155 廻る命4

 討伐期の終わりを間近に控え、春を思わせる穏やかな天気に恵まれたこの日、冬の最中に他界したロイスの葬儀が、補佐官だったトビアスの手によりフォルビア正神殿でしめやかに行われた。

 実は彼の死が一般の市民に公表されたのは、しばらく経ってからだった。アレス達が占拠したあと、小神殿に数多く残されていたベルクからの指示書の中に、そういった記述があったからだ。

 ベルクはあの神殿がアレス達によって占拠されていることをまだ知らない。彼の油断を誘うためにもその事を感づかせないためにフォルビア側と協議し、ベルクの指示通りロイスの死亡を公表するのは控えていたのだ。

 会場には総督であるヒースとその補佐役であるルーク、そしてロベリアからは騎士団長のリーガス、ワールウェイドからはエルフレートが出席していた。彼の人徳を物語るように、近隣の住民の大半が押し寄せて、先日のアロンの鎮魂の儀もかすむくらい大規模な葬儀となっていた。

「それにしても残念ですな」

「左様」

「ちょっとした油断だったのでしょうが、このような最後となられてしまった」

「惜しい事ですな」

「しかし、彼にはこれでよかったのでしょう」

「と、言いますと?」

「彼のそのちょっとした油断が今日の混乱を招いた訳です。その責任を追及されずに済むのですから」

「確かにそうですな」

 会場の隅ではこんな会話が交わされていた。上質な服に身を包んだ彼等はフォルビア城下の小神殿の神官長と西部の地主達だった。逃亡し、いにしえの砦に立てこもっているラグラスにより無理難題をふっかけられて困っている彼等からしてみれば、その原因ともなったロイスに愚痴の1つでも言いたくなるのは確かだろう。

 だがそれは、彼等が謀反を起こしたラグラスに取り入り、甘い汁を吸おうとした付けを払わされているにすぎない。それに気付くことなく、彼等の愚痴は葬儀が終わるまで続けられた。

 



 つつがなく葬儀は終わり、ロイスの棺は霊廟に収められた。招かれた参列者達も帰途に就き、正神殿は常と変わらぬ静寂を取り戻していた。

「神官長様……」

 そんな中、女神官のイリスは1人中庭のハーブ園にたたずんでいた。実は地主達のロイスへの愚痴を聞いてしまい、沈んだ気持ちを落ち着けようとここに来たのだ。だが、ここは昨年と一昨年と正神殿を訪れたフロリエを案内した思い出の場所。彼女達の不遇を思うと余計に悲しくなってしまい、その場にしゃがみ込んでいた。

「大丈夫ですか?」

 不意に声をかけられ、顔を上げると竜騎士正装に身を包んだ若者が心配そうに顔を覗き込んでいた。胸には上級竜騎士とフォルビア所属を示す記章がついている。

「す、すみません」

 慌てて立ち上がろうとすると思わずよろめいてしまい、相手が差し出した手にすがっていた。さりげなく差し出されていたにも関わらず、その手はゆるぎない力で彼女を支えている。

「大丈夫ですか?」

「は、はい、お見苦しい所を……」

 イリスは慌てて手を離す。規律の厳しい先輩女神官に見られれば、はしたないと厳しく注意されるに違いない。容赦がない人なので相手にも迷惑がかかってしまうだろう。

「お加減が悪いのですか?」

「い、いえ、違います。その、神官長様、悪くないのに、その、原因と言われてるのを聞いて、その、悲しくて……」

 泣いている姿を見て具合が悪いと思って声をかけてくれたらしい。慌てて言い訳をするのだが、動揺から支離滅裂な答えになってしまい、ほろりと涙がこぼれる。

「え、あ、こ、これ使ってください」

 イリスの流した涙に狼狽したらしい竜騎士は、懐から白い手巾を取り出すと彼女に手渡す。彼女も動揺から立ち直っておらず、その手巾を受け取ったまま固まっていた。

「ラウル」

 2人して固まっていると、竜騎士の背後から声をかけられる。彼がビクリとして振り向くとその背後に竜騎士正装の若い男性が2人立っていた。1人はタランテラで最も有名な竜騎士の1人と言える、雷光の騎士だった。もう1人はイリスも幾度か顔を見かけたことがあるシュテファン卿。と、言う事は目の前にいる彼は皇都から配属されたラウル卿なのだろう。

「た、隊長……」

「どうした?」

 イリスの姿を認めたらしく、ルークは怪訝そうな表情を浮かべ、その傍らにいるシュテファンはどこか面白がるような視線を彼に向けている。

「お前が泣かせたのか?」

「いえ、そのっ」

「あのっ、違うんです。その、ちょっと、落ち込んでて、その、私が、具合が悪いと思って気にかけて下さったんです」

 自分を気遣って来てくれたのに、誤解させてしまっては申し訳ない。イリスはたどたどしい口調になりながらも慌てて弁明する。

「そうか」

 すっかり無表情が板についてしまったルークはそう呟くと「後は任せる」と言い残してきびすを返した。

「じゃあな」

 シュテファンもそう言ってルークの後に続き、2人はその場に固まったまま取り残されていた。

「その、全部言わせてしまって申し訳ない」

「いえ、貴方の所為では……」

「元はと言えば俺が変に声をかけてしまったから……」

「でも、気にかけて下さって嬉しかったです」

 互いに謝っているうちに何だかおかしくなってくる。互いに目が合うと思わず吹き出していた。

「でも、元気になられたようで良かった」

 相手に指摘され、ここに来た時の沈んだ気持ちが消えていることに気付いた。

「貴方のおかげです」

 そこで彼は何かを思い出し、慌てて居住まいを正す。

「俺はフォルビア騎士団所属、ラウル・ディ・アイスラーといいます。貴女のお名前を教えて頂きますか?」

「イリスと申します。ラウル卿」

 ラウルの誠実な態度に好感を抱き、イリスは頬が染まるのを感じながら答えた。もっと話をしていたいと思ったが、気付けば辺りは暗くなっていて、イリスは慌てる。

「あ、もうこんな時間……。行かないと」

「あ、送ります」

 日が暮れると同時に急激に気温が下がってくる。戻るのはすぐ傍の建物だったが、慌てて差し出されたラウルの手をイリスは少し躊躇ためらった後にとった。

「当面忙しいのですが、落ち着いた頃にまた会えますか?」

「は、はい」

 国の一大事が控えている現状で浮ついている場合ではないのだが、それでも魅かれる気持ちを止める事ができず、別れ際のラウルの申し出にイリスはうなずいた。彼は彼女の返事に笑みを浮かべると、竜騎士の礼を取ってから彼女の手の甲に口づける。

「お気を付けて」

「ありがとう」

 ラウルの姿が見えなくなるまで見送ると、ふと、彼の手巾を握りしめたままだったことに気付いた。

「あ……」

 どうしようかと迷ったが、きちんと洗濯し、また次に会えた時にお返ししようと思いなおした。そして少し幸せな気持ちのまま部屋に戻っていった。


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