125 朗報と凶報9

 マリーリアは夜食の盆を手にアスターの執務室を訪れた。彼が帰還したと聞いた時には彼女は北棟でアロンの看病を手伝っていて席を外せなかった。一方、帰還した彼はすぐにエドワルドに報告し、その後は執務室に籠ってしまったので、2人は顔を合わせる機会が無かった。互いに仕事や用事があって忙しいので、すれ違いになるのは仕方がない。それでも、今日は無事に帰って来た彼にどうしても会いたかったのだ。

「アスター?」

 扉を叩くが返事がない。マリーリアは思い切って扉を開けると、部屋の主はソファに横になっていた。

「アスター?」

 盆をテーブルに置き、マリーリアは慌てて側に寄る。実のところ、彼の帰還が遅れた理由の一つは例の頭痛だった。半日、それで寝込んでしまったのだが、それを知っているのは密かに手紙を貰っていたマリーリア以外には同行した竜騎士と神官だけだった。

「アスター」

 マリーリアがもう一度声をかけると、ハシバミ色の目が開いて彼女を捕えた。

「……マリーリア?」

「頭痛がするの?」

 心配そうな彼女にアスターは首を振って否定すと、少しだるそうに体を起こした。

「目が疲れたんだ。さすがに片目だと……」

 アスターが指差す先の机には山と積まれた書類があった。ロベリアにいた頃には難なくこなしていたはずなのだが、片目での作業は思った以上に負担がかかったらしい。

「頭痛じゃないのね?」

「ああ、心配かけた。ゴメン」

 アスターはマリーリアを引き寄せると彼女に軽く口づけた。離れていたのはたとえ数日でも、会えないもどかしさに寂しさが募っていた。ソファに座ったまま互いに抱きしめ、そのぬくもりを確かめ合う。だが、恋人の腕にいてもなお、マリーリアは寂しそうにうつむくとポツリと呟く。

「カーマインの事、聞いたわ」

「……ゴメン、力不足で」

「ううん。アスターの所為じゃないわ」

 マリーリアは首を振る。だが、今にも泣きそうな彼女にアスターは唇を寄せると抱きしめる腕に力を込めた。

「とにかく竜舎の爺さんに診て貰おう。それからもう一度交渉してみよう。お手をわずらわせて申し訳ないが、殿下も協力して下さる」

「うん……」

 マリーリアは頷くが、顔を上げると不安げな目をアスターに向ける。

「あの子……ここの所元気がないの。食欲も落ちているみたいだし、どこか具合が悪いのかしら……」

「そうなのか? その辺りも爺さんにしっかり診て貰おう」

「うん……」

 不安が募り、震えるマリーリアをアスターは抱き上げ、部屋の奥の仮眠室へと移動する。そして恋人の不安を払拭するのも自分の役目だと、そう頭の中で言い訳をして彼は久しぶりにマリーリアと肌を合わせた……。




 翌早朝、すっかり冷めきってしまった夜食が朝食となったアスターとマリーリアは、まだ夜が明けきらないうちにカーマインの様子を見に来ていた。だが、こんな早い時間だと言うのに、竜舎の方が何だか騒がしい。

「何事だ?」

「あ、アスター卿!」

 竜舎の係官はアスターの姿を見つけると慌てた様子で駆け寄ってくる。他にも数名の係官と若手の竜騎士がいて、上級の室に人が集まっていた。そこは特にグランシアードやフレイムロード、皇家や5大公家に縁のある飛竜専用の室が有る区画である。皇家の養女になったマリーリアのカーマインも当然こちらの室に移り、更にはまだ幾分か余裕が有るので、ファルクレインもこちらに室をたまわっていた。

「何かあったのか?」

 アスターが問うと、若い係官は室の一角を指さす。そこは確かカーマインの室だったはずだが、その入り口を占拠しているのはファルクレインだった。確かに一般の室と比べて随分と余裕がある作りにはなっているが、2頭一緒はさすがに無理がある。その証拠にファルクレインの体は室からはみ出していて、通路を半分以上塞いでいた。そして近づこうとする係官達に無言の圧力をかけて威嚇いかくしているのだ。

