120 朗報と凶報4

 黎明れいめいの湖畔にエアリアルを筆頭に飛竜の一隊が着地した。彼等は妖魔襲来に備え、毎年のように妖魔が出没する第1種警戒区域内とここ数年の間に複数回妖魔が出没した第2種警戒区域内に住む住民の避難状況の確認をしつつ、夜を徹して領内の見回りをしていたのだ。

 わざわざ夜に行ったのには訳がある。ロイスを人質にとって逃走中のラグラスとタランテラ国内に侵入したかも知れない盗賊の行方を追う目的があったからだ。彼等が夜陰に乗じて避難する住人達に紛れ込もうとする可能性が高い。勿論、そういった避難民達には騎馬兵団が付き従って警戒を続けているが、念には念を入れて竜騎士達も警戒にあたっているのだ。

 夜通し飛び回った飛竜達を労い、竜騎士達はその背から降りると小休止とばかりに放してやる。今朝は随分と冷え込んでいて、霜柱が立っている。飛竜達はそれを潰して遊び始めた。

「それにしても何処へ雲隠れしているんでしょうか?」

 皇都を出る時に、アスターの命令でルークの下につけられた若い竜騎士、ラウルが呟く。ルークは当初、固辞しようとしたのだが、師匠ともいうべきアスターが相手では分が悪かった。結局、上級騎士になったのだからという理由で押し付けられてしまったのだ。

「分からん」

 ルークが端的に答えると、元々フォルビアの騎士団所属の竜騎士シュテファンが肩を竦める。彼はフォルビアに戻ってからヒースの命令でルークの部下となった。

 2人共風の資質を持つ飛竜がパートナーなので、エアリアルにそれ程遅れることなくついて来てくれる。だが、今まで1人で行動するのが普通だったルークにとって、四六時中張り付くように2人がついてくるのに嫌気がさしていた。その為に近頃は機嫌が悪いことの方が多い。

 ルークはフォルビアの地図を取りだすと、住民の避難が済んだ村と見回りをした地域に印をつけていく。彼等があたりをつけて捜索をした場所はことごとく外れており、その事もルークの不機嫌に拍車をかけていた。

「……悪いが、先に城へ帰ってくれないか?」

 正直、ルークも我慢の限界が近づいていた。ただ、上からの命令でついて来ているに過ぎない2人に八つ当たりするのも気の毒なので、少しだけでもいいから1人で行動したかったのだ。

「しかし、ルーク卿……」

 2人は難色を示すが、記入した地図と報告書を押し付ける様にして年長のシュテファンに手渡す。

「もう一回りして帰る。そんなに遅くはならないはずだ」

「……分かりました」

 言い出したら聞かないのも既に学習済みだった。シュテファンは説得を諦めて了承すると、ラウルと共に遊んでいた飛竜達を呼び戻す。

「早めにお戻りになって下さい」

「分かってる」

 ルークがぶっきらぼうに答えると、2人は飛竜の背に跨った。そして目礼をすると飛竜を飛び立たせた。




「……やっと、1人になれた」

 部下を見送ると、ルークはホッとして枯れた草の上に座り込んだ。温石おんじゃく代わりに熱いお茶を淹れていた水筒を取りだし、もう既に温くなっているお茶を一口飲んだ。

「絶対にあそこにいると思ったんだけどな……」

 フォルビアに戻り次第、ルークは休憩もとらずにエドワルドに進言した場所へ向かった。念のためにラウルとシュテファン、その他数名の竜騎士を伴って古い城塞を襲撃したのだが、そこはもぬけの殻だった。

 ただ、何者かがいた形跡は残っていた。その後も戻って来るのではないかと幾度か様子を見に行ったのだが成果は無く、その他の可能性のある場所もいくつかあたったのだがすべて空振りに終わっていた。

 ラグラスからも一向に要求が無く、捜索は難航を極めて最早手詰まりとなっていた。そしてそれ以上に未だに手がかりすら得られない恋人の行方が焦燥感を募らせていた。

「オリガ……」

 常に身に着けている昨年の夏至祭にもらったお守を握りしめていると涙が頬を伝う。エドワルドを助けるまではそれを最優先で動いていたので無我夢中だったが、最近はふとした拍子に彼女を思い出してしまう。休息をとるのも躊躇われ、ただ、機械的に体を動かし続けていた。


 グッグッ


 エアリアルがパートナーを心配して顔を寄せてきた。ルークはその頭を撫でて気持ちを落ち着かせる。

「湖の周囲をもう少し飛んで帰ろうか?」

 飛竜は嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす。彼等だけなので、加減せずに思いっきり飛べるのが嬉しいのだろう。

 ルークは騎乗用の手袋を外すと、気分をさっぱりさせようと顔を洗いに湖に足を向ける。岸には一面葦が生えているのだが、既に枯れて茶色くなった葉が折り重なるようにして倒れていた。それを後目に冷たい水で顔をざぶざぶ洗っていたのだが、ルークはふと違和感を覚える。一か所だけただ葦の葉が積み重なったにしてはやけに盛り上がっている箇所が有るのだ。

「何だろう」

 ルークは騎竜用の長靴が濡れるのも構わずに葦原の中へ踏み込む。そして盛り上がっている葦の葉を手で払っていく。

「これは……」

 出てきたのは小船の舳先だった。見覚えのある刻印を目にしてルークの鼓動が跳ね上がる。自然に流れ着いたにしては不自然な位置にあり、この船を何者かが隠そうとした意図が読み取れる。

「エアリアル、手伝ってくれ」

 飛竜はルークの頼みに応えて寄ってくる。一呼吸おいて気持ちを落ち着かせ、船を覆っていた葦を取り除く。小舟の中に遺体は無く、葉や雨水がたまっていただけだった。思い浮かべた最悪の事態が回避されて安堵したルークは、もっとよく中を調べる為に飛竜の力を借りてその小船を岸に押し上げた。

「エアリアル、ちょっと待っててくれ」

 ルークは飛竜に断ると、小舟の中をつぶさに調べ始めた。中にたまった水や枯葉等を手で慎重に取り除く。日が昇って気温は上がりつつあるが、さすがに水は冷たく、かじかむ手を時折擦りながらルークは作業を続けた。

「何だ?」

 溜まっていた葉は殆ど取り除き、最後に汚れた水を掻き出していると、何かがキラリと光った。ルークが拾い上げてみると、それは緑色の石がついたイヤリングだった。綺麗な水で汚れを落とすと、その緑色の石は輝きを取り戻した。

「……見つけた」

 ルークには見覚えがあった。恋人が仕える女主が好んで身に着けていたものだ。エドワルドが夏至祭で訪れた皇都のお土産として贈った物だと聞いている。

 いまだに行方不明となっているフォルビア女大公の有力な手がかりを初めて掴んだのだ。ところ構わず叫びたい衝動に駆られたが、まだこれがフロリエのものと決まった訳ではない。ルークは他にも手がかりを得ようと、船の中を隅々まで調べた。

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