122 朗報と凶報6
「このような
村長夫婦は玄関先で揃ってルークを出迎える。突然現れた竜騎士に戸惑ってはいるが、他の村人のように浮足立った様子は無い。人生経験を重ねた先達に敬意を表し、ルークは丁寧に頭を下げた。
「前触れも無く突然現れ、皆様をお騒がせして申し訳ありません」
「いえ、妖魔より力なき我らを守って下さる竜騎士方に助力致すは当然の事。何か目的があってお越しになられたご様子。狭いあばら家でございますが、どうぞ、中にお入りください」
客間に通され、奥方がお茶と素朴なお茶請けを用意して勧めてくれる。本人は気づいていないが、夜通し働きづめだった彼は明らかにやつれていた。そんな彼をどうしても放っておけなかったのだ。
「私はとある方々の行方を捜しております。今朝ほど、その手がかりらしきものを見つけたのですが、もしかしたらこちらに立ち寄ったのではないと思い、寄らせていただきました」
温かいお茶もお茶請けもありがたいが、ルークにはのんびりお茶を飲んでいる暇はない。彼は村長夫婦が向かいの席に腰を落ち着けると、すぐに本題に入った。
「とあるお方とは?」
「フォルビア女大公フロリエ様とご息女のコリンシア姫……そしてその側付きの姉弟です。夏の内乱の折に行方が分からなくなり、今もどこにいらっしゃるのか分かりません。その手がかりを北西の湖畔で見つけたので、こちらに立ち寄ったのではないかと推測しました」
ルークは真っ直ぐに村長夫婦を見据えて事情を説明すると、2人は顔を見合わせ頷き合う。そして奥方は「少しお待ちください」と断りを入れて席を立った。
「雷光の騎士様、どうしてその方々がこちらに寄ると推測されたのですか?」
「彼等はリラ湖の北で船に乗ったあと行方が分からなくなりました。どこの岸に着いたとしてもロベリアに向かう可能性が高いのは皆の一致した見解です。そして彼らが乗ったと思われる小舟がここから北西の岸で見つけました。憶測でしかありませんが、こちらへ向かったのは間違いないと思います」
「そうですか……」
ルークの答えに村長はため息をついた。そこへ奥方が何かの包みを抱えて戻ってきた。そしてその包みをルークの目の前に置く。
「どうぞ、中をお確かめ下さい」
村長に促されてルークは包みに手をかけた。中身は柔らかい何かの束が入っていた。
「これは……」
ルークは中身を見て絶句する。それは3束の髪の毛だった。2つは癖のない見事な漆黒。そして残る1つは光り輝くようなプラチナブロンドだった。ルークは青いリボンで束ねられた柔らかな癖毛を震える手で撫で、そして見覚えのあるレースのリボンで束ねられた黒髪を手に取った。
「……オリ……ガ」
絞り出すような声で恋人の名を呟き、彼女の髪の束を握りしめる。気付けば溢れた涙が頬を伝って流れ落ちていた。
「ルーク卿……」
その姿に村長夫婦はかける言葉も見つからず、そのまま彼が落ち着くまで無言で見守り続けた。
ルークがフォルビア城に戻った時には日が傾き始めていた。随分と遅い帰還に慌てた様子でシュテファンとラウルが着場に飛び出してきた。
「ルーク卿、あまりに遅いので、何かあったのではないかと……」
「すまん。ちょっと手がかりを見つけて……ヒース卿は?」
ルークはバツが悪そうに答えると、エアリアルを係官に任せて荷物の入った背嚢を降ろした。
「執務室です。お帰りが遅いので、随分とご立腹です」
「だろうな……何かあったのか?」
着場からヒースが執務室として使っている部屋に向かう道すがら、ルークは妙な緊張感を感じ取っていた。
「ロイス神官長が解放されたそうです」
「何だって?」
「詳しくはヒース卿から叱責と共にお聞きください。色々とあてにされておられたようですので」
全てを聞き出す前に執務室についていた。ルークは落とされるであろう特大の雷を覚悟し、腹をくくってその扉を叩く。
「ルークです。ただ今戻りました」
「……入れ」
その地を這うような声にヒースの機嫌の悪さを感じ、ルークはゴクリと喉を鳴らすと覚悟を決めて扉を開けた。
「遅い!」
「申し訳ありません」
ルークは深々と頭を下げる。ちょっとだけのつもりが連絡なしで一日単独行動し、更にはその間に大事件が起きているのだ。謝罪だけでは済まされない失態だった。
「何が起きたかは聞いたか?」
「少しだけですが」
「ラグラスは交渉の相手にベルク準賢者殿を選び、秘密裏に交渉が行われた。もうじきベルク準賢者がこちらへ来られ、詳しい経緯や奴の要求をうかがえることになっている」
連絡を寄越したのは全てが終わった後。機密扱いとはいえ、当事者であるこちらに一言の相談も無かったのだ。フォルビアのみならず、タランテラという国を完全に無視したベルクのやり方にヒースは怒りを覚えていた。
「ところで、この非常時にお前は一体何をしていた?」
詳しい情報が入っていない事もあって、今現在入手できているロイス神官長に関する情報はこれだけだった。ヒースは1人で出歩いていた補佐役を見据える。
「こちらをご覧ください」
ルークは背嚢から包みを取りだした。ペラルゴ村で村長が預かっていた3人の髪である。そしてそれと共に小舟で見つけたあのイヤリングも添えた。
「……これをどこで?」
さすがのヒースも目立つプラチナブロンドを目にして顔色を変える。ルークは部下と別れた湖畔で小舟を見つけた経緯とペラルゴ村で村長から聞いた話をかいつまんで報告する。
「確かに4人はあの村に立ち寄りました。村長は4人を引き留めようとしましたが、村人達が巻き込まれるのを恐れたフロリエ様はそれを断ったそうです。そこで旅に必要な物を揃え、荷車と
「4人はどちらに向かったか聞かれたのか?」
「ロベリアに向かったそうです。それから……村長殿は4人に手形まで発行してくれています。それが偽装にあたると思い、4人の事が気になっても自ら問い合わすことが出来なかったと言っておられました」
ルークは懐から村長から預かった手形の写しを取りだしてヒースに渡す。ヒースはその写しを食い入るように見つめる。
「すぐに照会させよう。殿下にもこの事は知らせなければ……。ルーク、一息休んだら皇都へ行ってくれ。但し、ラウルを同行しろ」
「は、はい」
「お前が休んでいる間にロイス神官長解放の詳しい経緯を聞き出して報告書を書く。その頃には手形の照会も終わるだろう」
「分かりました」
ルークは頭を下げると、3人の髪の毛を再び厳重に包む。そしてもう一度ヒースに頭を下げて執務室を後にした。
「オリガ……」
自室に戻ると、ルークは恋人の髪を取りだして口づけた。ようやく恋人の行方の手がかりを得たが、何故か心は晴れなかった。
既にワールウェイドやラグラスの起こした内乱が終息し、エドワルドが国主代行に就任したのは国の内外に通達してあった。それなのに未だに彼女達が現れないのは、何か不測の事態が起きたとしか考えられなかった。
「無事でいてくれ……」
ルークはオリガの髪を握りしめながら強く願った。
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