159 蠢動する者達1
舞踏の音楽が流れ、
タルカナにあるベルクの館で行われている新年の宴。遠方からも客が訪れ、国主をもしのぐ権勢を窺える。口々に賞賛されれば悪い気はしないが、公表する予定だった婚約の件はオットーの諫言により取りやめたのが悔やまれる。早々に公表しては、どんな妨害が入るか分からないと説得され、正式に賢者になるまで待つこととなったのだ。
「早く終わらないものか……」
営業スマイルで客に応対しながら、内心ベルクはため息をつく。この宴が終われば、彼女に会いに行ける。そしてコツコツと準備を整えて来た、生意気なあの男を葬り去る舞台を整えるのだ。楽しいはずの宴だが、今日はやけに時間の流れが遅く感じていた。
そこへオットーが彼を呼びに来た。仕方なく周囲にいた客に断りを入れ、ベルクは会場の外にある控えの間に移動する。
「何事だ?」
一番の懸念は、特別な客に用意した品に不備が見つかる事だった。多少の不満はねじ伏せられるが、こちら側に手落ちがあっては後々の取引に影響がある。こちらに着いてからは開けて確認できないので、梱包には細心の注意を払ったが、何か手落ちがあったのだろうか?
「ベルク様、たった今、大母補シュザンナ様がお見えになられました」
「何?」
礎の里からは審理の補助をする人物を派遣したとしか聞いていない。てっきり格下の高神官が来るものと思っていたのだが、予想外の人物の登場に驚きを隠せない。
「どちらにお通しいたした?」
「それが……」
オットーが応えるよりも早く、控えの間の外が騒がしくなる。そして扉が開き、少女と慌てたようにその後を追うお付きの女神官が部屋に入って来た。
「ベルクはおるか?」
「……大母補様、少々お行儀が悪うございますな」
ベルクが
彼女の名はシュザンナ。タルカナ王家の血を引き、ベルクの伯父である老ベルク賢者によって推挙されて大母補になった少女だった。高位神官の服装をしたお付きの女性が恐縮しながら審理の補助をしに来た旨を説明する。
「左様でございますか。大母補様にご助力いただけるとは心強いですな。審理も滞りなく進められるでしょう。遠路お疲れではございませんか?」
ベルクは補助をするのが古参の大母補では無く、彼女だった事に一先ず安堵し、礎の里より遠路はるばる来た事を労った。
「疲れてはおらぬ。宴が開かれていると聞いて、急いでやって来た。妾も参加して良いか?」
「大母補様に臨席頂いたとあれば、当家の格が上がると言うもの。拒む理由はございませんな」
「そなたの格はもうこれ以上ない程上がっておろう? だが、楽しませてもらうぞ」
少女は当然とばかりにその華奢な手を差し出す。ベルクは恭しくその手を取ると、彼女をエスコートして会場に戻る。
「皆様、大変高貴なお客様がお見えになりました。大母補のシュザンナ様です」
ベルクが紹介すると、会場からは割れんばかりの拍手が起こる。シュザンナは大母補の礼をとり、「今宵は楽しませて頂くぞ」と一言挨拶した。
シュザンナが加わり、宴は一層華やかさを増した。笑顔を振りまく少女の周りにはお近づきになろうとする者がひっきりなしに押し寄せていた。
「私も欲しい!」
宴もお開きとなり、見送りに立つベルクが帰宅する客に記念の品を手渡していると、それを目ざとく見つけたシュザンナが手を差し出してくる。お付きの女神官が慌てて窘めるが、年相応のかわいらしい姿にベルクも怒る気が湧かない。
「シュザンナ様の物は特別にご用意してございますよ」
「そう? でも、それも欲しい」
他人が持っている物が良く見えるのだろう。子供らしい要求にベルクは苦笑すると一般客用の品を彼女に手渡す。中に入っているのは細やかな細工が施された銀器である。外からの見た目は変わらないが、特別な客用には例の薬が緩衝材として詰めてある。マルモアで準備が整えられ、混ざらないように細心の注意を払って運んできたのだ。
「ありがとう」
シュザンナはそれで満足して嬉しそうにしている。一安心したベルクは続けて来た客に品を手渡す。タルカナ国内の中流貴族のその相手は、その薬を長く取引をしている相手である。もちろん彼に手渡したのは特別に準備したものだった。
「ありがとうございます」
彼は礼を言ってすぐに出口に向かうが、その前に小さな影が立ちはだかってギョッとなる。
「如何致しましたか、シュザンナ様?」
そこにいたのは先程まで記念の品を貰って嬉しそうにしていた大母補様だった。腰に手を当て、帰ろうとしていたその貴族に指を突き付ける。
「そこの貴方、ずるい!」
「え? あの、何がでございますか?」
何か
「こっちの方が大きい」
「え?」
その場にいた全員の目が点になる。
「こっちの箱の方が大きいわ。ねえ、取り換えていいでしょう?」
「それは……」
「中身は一緒でございますが?」
我に返ったベルクが窘めるが、大母補様は全く聞く耳を持たない。お付きの神官も慌てて窘めているが、自分が持っていた方を男に渡すと、満足したように迎えに来た馬車に乗り込んだ。
中流の貴族でしかない彼には王家の血を引く大母補相手に逆らえる筈も無く、ただ茫然と見送るしかできない。
「全く、我儘姫が……。後で回収しろ」
ベルクは小声で側近に命じ、まだ呆然としている男を見送るふりをしてその場から連れ出す。
「回収出来次第、届けさせる」
「そ、そうですか……」
数ヶ月分の収入に近い額を支払っているのだ。それが何の価値も分からない少女に持っていかれ、捨てられたとあっては目も当てられない。男はベルクの言葉に安堵して屋敷で待つと言い残して迎えの馬車に乗り込んだ。
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