124 朗報と凶報8

「殿下、大神殿の神官長様がお見えになりました」

 そこへオルティスが来客を案内してきた。フォルビアの事だけでなく、マルモアの問題を神殿側からの意見を聞きたくてエドワルドが呼んでいた。

「わざわざありがとうございます」

 エドワルドは礼を言うと、神官長に空いている席を勧める。そしてグラナトが今までの経緯をかいつまんで説明した。

「ベルク殿が独断で?」

 事情を聞いた神官長も顔をしかめる。当事者であるタランテラの意向を無視したベルクの行動に神殿を代表して頭を下げる。

「重ね重ね、同輩が失礼いたしました。事の次第は礎の里に報告させていただき、彼には帰還するように要請いたします」

「……謝罪には及ばない。ベルク殿が審理官長に任命されなければ審理を受けてもいいだろう」

「殿下、本気ですか?」

「何を企んでいるのかまでは分かりませんが、あちらの思うつぼですぞ?」

 その発言に一同は驚愕して皆、エドワルドに詰め寄るが、彼は一同を宥めて元の席に戻る様に促す。

「言われるままに審理を受ければ、確かに我々の尊厳を大いに損なうだろう。グスタフの失脚と合わせれば他国からの信用は皆無となり、特に外交においては厳しいものとなる。だが、冬を間近に控え、妖魔の対策が十分できていない現状では、もうこれ以上他の事に手を煩わす余裕も無い。我々は先ず、この国に暮らす民の事を考えねばならん。無駄な矜持きょうじは捨ててこの冬を乗り切る為にはどんな手でも使うつもりだ」

 エドワルドの言葉に一同は無言で頭を下げた。

「審理をするとなれば調査も行われるだろうから、少なくとも半年の猶予が出来る。その間にこちらも準備を整える事も可能だと思う。そうだろう?」

 エドワルドの問いかけに一同は頷くが、ひとりアスターだけが浮かない顔をしている。

「カーマインの事は如何致しますか?」

「飛竜の専門家の診断を仰ごう。竜舎を束ねている爺さんにカーマインの状態を見て貰う。本当に成熟しているのか、飛竜達に悪い影響を与えそうなのか、こちらも理詰めで責めてみよう」

 本宮の竜舎には長年勤めている竜舎の係官がいた。長年の経験により、飛竜の状態が一目で分かる彼は国外の係官もその技術を学びにやって来るほどである。彼の診断書なら、マルモアの神殿も納得するだろう。

「彼は今、本宮を留守にしております」

「何処にいる?」

「飛竜達の状態を診ると言って皇都近辺の砦を巡回しています」

「すぐに呼び戻してくれ」

「素直に応じますかどうか……」

 例年であれば、本宮で全ての飛竜の状態を確認してから配属の砦に移るのだが、内乱の影響でその時間が取れなかったのだ。そこで自分の仕事に誇りを持つ彼は、自ら各砦を回って飛竜の健康状態を確認して回っているらしい。頑固なので他人から横やりを入れられるのを極端に嫌うのだ。

「どうしても応じない時は、爺さんのところへカーマインを連れて行け」

「分かりました」

 エドワルドが竜騎士の見習いになった頃には既に竜舎の主となっていた係官を思い出し、彼は苦笑するしかなかった。

「神官長殿、審理の件はご協力頂いても宜しいでしょうか?」

「勿論です。ベルク殿の独断とならないようにこちらからも働きかけます」

「ありがとうございます」

 礎の里も一枚岩ではなく、賢者確定といわれているベルクにも反感を持つ勢力がある。彼等に協力を仰げば、ベルクの独断は防ぐことも可能だろう。

 その後、細かい打ち合わせを済ませ、神官長と大量の仕事を抱える重鎮達はエドワルドの私室を後にする。部屋にはアスターとルークが残った。

「カーマインの事をマリーリアに言ったのか?」

 さすがに疲れたのか、エドワルドは深いため息をついて背もたれに体を預けた。執務机代わりにしている寝台脇の机には、フォルビアからの報告で後回しになった書類がまだ山のように積まれている。この仕事量を見るだけで、やってもいないうちに疲れが倍増しそうだった。

