162 蠢動する者達4
「行かないんですかい?」
「さすがにこれを放っては行けないだろう」
フォルビアのヒースの元に訪れたリーガスは開口一番にそう訊ねたが、ヒースは肩を
「まあ、それはそうですが……」
冬の初めにヒースには3人目の息子が生まれていた。妻子がいるのはフォルビアのすぐ近くの所領なのに、春になっても会いに行く暇すらとれないでいるのだ。リーガスは気の毒そうな視線をヒースに送る。
「しかたないさ。向こうも期待していないだろう」
皇都から戻ったルークからアスターの慶事を聞き、ヒースもリーガスもクレストも我が事の様に喜んだのだが、現在の状況では祝いに駆けつけるのはとても無理だった。列席するのは早々に諦め、祝いの品だけを皇都へと送っていた。
「ヒース卿!」
そこへルークが息せき切って飛び込んでくる。
「何だ、騒々しい」
「これを……」
ルークは握りしめていた紙をヒースに差し出す。彼はそれを受け取り、一通り目にして盛大な溜息をつく。
「次から次へとあの野郎……」
それはいわば、ラグラスからの脅迫状だった。自分の元にフロリエとコリンシアがいる事を明かし、一方的に要求を連ねていた。横から一緒になって覗き込んでいたリーガスは思わず悪態をつく。
「どう思う?」
「これだけでは何とも言えねぇな」
リーガスはチラリと手紙を持ってきたルークを見る。それだけで心得た彼は一旦執務室を出て行き、ほどなくして若い竜騎士を連れて戻ってきた。
「し、失礼します……」
若い竜騎士は緊張した面持ちで部屋に入って来る。ヒースの記憶では、見習いから竜騎士に昇格してまだ2年目の将来有望株の青年だった。
「早速で悪いが、これを持ってきた奴の事を教えてくれ」
「は、はい」
いきなり団長執務室に連れて来られ、ヒースとリーガスの正面に立った若い竜騎士は緊張で固まってしまっている。そんな彼から図らずもルークが間に入って話を聞きだした。
彼の話によると、砦への検問所にラグラスの使いと名乗る若い男が現れ、この手紙を置いていったと言う。確認のため、飛竜で砦の上空を飛んでみると、フロリエらしい黒髪の女性の姿をわざとらしく見せつけてきた。しかし、どんなに目を凝らしてもコリンシアらしい人物は見当たらなかったらしい。
「あの方に間違いないか?」
「遠目でしたので、あまり自信が……」
「分かった。戻ってくれていい」
ヒースが下がるように命じると、若い竜騎士はホッとした様子で執務室を後にする。あからさまな態度に無理もないと思いながらも苦笑を禁じ得ない。
「怪しいな」
「ああ。見せつけたのが黒髪の女性だけというのがな」
「どうするか……」
「迷う事はねぇだろう。行ってくればいい」
思案するヒースの背中をリーガスは思い切り後押しする。
「これはどうする?」
困惑した様子でヒースは山積みの書類を指さす。
「そんなもん後回しだ。急を要する重要な案件が迷い込んで来たんだ。こちらで最も早い奴が皇都へ知らせなければならない。ルーク1人でもいいが、この件の解決には綿密な打ち合わせが必要だろう? 総督が出向いて話をした方が早く解決するんじゃないか?」
リーガスに思ってもみなかった理屈をこねられ、ヒースは困惑するが、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
「そうだな。ついでに親友の晴れ姿でも見て来よう」
「その間、こちらも情報収集しておく」
「頼む」
春が来たが、ジグムントを始めとする傭兵達はまだ役に立つだろうからと撤収せずに全員フォルビアに駐留していた。審理がまともに開かれるかどうかも怪しいだけに、何が起きてもすぐに対処するには竜騎士の頭数が必要なので、それは大変ありがたい申し出だった。彼等の力を借りればこの件の詳細も探りやすくなる。
「ルーク、準備ができ次第出立するぞ」
「はい!」
