119 朗報と凶報3

「手をわずらわせてしまったな。さて、わざわざここまで来たという事は、何か重大な事でも起こったと見て相違ないな?」

「はい」

 2人にお茶を用意して侍女が席を外すと、ミハエルは早速本題に入る。時間が惜しいアレスも促されるままにタランテラの現状を報告しようとするが、そこへ扉を叩く音がして返事をする間も無くディエゴが入って来た。

「義父上、お邪魔します」

「ディエゴ、せめて返事をしてから入って来てくれないか?」

「それは失礼。アレスの話を聞きたくて駆けつけました」

 ミハエルが苦情を訴えるが、彼はそれをさらっと流してアレスの隣に座り込む。

「俺は義姉上を呼んだはずですが?」

「今日は動けないだろうな」

 アレスも冷たい視線を送るが、ディエゴは気にした様子も無く肩をすくめる。この分だとルデラック家に新しい家族が増えるのも時間の問題だろう。

「アツアツなのも結構だが、程々にしてくれ」

「シーナの反応がかわいすぎてなかなか加減が難しいのですよ」

「……」

 惚気のろけるディエゴに他の2人はため息をつく。今に始まった事では無いが、ディエゴのシーナに対する愛情は周囲が胸やけを起こす程だ。もっとも、ディエゴ自身はしゅうとであるミハエルにならっていると公言してはばからない。

「アレス、始めてくれ」

「わかりました」

 ミハエルはこれ以上言うのを諦めてアレスに先を促し、アレスも盛大な溜息をつくと養父の要望に応えてタランテラの様子を報告する。

「ラグラスに囚われていたエドワルド殿下は無事に救出され、皇都への帰還を果たしました。当初の混乱を乗り切れば、スムーズに政権を掌握できたはずです」

「予定外の事が起きたのだな?」

 アレスがわざわざ出向いたからにはそれだけで済まない事をミハエルもディエゴも心得ている。先程までとは打って変わって真剣な表情で先を促す。

「はい。フォルビア正神殿の神官長を人質にしてラグラスが逃亡しました」

「何?」

「それで逃げ切れると本気で思っているのか?」

「分かりません。ただ、現時点でどこにいるかは今のところ不明です。戻れば何か進展していると思いますが……」

 アレスがタランテラにいる間にラグラスからの要求は一切なかった。それが少々不気味でもあり、年長の2人も考え込んでしまう。

「問題はもう一つ。父上は竜騎士の能力を高めると言われる『名もなき魔薬』をご存知ですか?」

「……もちろんだ」

 ミハエルもディエゴも思わず息を飲む。その様子から2人共あの禁止薬物の存在を知っている様だ。アレスは話を続ける。

「その原料となる薬草がワールウェイド領で大量に作られていました」

「何だと?」

「本当か?」

 アレスが頷くと2人共顔をしかめる。

「しかもベルクが関わっている可能性があります。決定的な証拠があるわけではないのですが、可能性はかなり高いかと……」

「その根拠は何だ?」

「その薬草園に高位の神殿関係者が視察に訪れ、その後に皇都に向かったという話です。そしてレイドが皇都の大神殿で奴に会いました。ワールウェイド公に招かれたそうですが、奴がワールウェイド領に立ち寄った時期と神殿関係者が視察に訪れた時期が重なります」

「……」

「他には?」

 ミハエルもディエゴも渋い表情を浮かべている。勿論これだけでは可能性があるにしても断定しきれない。

「今年収穫した分は既に搬出され、それがマルモアに運ばれたようです。かの地はゲオルグ殿下が総督を務めていましたが、実際にはワールウェイド公によって治められていました。そしてそのマルモアからタルカナに向けた船が予定を早めて出ています。」

「……何とも言えぬな」

「マルモアを出港したのなら、積荷は銀器とサントリナ領で焼かれた磁器の可能性が高いな」

 10年ほど前、タランテラに傭兵として雇われていたディエゴは、地理を脳裏に思い浮かべる。当然、彼は各地の特色も全て記憶している。

「……詰め草としてカモフラージュしている可能性は有るな」

 どちらも高価な物である。傷がついたり、割れたりしないように厳重に梱包されるのは当たり前。その梱包に使われる詰め草がすり替わっていても、そうと気付く者は殆どいないだろう。

「あり得るだろうが、はっきりとベルクの指示で行われたことを証明するのは難しいぞ」

「……そうですね」

 今までも疑わしい事件はあったが、狡猾な彼はなかなか尻尾を掴ませない。彼を追い込むには相当な根回しが必要である。

「マルクスにはベルクの動向を、スパークには引き続きマルモアを調べさせています。戻る頃には新しい情報も入って来ると思います」

「現段階ではあからさまには動けぬ。タランテラ側はこの事に気付いているのか?」

「どこまで把握しているかまでは分かりませんが、討伐の準備もありますし、対処しきれるかどうか……」

「確かに……」

 3人は一様に考え込んでしまう。

「奥の手を使うか」

 しばらくして諦めたようにミハエルが口を開く。

「アリシアに手紙を書く。彼女から当代様(現在の大母の事)に事の次第をお知らせして手を貸して頂こう。本当にベルクがあの薬に手を出しているのなら、タランテラ一国では手に負えぬ。他国の友人達にも協力を求める」

 長く首座を務めるミハエルには他国にも多くの知己がいる。本当に信用が出来る相手に打ち明け、協力を求めなければベルクを追い込むことは不可能である。

「では、私も伝手を使ってタランテラの支援を致しましょう」

 ミハエルとはまた違った意味でディエゴも顔が広い。傭兵時代の伝手を使えば、冬を乗り切るための兵力を北へ送る事も可能だろう。ついでに逃げた盗賊達の行方も追えるかもしれない。

「フレアの事はどうしますか?」

「まだ伏せておくしかない。ベルクに知られれば、状況がさらに悪化する可能性がある」

 ベルクはフレアが行方不明と聞いて確認の為にわざわざラトリに足を運ぶほど彼女に対して異常な執着を見せていた。エドワルドの妻となり、彼の子を身籠っていると知ればどんな行動に出るか予測がつかない。だが、フレアが危険に曝される事は間違いない。

「とにかく、あの子がブレシッドに移れるようになるまでは公表は避ける」

「はい」

 エドワルドが無事と分かっても、手紙はおろか自分達の無事も知らせられない。フレアも小さな姫君もきっとがっかりするだろうが、身の安全には代えられない。一刻も早く問題が解決することを願うばかりだ。

「新しい情報が入ったら、ラトリ経由でいいからこちらにも知らせて欲しい。ちょっと時間差が出来るが、その都度対応を検討する」

「分かりました」

「すぐ手紙を書く。それまで少し休んでいなさい」

 ミハエルは侍官を呼び出し、はるばる北国からやってきたアレスに部屋を用意するように命じた。そしてアレスとディエゴが部屋を退出すると、ミハエルは真剣な表情で机に向かったのだった。



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残念な首座様も再び登場w

しかし、トップがこんなんで、更にそれを支える娘婿もあんなんだし、この国は大丈夫か?

次話、ルークが奔走します。


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