157 未来へ馳せる想い2
話が落ち着いたところで、エドワルドは全員を元の席に座らせる。そして自身は立ち上がったまま一同を見渡す。
「承知の通り、この1年はこの国始まって以来の惨事の連続で、未だその問題は全て解決していない。その難題をより円滑に解決する為にも人事の異動を行う」
今まで内政はエドワルドとサントリナ公、グラナトが手分けして行い、リネアリス公はその下で彼等の手伝いをしてきていた。討伐期が終わったのを機に、エドワルドは新しく組織を作り直すつもりだった。彼のその心づもりを知っている者も知らなかった者も、自分達が主君と定めたエドワルドの言葉を居住まいを正して待った。
「内務は引き続きサントリナ公に任せる。法務はグラナト、外務はブランドル公を中心にあたってくれ。財務はリネアリス公に任せるが、監査役としてアルメリアを付ける」
リネアリス公は古巣の財務長官に復職できてうれしそうにしていたが、エドワルドに釘を刺されて狼狽える。押しの弱い彼は、強く言われれば拒めずに予算を融通してしまっていたのだ。逆にアルメリアは驚いて思わず腰を浮かせる。
「叔父上、若輩の身には重すぎます」
「自信を持て、アルメリア。そなたになら出来る。だが、迷った時には私やグラナトに相談しなさい」
「ですが……」
「そなたが適任なのだ。頼むぞ」
エドワルドも熟考した上での決定なのだろう。穏やかな笑みを浮かべて言われると、アルメリアもこれ以上は反論できない。仕方なくうなずくと席に座りなおした。
「第1騎士団団長は引き続きブロワディを据える。ロベリア、マルモアに関しても現行の体制を維持し、引き続き領民の為に尽くしてくれることを願う」
ブロワディとマルモアの総督は神妙に頷く。
「最後に空位となっている大公家だが、フォルビアについてはこのまま妻の帰りを待ち、留守の間はヒースを総督として、権限の代行を許す。ワールウェイド公はマリーリア、そなたが継いで夫となる男と共同で統治しなさい」
「兄上……。それこそ、私には無理です」
マリーリアは蒼白となり、必死に訴える。
「どう無理なのだ? リカルド殿とその兄弟が継承権を辞退した今、そなたはワールウェイド家の次期当主の最有力の候補だ。誰も文句は言わぬ」
「ですが……」
突然の事にマリーリアの頭は真っ白となり、反論する言葉が見付からない。たまらずアスターが口を挟む。
「殿下、忌まわしい過去からやっと解放されたのに、また彼女に重荷を背負わせるのですか?」
「ならば、そなたがそれを背負うか?」
「殿下?」
アスターがエドワルドを窺うと、彼はニヤリと笑って宣言する。
「アスター・ディ・バルトサス、我が妹マリーリア・ジョアンを
「殿下!」
「なお、半月後に認証式と同時に婚礼をあげる。その心づもりでいるように」
「殿下、なぜ……」
「いつまでもワールウェイド公を空位にしたままではいられないのは分かるだろう? グスタフの親族が失脚した今、継げるのはマリーリアしかいない。だが、彼女に重荷を背負わせるのは私も本意ではないからもっとも適した人材に任せる事にした。マリーリアと共同統治という形で継いでくれ」
「しかし……」
「これは私の政治的な打算も含まれている。昨年の一件で名門であるはずのワールウェイド家の名は地に落ちた。それを立て直すのは生半可な人材では不可能だし、立て直せたとしても時間がかかる。この国を立て直すにはどうしても他国からの援助が不可欠で、変わったのだと印象付ける為にも、私の側近であるお前が就くのが適任だ」
「……」
なおも
「アスター卿、ここは素直に受けられよ。殿下はあの時、命がけで退路を確保した貴公に最上級の礼をしておられるのだ。殿下のお気持ちも汲んで素直に受けられるのが筋だと思うのだが?」
「ですが……婚礼は……」
「アスター、我が妹を娶る事がそんなに不都合なのか?」
エドワルドがすぅっと目を細める。アスターは慌てて否定する。
「そうではありません。彼女の養父となられたアロン陛下が亡くなられてまだ日が浅く、喪も明けておりません。それなのに婚礼をあげるのは……」
「大神殿からは特別に許可も頂き、準備の方は姉上方に既に頼んである。それ故、何の心配もいらぬ」
ここまで外堀を埋められると、もうアスターに逃げ道は無かった。がっくりと肩を落とし、深くため息をつく。
「……謹んで、お受けいたします」
「マリーリアも良いな?」
