156 未来へ馳せる想い1
大規模な巣の掃討作戦が功を奏したのか、それとも天が彼等に味方したのか、今年は何時になく霧が晴れるのが早かった。春分を迎えて幾日もしないうちに妖魔も出没しなくなり、エドワルドは頃合いを見計らって討伐期の終息を宣言した。勿論、まだ警戒は解かず、避難民達は様子を見ながら少しずつ元の村に帰し、妖魔に破壊された砦や城壁は修復の為の下準備に入らせた。
そして北国のタランテラにも春らしいのどかな天気が続くようになった頃、彼は主だった臣下を本宮に集めた。
会議はグロリアにハルベルト、アロンといったこの1年で他界した人々に長い黙とうを皆で捧げてから始まった。
「長く苦しい冬を皆のおかげで乗り切ることが出来た。こうして春を迎えられた事を皆に感謝する」
エドワルドはそう挨拶し、会議室に居並ぶ一同を見渡した。彼を、ひいてはこの国を支える文官武官が揃っている筈なのだが、席には幾つか空きがある。目立つのは空座となっている最奥の国主の席とエドワルドの席のすぐ右手、5大公家の席の内の開いている2つの席。1つは彼の妻が座るべきフォルビア公の席。もう1つは先の当主が失脚、死亡したワールウェイド公の席だった。
他にもちらほら空いているのは、初夏に行われる審理と逆賊ラグラスの対応に追われて多忙なため、ロベリアやフォルビアといった国の南部から出席できたのはルークがただ1人だったからだ。その彼もこの会議が済むとすぐにフォルビアへ戻る予定となっている。
「先ずは現状をご報告いたします」
最初に立ち上がり、報告を始めたのはサントリナ公だった。夏に起こった反乱の影響は未だに色濃く残っていた。法令や人事はハルベルトが在職していた頃のものに戻す事でどうにか形になっているが、税金の徴収が
反乱でグスタフ側に着き、
「殿下の御命令で現在は皇家の財産で賄っておりますが、早急に具体的な対策を講じる必要がございます」
切実な問題である。手間がかかる方法ではあるが、今は残されている帳簿を頼りに未払いの家を一軒一軒回って徴収しているらしい。それにより、僅かではあるが回収できていると報告される。結局はそんな地道な作業を根気よく続けていくしかない。後は5大公家の内当主が健在の3家がいくらか国に寄与することを確約し、当面の財政難を乗り越えるしかなかった。
続けてブランドル公の報告では、他国からは腫れ物に触るような扱いを受けているらしい。グスタフの失脚に端を発し、ベルクの主導でエドワルドが審理を受ける羽目になり、今の所国の立て直しに積極的に援助を申し出る国は血縁のあるガウラを始めとしたほんのわずかだった。
隣接しているにもかかわらず、ベルクのおひざ元であるタルカナは形通り国の災難に対する見舞いをし、アロンに対する弔問の使者を遣わした程度である。必要以上に関わろうとしていないのは丸わかりだった。
「仕方あるまい。審理が終わるまではこの状態が続くだろう」
エドワルドはそう溜息をついて結論するだけに留め、フォルビアの代表として来ているルークに視線を向ける。
「フォルビアの状況を報告してくれ」
「はい。現在、ラグラスはフォルビア南西部にある古い砦を拠点としております。情報ではベルク準賢者と通じ、彼から冬を越すだけの潤沢な資金を受け取っていましたが、春先には全て使い切っていた模様。南部を中心に貯蔵庫を襲撃される事件が起きております」
「対処は?」
「見回りを強化し、砦に通じる道をいくつか封鎖しました。それ以来は被害が出ておりませんが、西部の地主達が支援している様です」
ルークの報告にエドワルドは眉間に皺を寄せる。
「地主達には話をつけたのではないか?」
冬の間、ヒースは地道に地主達の説得を行ってきた。その甲斐あって、ラグラスに手を貸した地主もエドワルドに帰順し、いくつかの有力な情報も与えてくれていた。その報告を受けていたので、今回のルークの報告にエドワルドは納得がいかない。
「締め付けるばかりでは、その不満が爆発した時に領民に甚大な被害を与えます。ヒース卿は彼等にもしラグラスが頼ってきたら、必要最低限のものは与える様に許可しました。奴らの動向も得られますし、何よりも彼等は思った以上にため込んでおります。殿下への心証を良くしたいのなら、それらを積極的に使えと仰いました」
「なるほどな」
「最後に、準賢者が傭兵を雇ったという情報もありましたが、今の所姿を見せておりません。ジグムント卿の配下にも手伝って頂きましたが、ロベリアにもフォルビアにも入り込んでいる痕跡は有りません」
「わかった。引き続き、奴の監視を頼む」
「かしこまりました」
審理が済むまではラグラスに手出しは出来ない。だが、動向を探っておかなければ、彼等は何を仕掛けて来るか見当もつかない。監視を怠るわけにはいかなかった。
他に各地の被害状況も含めた妖魔討伐の最終報告と、情勢を配慮して新年の春分節の夜会と夏至祭の中止を決定した。そして粗方の議題が済んだところで一同を代表してサントリナ公が立ち上がる。
「殿下、お願いがございます」
「何だ?」
何となく雰囲気を察したらしいエドワルドは少しだけ不機嫌に答える。それでも負けずにサントリナ公は言葉を続ける。
「どうか、正式に国主の座にお付き下さい。私だけでなく、ブランドル公もリネアリス公も賛同致しておりますし、継承権を保持しておられるアルメリア姫も望んでおられます。我らだけではありません。この場に集う臣下全員の望みであり、心ある国民は皆、そのように思っている筈でございます」
「お願いいたします」
その場にいた全員が席を立ち、エドワルドに頭を下げる。だが彼は静かに頭を振った。
「それは出来ない」
「何故でございますか?」
今度はブランドル公が一歩前に出る。
「貴公らの思いは分かる。だが、それではグスタフがやろうとしていた事と代わりないではないか?」
「そんな事は有りません」
「この場にいる全員の意見です。彼の様に権力を笠に強要された訳ではありません」
アスターもグラナトも声を上げるが、エドワルドはやはり首を振る。
「貴公らの思いは分かる。だが、他国から見ればどうとられるだろうか? 正規の手続きを踏まずに私が即位するのと、グスタフがゲオルグを祀り上げようとしたのと同じにとられるのではないだろうか?」
「そんな事は……」
反論しようとするサントリナ公を手で抑え、エドワルドは続ける。
「それにな、私は待ちたいのだよ、妻を。ここにいる3家が合意しているならそれはほぼ決まったようなものだ。それでもこのまま国主になってしまえば彼女を諦めたようで後ろめたく感じる。国主になるのなら、きちんと国主選定の会議を開き、フォルビア女大公である彼女の意思も確認し、合意した上でなりたいと思うのだ」
「殿下……」
「確かにこれは私の我儘だ。だが、約束する。フロリエが帰還し、正規の手続きを踏んだうえで私が国主に選ばれたのなら、逃げる真似はせずにその要望に応えると。だから頼む、この我儘を聞き届けてくれないだろうか?」
エドワルドは立ち上がり、その場にいる全員に頭を下げた。逆に彼等の方が狼狽して慌てふためく。
「殿下、顔を上げて下さい」
「我らの方こそ、そのお気持ちを配慮せず申し訳ありませんでした」
「……分かってくれるか? 済まないがしばらくはこのまま国主代行としてこの国の再建に勤めたい」
エドワルドは少しだけほっとして一同を見渡す。年配の者はどこか仕方無いと言った様子で、若い物は残念そうにしながらエドワルドの主張を受け入れた。
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