調べていく。その様子をシュザンナとお付きの女神官、そして従者の格好をした男が見守る。

「名もなき魔薬に間違いありません」

 ほどなくして出された結論に全員が思わず息を吐いた。

「これで信じて頂けましたか?」

 シュザンナのお付きの女神官が従者の格好をした男に向き直る。その男の隣には先程まで我儘一杯振舞っていたシュザンナがうつむいて座っていた。

「これほど決定的な物を見せつけられては信じるしかあるまい。金に汚い一面があると思っておったが、これほどとは……」

「ご協力の件、承諾して頂けますね?」

「やむを得まい」

 力なく座る男は女神官を振り仰ぐ。威厳に満ちるその姿は、我儘に振舞っていたシュザンナに振り回されていた時ととても同一人物とは思えない。よく見ると、彼の向かいに座っているのはラトリに滞在している筈のアリシアだった。

「アリシア殿、我らはどうすればいい? どうすればこの過ちをつぐなうことが出来る?」

「今更、過去は代える事は出来ません」

 アリシアの言葉に従者の服装をした男はがっくりと力が抜けて項垂れる。

「父様……」

「……済まぬ、シュザンナ」

 シュザンナが心配そうに男を振り仰ぐ。弱弱しく微笑むと、男は彼女の手を握った。

「それは我らも同じ。今の今まであの男を止められなかったのは我らにも責任がある。だからこそ、歪んでしまった道筋を少しでも正す手伝いをしたい。だからこそ、タルカナ王国の王族にして宰相である貴公に協力を仰いでいる」

「アリシア殿……」

 ベルクを失脚させるにはおひざ元であるタルカナ王家の協力が不可欠だった。いくら資料を提出した所で端から信用されなければ意味がない。そこでアリシアは先ず、大母補となっているシュザンナを当代に頼んで説得し、彼女の世話係としてタルカナ入りをした。そしてシュザンナの父親である宰相に会う手筈を整えてもらったのだ。

 ガスパルのおかげで薬の受け渡し方法は既に判明している。そこで先程の芝居を打ち、薬を確実に買い付けると分かっていたあの男の記念品と強引に取り換えさせたのだ。その様子を従者に扮した宰相も目の当たりにし、そしてそのままここで中身を広げ、タルカナ王家の御殿医に確認させたのだ。

「今頃は私の手の者が秘密裏に薬を買った者達を押さえているだろう。予定ではベルクは5日後にこちらを離れると聞いている。それまでの間であれば気付かれる事は有るまい。叔父上……陛下には私から報告致そう」

「ご配慮、感謝します」

 これで最後の一国の了承をとりつけた。里の賢者は全てとはいかなかったが、既に当代大母と大賢者の了承は得ているのでベルク側の逆転はもう無いだろう。今回の事で決定的となる証拠も手に入れた。後はタランテラで自分が仕切るはずの審理で自らが裁きを受ける事になる。

「これは何が何でも取り返しに来るでしょう。如何致しますか?」

「このまま返せばよい。あの男も受け取った所を押さえなければ」

「良いでしょう」

 アリシアがうなずくと、元あったように詰め物が戻され、その上に銀器が並べられる。

「では、私はこれで……。シュザンナ、アリシア殿の言う事を良く聞くんだよ」

「はい、父様」

 程なくしてシュザンナの宿泊先となっている王家の別荘に着いた。彼は娘の額に口づけて同じように従者の格好をした御殿医を連れて先に馬車を降りる。この後裏口からこの別荘を出て、事の次第をすぐに王に報告しに行くと言う。最早裏切られる心配はないのだが、アリシアは念のために護衛に扮したブレシッドの竜騎士を彼等に同行させる。

「アリシア様」

「何ですか、シュザンナ様」

 父親を見送り、宛がわれた部屋で2人きりになると、シュザンナは不安げにアリシアを見上げる。

「私は……今回の事が終わったら役目を降りようと思います」

「どうしてそう思われるのですか?」

 アリシアは驚いた様に目を見開いたが、すぐに体を屈めてシュザンナの目線に合わせる。だが、彼女は俯いてポツリと「後ろ盾がベルクだから」と答えた。

「確かに貴方様はベルクの後ろ盾を得て大母補に推挙されました。ですが、この地位はいくら名のある賢者に推挙されても、その資質が無ければ選ばれる事は有りません。自信をお持ち下さい、シュザンナ様」

「でも……」

「今回の事、お父上を説得できたのは貴方様のおかげです。私がお願いした通り、上手にお芝居をして証拠も手に入れて下さいました。ご自身を卑下する事は有りませんよ」

 アリシアが微笑むと安堵したのかその眼にはみるみる涙が溢れてくる。そのまま彼女に抱きつき、シュザンナは泣きだした。

「さあ、お疲れになったでしょう? 着替えてゆっくり休みましょう。後の事はお任せください」

「……うん」

 シュザンナが落ち着くのを待ち、アリシアは彼女を着替えさせて寝台に寝かせる。

 その位を退いた今でも、彼女は請われて大母の候補となる少女達にその心構えを指導している。親元から遠く離れた礎の里に集う少女達は一様に彼女を母親の様に慕っていた。シュザンナもその一人で、こうして付き添われていると母親に見守られているような安心感を覚える。大役を見事に果たした安堵からか、彼女はほどなくして眠りについた。




 深夜……ベルクの手の者が部屋に侵入し、そっと銀器の箱をすり替えて出て行く。寝たふりをしたアリシアに見られているとも知らず、タルカナの精鋭に後をつけられているとも知らずにあの中流貴族の男の元へそれを運んで行った。徐々にベルクの首が絞められているのも知らずに……。



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12時に次話を更新します。



実は我儘な姫君だったシュザンナを教育したのがアリシア。

大母引退後も影ながら里を支えたので、大母や大母補に対する影響力は強く残っている。それをミハイルも知っていたので、アリシアに仲介してもらっていた。但し、自己の利益の為に行使する事は無く、今回は大陸全土への影響も考えての措置。だからこそ最強の番と呼ばれる彼等は各国の要人に信用されている。


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