「何をしている、ファルクレイン」

 パートナーの声に一瞬ビクリとしたがそれでもそこをどけようとはしない。アスターは飛竜に近づき、眉間を小突いてそこから退けるように強く命じる。


グッグッ……。


 どこか不満そうに飛竜は渋々と言った様子で体を起こし、奥の様子を窺うように顔を向ける。すると、奥にいたカーマインがキュルキュルと甘えた声を出してファルクレインの首に自分の首を絡め、カプリと甘噛みをする。

「……まさか、お前……」

 それは飛竜の愛情表現だった。しかもつがいとなった飛竜同士のである。その様子を目にし、周囲はどよめく。

「何しとんじゃい、雁首揃えて。仕事をせんかい!」

 そこへ聞き覚えのあるしわがれ声が乱入する。集まった係官も若手の竜騎士達も慌てて自分の持ち場に戻って行き、逆に姿を現したのは竜舎の主と呼ばれる係官と、騎竜服姿のルークだった。どうやらわざわざ彼を呼びに行ってくれたらしい。

「ほれ、どかんかい。悪いようにはせん」

 直接言葉が通じる訳ではないが、有無を言わせぬその態度にファルクレインも従う。いかにも渋々と言った様子で飛竜は占拠していた入口から退けるが、2頭の尾は絡めあったままだ。ラブラブな様子にルークは苦笑し、マリーリアは絶句してアスターは天をあおいだ。

「なんじゃ、診るまでもないのう」

 係官は労う様にポンポンとファルクレインの体を叩くと、室の奥にいるカーマインに近寄る。そして手慣れた様子で飛竜の状態を確認していく。

「お主もいつの間にか別嬪さんに成長したのう。よかったのぉ、いい番を見つけたではないか」

 係官に掛けられる言葉に、最初は落ち着かない様子だったカーマインも次第に寛いだ様子を見せている。よしよしと声を掛けながら係官は体を撫でていき、腹まで来るとふと動きが止まる。

「おお、しっかり二世も育っておる。数はまだ分からんが、あと3月で生まれるじゃろう」

「卵ですか?」

「……」

 顔を見合わせるアスターとマリーリアに呆れた様子で老人は声をかける。

「なんじゃ、お主達気付いておらなんだのか?」

「はあ……」

 気のない返事をするアスターに追い打ちをかけるように係員は言葉を続ける。

「まあ、お主達も夢中で気付かなかったんじゃろう」

「……」

「あの、最近食欲が無いみたいなんですが……」

 マリーリアは聞こうと思っていたことを思い出し、室から出てきた係官に尋ねる。

「人と同じじゃ。悪阻と似た症状を飛竜も起こす事がある。じゃが、もう半月もすれば、今度は逆に食欲が旺盛になって来るじゃろう」

「……じゃあ、カーマインはマルモアに移さなくても?」

「もちろんじゃ。番も決めておるし、ましてや腹に卵を抱えておるんじゃ。マルモアに移す方が悪影響じゃの」

 係官の押した太鼓判にマリーリアは顔をほころばせ、傍らに立つ恋人に抱きつく。アスターもほっとして彼女の腰に腕を回し、診断を聞き終えたルークは静かに席を外した。

 診断を終えた係官が室から出ると、ファルクレインは再び室の入口に陣取って座り込む。どうやら彼は、腹に卵を抱える番を守ろうとしているらしい。

「ファルクレイン、それはやはり無理があるぞ」

 もちろん、室に入りきれる筈も無く、ファルクレインの体は半分以上はみ出している。このままここに陣取られたら、通常の業務にも支障が出るだろう。

「隣の室は空いておるからの。壁を取り払ってしまうかの」

 係官の妥協案はその日のうちに実行され、広くなった室で2頭の飛竜は仲睦まじく寄り添っていた。

 ちなみに……後でこのことを聞いたエドワルドは、報告に来たアスターが憮然とするほど大笑いしたのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


意地を張るパートナーと違い、すんなり番って卵という成果まで上げた飛竜達w

山荘での行方不明事件の真相がこれ。

その後も2頭だけになる機会があったので、着実に愛を深めていったわけです。

ちなみに2頭のラブラブぶりにグランシアードやフレイムロードといった飛竜達もあてられていたらしい。


ちなみに、ルークに置いてきぼりにされたラウル君は、その後無事に本宮に到着。

レベルの違いに衝撃を受け、一層ルークへの信奉を高めていったとか……。


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