「はい……」
マリーリアも諦めて承諾すると、エドワルドは満足そうにうなずいた。
会議の後、マリーリアは早速ソフィアとセシーリアに拉致された。連れて行かれたのはあまり寄りつかない北棟の彼女自身の部屋。他にブランドル公夫人と長くアロンの世話をしていた年配の女官が待ち構えていた。
「あの……あの……」
「時間が有りませんからね、先ずは採寸させてちょうだい」
扉が閉められると同時に、セシーリアによって会議の為に着ていた竜騎士正装を抵抗する間も無く手際よく脱がされる。下着だけの姿になった彼女を年配の女官がてきぱきと採寸していき、それをブランドル公夫人が書きとめる。
「秋に計った時とほとんど変わりありませんね」
採寸表に書き留められた数字を見て、セシーリアがうなずくと、今度はソフィアが置いてあった箱から何かを取りだした。
「大体の寸法に合わせたはずじゃ。マリーリア、着てみなさい」
彼女が手にしているのはどう見ても婚礼衣装だった。極上の絹をぜいたくに使い、レースや真珠で飾られた豪華な物だった。
「あの、これは……」
「エドワルドがもっと早く言ってくれれば生地から厳選して仕立てたのじゃが……。時間が無いから、妾の着たもので許しておくれ」
それはソフィアがサントリナ家へ降下する折に着た婚礼衣装だった。当時の皇家の威信にかけて用意された衣装はさすがに豪華で、それを手渡されたマリーリアは委縮して固まってしまう。
「だ、大事な思い出の品ではありませんか?」
「良いのじゃ。エドワルドのあの勢いだと、すぐにでもそなた達を神殿に放り込みかねん。妾からの手向けと思うて着ておくれ」
「ソフィア様……」
他の3人にも促され、マリーリアは少し古風な婚礼衣装に袖を通す。ソフィアの言葉通り、手直しされたそれはマリーリアの体にぴったりと合っていた。姿見に映る自分はまるで別人の様である。
「素敵よ、マリーリア」
「きっとアスターも惚れ直すぞ」
みな、満足気にうなずいている。自分の為に心を砕いてくれる彼女達にマリーリアは目頭が熱くなる。
「さ、時間が有りませんから急ぎましょう」
予めエドワルドから聞いていたとはいえ、婚礼まであまり時間が無い。それでもちゃんと送り出してやりたい気持ちはここに集まった女性陣の共通の認識だったので、この無茶ぶりにも文句を言わずに応じたのだ。
「次は小物を選びましょう」
そう言ってセシーリアと女官が宝石箱を幾つも持って来る。
「エドワルドが宝物庫の物はどれ使ってもいいと言ってくれましたからね。適当に見繕って来たのだけど、どれが合うかしら……」
ダイヤモンドに真珠、ルビーにサファイア等、いずれも大粒の宝石をあしらった宝飾品が次々と並べられる。更にはデザインが異なるティアラがいくつも出てきて、マリーリアはそれらを見ているだけで眩暈を起こしそうだった。
昨年の春分節でグロリアの館で見たコレクションをはるかに凌駕する質と量。そういったものを見慣れているはずのブランドル公夫人までもがため息をついている。代々続く皇家の収蔵品はさすがに桁外れだった。
「これはエドワルドの母親が婚礼でつけていた物じゃな」
「そうですわね。さすがエルニアは真珠の質が違いますわね」
「こちらは5代前の皇妃のものだったか?」
「ええ。3代前の皇女が好んでつけていたと言われておりますわ」
すらすらと由来が出てくるセシーリアとソフィアの会話にただただ呆然とするしかない。途方に暮れたマリーリアは次々と試着させられる宝飾品に緊張し、固まって見ているしかできなかった。
「マリーリアはどれが気に入ったか?」
「好きなのを選んでいいのよ?」
膨大な量の中から、いくつか候補を選んで彼女の前に並べられたが、最早そんな気力は残っていない。
「もう、お任せします……」
精神的に疲労困憊したマリーリアはそう答えるのが精いっぱいだった。
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国が落ち着いてから……と悠長に考えていたアスターとマリーリアの意に反してエドワルドが強引に式の日取りまで決めてしまします。しかも結婚祝い(?)にワールウェイド公という肩書までw ソフィア達もマリーリアの衣装選びを楽しんでいます。
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