ルークも心なしか活き活きとしている。すぐさま準備をしに執務室を後にし、ヒースは主だった文官と竜騎士を集めて留守にする事を伝えた。中には動揺する者もいたが、ロベリアからクレストに来てもらい、当座の間竜騎士達を纏めてもらう事で話が落ち着いた。
そして準備を整えたヒースとルークの2人は、半時もしないうちに皇都へと旅立った。もちろん用意した荷の中には、2人ともちゃっかり礼装を忍ばせていたのは言うまでもない。
アスターとマリーリアの結婚式当日、空は晴れ渡り、抜けるような青空が広がっていた。
「良く似合うぞ」
花婿の元へ花嫁を連れて行く大役を引き受けたエドワルドは、大神殿の控えの間で支度を終えたマリーリアの姿を見て目を細めた。
手直しされた婚礼衣装は古風ながらも気品があってマリーリアに良く似合っていた。宝物庫にあったダイヤをちりばめたティアラをつけ、細やかな刺繍が施されたヴェールをかぶる。この出来栄えには関わった女性陣も非常に満足したようだ。当の本人も愛する人と結ばれる幸せに自然と彼女も微笑みが零れている。
「ありがとうございます、兄上」
「ジェラルド兄上も、君の母君もきっと喜んでおられるだろう」
「はい……」
「さ、行こうか」
エドワルドが差し出した手にマリーリアはその手を乗せる。控えていた侍女が扉を開け、2人は静々と会場に向かう。
内輪で執り行われる予定だったが、会場となった大神殿には2人を祝福しようと多くの人が詰めかけていた。
リカルドと彼の弟妹、そしてセシーリアとアルメリアは身内だから当然として、ユリウスが何食わぬ顔をしてアルメリアの背後に控えている。
他にも忙しいはずのサントリナ公もブランドル公も仕事の都合をつけて奥方と共に参列していたし、警備と銘打ってブロワディ以下第1騎士団の隊長格以上が竜騎士礼装姿で警護に当たっている。そして驚いたのがヒースとルークがフォルビアからわざわざ文字通り飛んで駆けつけてきたのだ。
あちらでの最新情報の報告と言い訳をしているが、誰の目にもこの為に駆けつけて来たのは明らかだ。花婿側の介添人として何食わぬ顔してヒースは花婿の隣に控え、ルークは素知らぬ顔をして警護に加わっている。
「来るとは思わなかったぞ」
「お前の晴れ姿を是非見届けようと思ったのだ」
アスターは群青を基調とした真新しい竜騎士礼装に身を包み、この日の為にマリーリアが新調してくれた眼帯をつけている。礼装に合う様にこちらも群青を基調に作られていた。
花婿の準備は上司であるブロワディが引き受けてくれた。フォルビアでの内乱により、全ての私物を失っていた彼の為に、急遽礼装を整えてくれた他に、蜜月の為の休みの確保や、婚礼に伴う警備の手配も一手に引き受けたのだ。
「お、来たな」
ダナシアを称える音楽が流れ、正面の扉が開く。竜騎士礼装姿のエドワルドに手を引かれ、婚礼衣装に身を包んだ花嫁が静々と歩いてくる。騎士服に身を包み、
「惚れ直したか?」
「……」
隣から意地悪く声を掛けられるが、それどころではない。花嫁の古風ながらも気品があるドレス姿とヴェール越しでも分かるプラチナブロンドの輝きに目を奪われる。スルスルという衣擦れの音と供にエドワルドに手を引かれた美しい花嫁が目の前にやってきた。
「アスター、私の妹を笑って過ごせるように守ってくれ」
「マリーリア嬢、無茶をするこの友人を支えてやってくれ」
花嫁を連れて来たエドワルドが花婿であるアスターに、花婿の介添えであるヒースが花嫁のマリーリアに声をかける。互いに見惚れる2人がぎこちなくうなずくと、エドワルドはマリーリアをアスターに託し、ヒースは少し固まった花婿に彼女の手を取るように促した。
「行こう」
もっと気の利いた言葉をかけてやりたかったが、いつもと違う彼女に思考が麻痺して言葉が何も出てこない。マリーリアもぎこちなく頷いて差し出されたアスターの手を取った。
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