121 朗報と凶報5

「無いか……」

 結局、他には手がかりを見つけることが出来ず、ルークはその場に座り込んだ。フォルビアに戻ってから……いや、エドワルドを救出する前からがむしゃらに働いて来た彼はくたびれきっていた。それでも折角つかんだ糸口を無駄にしたくなく、必死に考えを巡らす。

「夏の頃……考えろ、俺ならどうした?」

 ルークは自問自答する。半ば押し付けた感があるが、ティムには自分が身に付けた野営の基本を叩き込んだ。無事に上陸できたのなら、後は彼がどうにかした筈だ。ルークは立ち上がると辺りを見渡し、岸辺を少し歩いてみる。

「……スグリだな」

 葉はすっかり落ちてしまっているが、ルークにはスグリだとすぐに分かった。湖へと続く湧水の流れもあり、飢えと渇きをある程度癒す事は出来ただろうと見当をつける。更に辺りを歩き回り、岸辺に獣の巣穴らしい跡を見つける。十分とは言えないが、夜露を凌ぐことは出来るかもしれない。おもむろに彼はその辺りの地面を掘り返す。

「……あった」

 焼けてすすが着いた石に一部が炭と化した木切れ。火災を出さない為にも土に埋めて火の後始末をする様に教えたのもルークだった。あの日、一行がこの岸辺にたどり着いたとルークは確信した。ならば、彼等はここからどこへ向かっただろうか?

「東……もしくは南か」

 ルークは近隣の地図を脳裏に浮かべる。ここから一番近い集落は北へ1日ほど歩いた場所にある。そこがラグラス達も勘違いした水葬されたマーデ村の母子を乗せた船が流れ着いた村である。だが、あの時の状況で北へわざわざ向かう事はおそらくないだろう。それが証拠にあの村ではフロリエ達の情報は聞けなかった。

 頼るとすればロベリアだろう。湖のどこへ流れ着いたとしても、東へ向かったはずである。聡い少年は星の位置で正確に方角を割り出す方法も知っていた。

「この南東に村があったな……」

 頭に叩き込んだ地図をもとに、思い浮かんだのは小さな村だった。ここから道らしい道は無い上に、入り組んだ岸辺を避けて通れば徒歩で軽く2日はかかるだろう。

 部下にはすぐに戻ると言ったが、既に日は随分と高くなっている。ルークはそこへ寄って何も手がかりが得られなければ一旦城に戻ると決め、待たせていた飛竜を呼び寄せる。

「行こう、エアリアル」

 ルークは相棒の背に跨ると、思い浮かべたペラルゴ村へ向けて飛び立たせた。




 冬の到来に備え、村では男達の手によって環濠と柵の手入れが行われていた。内乱が収束し、ラグラスによって不当に集められていた若い働き手も帰ってきたので、急ピッチで作業が進められていた。

 一際目立つのは30歳くらいの若者。村長の長男で、彼も先日村に帰って来たばかりだった。彼は父親に代わって采配を振るい、年老いた村長はその様子を家の前に用意した椅子に座って眺めていた。

「備えもこの分なら間に合いそうですねぇ」

「そうだな」

 村の女性達は保存食づくりに余念がない。その采配を振るっていた村長の奥方は、一段落した所で外の様子を見に来たのだ。

「ありがたいことだ」

「ええ……」

 彼等が思い浮かべるのは夏にこの村を訪れた4人だった。人として当然の事をしただけだというのに、恩を感じた彼女達は冬を乗り切るための支度金を過分なまでに置いて行ってくれたのだ。先の事を思えば彼女達にも必要なはずだったのに。

「どうしていらっしゃるでしょうかねぇ」

「そうじゃのう……」

 田舎故、情報が入って来ない事もあって一行のその後の消息は結局わからずじまいである。気にはなるものの、彼等も日々の生活があるし、手形を無断で発行したことが公となれば、罪に問われる可能性もあった。それが恐ろしくもあり、自ら問い合わせる勇気までは無かったのだ。

「少し休憩致しましょうかね」

「そうだな」

 男達の作業も一段落したようだった。奥方の提案に村長が相槌を打つと、彼女は母屋へと戻って行く。集まっている女性達と協力して男達への差し入れを準備するのだろう。

「ご無事でいらっしゃるのだろうか……」

 村長が感慨に耽っていると、男達の作業を手伝っていた子供達が空を指さしている。つられてその方角を見ると、一頭の飛竜が近づいてくる。妖魔の襲撃が稀とはいえ、主要な街道から離れたこのひなびた地で飛竜の姿を見るのは随分と久しぶりだった。しかも驚いた事に、飛竜はこの村の外に着地した。

 村長の息子を初め、数人の男達が村の外へと竜騎士を出迎える。

「如何なさいましたか?」

 外の騒ぎを聞きつけ、村の女性達も母屋から姿を現す。そして村の外に降り立った飛竜の姿を見て絶句する。ザワザワと村全体がざっわめく中、竜騎士に応対していた村長の息子が慌てた様子でかけてくる。その向こうからは村の男衆に案内されて簡素な服装をした竜騎士が歩いてくる。

「父さん!」

「どうしたのじゃ?」

「ら……雷光の騎士様がお見えになった」

 今、タランテラで最も高名な竜騎士に数えられる人物の来訪に、村長夫婦は思わず顔を見合わせた。




 ルークが目的の村に着いた頃には昼を過ぎていた。途中、幾度か降りて野営の跡がないか、確認しながら来たので、思ったよりも着くのが遅くなったのだ。

 避難計画からは外れているこの村は、冬に向けての準備が進められている真最中だった。おそらく環濠の手入れをしているのだろう、男達が環濠かんごうに溜まった泥やごみをかきだかきだしているのが遠目でも見える。それをいくらか年かさの子供達も手伝っているのだが、目ざとい彼等はいち早くエアリアルの姿を見つけてこちらを指さしている。

「降りるよ」

 エアリアルは夜通し飛んで疲れているにもかかわらず、ルークの要望通りに村の外へ降り立った。

すると、慌てた様子で男達が出迎えてくれる。ルークは飛竜の背から軽やかに降りると、被っていた騎竜帽をエアリアルの装具にひっかけて彼等に近寄る。その一挙手一投足に痛いくらいの視線を感じているが、今はフロリエ達の行方を追う一心でいつもほどそれを苦に感じなかった。

「私はフォルビア騎士団所属のルーク・ディ・ビレア。伺いたい事がある。村の代表の方にお会いできないだろうか?」

 名乗ったのは非常に効果があったようだ。村でも中心的役割を果たしているらしい若者が驚いた様子で前に進み出てくる。

「ら……雷光の騎士様でございますか? このような辺境の地によくおいで下さいました。村長は私の父が勤めておりまして、先に知らせて参りますので、どうぞ中へお入りください」

「……お邪魔する」

 正直、その二つ名で呼ばれるのは好きではないのだが、今はそんな事を気にする余裕もない。最初に応対した若者が村の中へ走っていくと、別の村人がルークを案内してくれる。ルークはエアリアルに待機するように言い含めると、集まった村人たちの注目を浴びながら村長の家へと足を向けた。


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ペラルゴ村再び登場!

ラグラスが失脚したので村の働き手たちも帰ってきました。

土地がやせているので、妖魔が出ない利点があってもなかなか発展しない地域。

エドワルドが救出される前に、ルーク達がマーデ村で生活していた折にもここまではなかなか足を延ばす事が出来なかった。


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