「まだ伝えておりません。とにかく殿下に報告するのが先だと思いましたので」

「そうか……。私から伝えた方が良いか?」

「……そうして頂けますか?」

 少し迷った後、アスターはその役をエドワルドに任せた。自分で伝えてもいいのだが、その場合口論になる可能性は高かった。

「分かった。私から伝えよう」

 エドワルドは了承して頷くと、今度は一歩控えた場所で大事そうに荷物を抱えて立っているルークに視線を向ける。

「わざわざお前が来たという事は、他にも用事があるみたいだな。何だ?」

 エドワルドに声を掛けられたルークは一歩前に進み出ると、先ずは懐から小さな包みを取りだした。それをエドワルドの前に広げて置く。

「これは……。お前、どこで?」

 見覚えのある翡翠ひすいのイヤリングにエドワルドだけでなくアスターも言葉に詰まる。エドワルドは震える手でそのイヤリングを手に取った。

「リラ湖の南東の岸にある葦原の中に隠されていた小舟の中に落ちていました」

「小舟?」

「船首にはマーデ村の刻印があり、周辺を探索したところ、野営の痕跡を見つけました」

「では……」

ルークの報告にエドワルドは思わず息を飲む。

「それから、こちらを……」

 ルークは背嚢はいのうの中からあの包みを取りだした。ルークに促されるままその包みを開けたエドワルドの脳裏には最悪の事態がかすめる。

「船を見つけた場所から南東にある、ペラルゴ村の村長が預かってくれていました。彼女達はその村に立ち寄り、ロベリアに向かったそうです」

「ロベリアへ?」

 しかし、彼女達はロベリアに着いていない。しかもラグラスにフォルビアが支配されていた頃は、境界に厳重な検問を設けていたので、手形すら持たない彼女達が通ろうとすれば何かしらのトラブルがおこっていても不思議ではない。ところが、そんな記録は一切なく、フォルビア解放後もそれらしい人物が通った形跡は無かった。

「ペラルゴ村の村長は、彼女達が何者か知った上で手形を発行し、旅の必需品までそろえてくれました。今までこの事を公にしなかったのは、これは私が来たら渡すように約束したのと、手形を無断で発行した事により、罪に問われるのを恐れたためと伺っています。この件に関しては寛大な処置を頂きたいと思います」

 ルークは手形の写しを広げ、エドワルドの深々と頭を上げる。そう言う理由ならば、エドワルドに異存はなかった。

「勿論善処しよう。村長殿には心配は無用だと伝えてくれ」

「かしこまりました」

「手形の照会はしたのか?」

 広げられた手形の写しに目を通し、黙って聞いていたアスターが口を挟む。

「はい。ロベリアとの境界に近い町で記録が残っていました。ただ、境界の検問では記録がなく、その後はまだ調査中です」

「そうか……」

 エドワルドは青いリボンで束ねられたプラチナブロンドと漆黒の髪に触れる。ようやく得た手がかりだったが、未だに行方が分からない事が不安を募らせる。

「こちらはその件に関する報告書です」

 ルークは書類を取りだすと、エドワルドの前に置いた。

「わかった。……まだ何かあるのか?」

 報告書を受け取っても退出しようとしないルークにエドワルドは眉をひそめる。

「実はこの件で、連絡なしで1日単独行動したので、ロイス神官長解放に関する報告が遅れました。更にはこちらに来る途中で部下を置いて来てしまいました。申し訳ありません」

「……処罰を私から受けろとヒースに言われたか?」

 ルークが頷くとエドワルドはため息をつく。

「処罰は無しだ。降格にしたら、お前を喜ばせるだけだろう?」

「ダメ……ですか?」

「当たり前だ。隊長としてしっかり働け」

 項垂れるルークにエドワルドはもう下がれと身振りで示す。アスターとルークはエドワルドに頭を下げると、彼の私室を後にした。

「……フロリエ、コリン」

 幾度となく湖に沈んでいく彼女達が自分に助けを求める夢を見た。その悪夢にうなされて夜中に跳ね起きる日が続き、最近はバセットが処方する薬を飲まないと朝まで眠れなくなっていた。

 それは杞憂と判明したが、未だにその行方は分からない。彼女達に一体何があったのか?エドワルドはしばらくの間、2人の髪を手にして泣いていた。

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