106 不穏な気配3

 日が沈み、酒場がにぎわい始めた頃に起きたアレスは、マルクスと共に腹ごしらえをしながら情報交換を始めた。

「例の薬草園からマルモアへ荷が運ばれているらしい。ワールウェイド領を抜けて陸路で運ぶよりも、一旦フォルビアへ出て川船を使った方が楽で早い。荷を運びやすいように川岸まで街道も整備されていた。おそらく親族の誰かがワールウェイドから金を貰って便宜を図ったんだろう」

「マルモアですか。それでスパークのアニキが?」

「ああ。その薬草園へつい最近、高位の神官が見学に来たらしい。誰かまでは分からないが、気になってな」

「……」

 アレスの言葉にマルクスは少し眉をひそめる。

「どうした?」

「その神官と同一人物かどうかわからないが、今、ベルクが大神殿に滞在しているらしい」

「何?」

 毛嫌いする人物の名が上がり、アレスはとたんに不機嫌になる。

「叔父である老ベルク賢者の代理で、近々あげる予定だったあのバカ皇子の即位式と婚礼に招かれたらしい」

「……」

「帰って来たのがあのおバカ皇子じゃなくてエドワルド殿下だったわけだが、予定が狂って今頃慌ててんじゃないか?」

 マルクスもベルクには良い印象を持っていない。いや、アレスを「若」と呼ぶ聖域の住民達の多くは、老ベルクを中心とした賢者達が行った彼に対する仕打ちを知っているので、反感を抱いていた。更にはベルクがフレアに放った暴言が重なり、礎の里の中枢に対する信用は皆無に等しい。彼等にとって、真の賢者はペドロ1人だけだった。

「もしベルクが関わっているならば、俺達だけで対処しきれないかもしれない」

 まがりなりにもベルクは準賢者とも呼ばれる一位の高神官である。大賢者の引退に伴い、近々賢者の中から大賢者が選ばれるのだが、そうなると賢者の席にも空きが出来、新たに準賢者の中から賢者が選ばれる事になる。複数いる候補の中で、最もその可能性が高いのがベルクだった。

 対して賢者の孫とはいえ、竜騎士の身分をはく奪されているアレスが少々騒いだところで相手にすらされないだろう。下手すれば後見であるミハイルや祖父のペドロにも累が及んでしまう。

「どうしますか?」

「調べるだけ調べて祖父さんと父上に知らせよう」

 マルクスはうなずくが、どうにも腑に落ちない様子である。

「なあ、若。あの薬が危険なのは分かる。それで使用が禁じられているのも分かる」

「ああ」

「とっくの昔に使えないものだと分かっているソレを何で今更リスクを冒して育てているんだ?」

 マルクスは声を潜めてアレスに尋ねる。この一件に神殿が絡んでいるならば、尚更理解できない。

「判断材料が少なすぎて俺にも正直分からない。だが、聞いた話によると、昔と比べると竜騎士の質も数も落ちているそうだ」

「そうなのか?」

「ああ。今、礎の里ではその対策を練っている最中らしい」

「もしかして、その対策の1つがこれか?」

 マルクスの眉間に皺が寄る。

「言い切るには証拠が足りない。だが、神殿関係者が関わっているにしてもこれはそいつらの独断なのは間違いないだろう」

「本当か?」

「ああ。神殿は聖域だけじゃなく、いくらでも温暖な地域に薬草園を持っている。里の合意を得ているなら、寒さに弱いこの薬草をわざわざこんなところで育てる必要は無い」

「なるほど」

 アレスの説明に得心した様子でうなずく。

「付け加えるならば、基本的にこの薬は麻薬の部類に属する。一度使ってしまえば、もうやめる事は不可能だ。能力を高める有用な部分だけを取り出すのは無理だと思う。もし仮にこの薬を使えるように改良したとしても、飛竜がパートナーとして認めてくれなければ意味がない」

 飛竜に認められてこそ竜騎士である。足りない資質をいくら薬の力で増やしてところで、飛竜がパートナーとして認識しなければその力を充分に発揮できない。これだと肝心の竜騎士の数はさほど増やすことが出来ない。

「今はまだ結論を出すには早急すぎる。とにかく俺は明日またマルモアへ行く。マルクスは大神殿の客が本当にベルクか調べておいてくれ。ついでにそいつの動向もだ」

「了解」

 エドワルドの復権を見届け、当初の目的はほぼ達成した。当面は忙しくて会うことも出来ないだろうが、近いうちにエドワルドに面会を求めて姉と小さな姫君が無事だと言う事を知らせればタランテラでの任務は終わるはずだった。

 だが、ラトリを出る時には思ってもいなかった問題にアレスは深いため息をつく。無理に自分が解決しなくてもいいのだが、死んだ恋人の一件に関わるあの薬が絡んでいるのがどうにも気にかかる。

「調査結果次第だが、祖父さんと父上の所へ行ってもらうかもしれない。頼むぞ」

「任せて下さい」

 マルクスは神妙にうなずいた。




 他の酒場へ情報収集に出たマルクスを見送り、マルモアへまた戻るアレスは部屋に戻って寝台に潜り込んだ。夕方に少し寝たのでそれ程眠くは無いのだが、休める時にはしっかり休んでおくのが習慣となっていて、横になっているといつの間にか寝入っていた。


 クウ、クウ……。


 小竜の甘えるような鳴き声でアレスは目を覚ました。室内を見渡すがその姿は無く、アレスは寝台から降りると窓を開けた。白々と夜が明け始めた時刻で、外のひんやりとした空気と共に見慣れた小竜が室内に入ってきてアレスの腕に止まる。肌寒さに思わず身をすくめ、窓を閉めると明かりをつけた。

「よしよし……。遠くからよく来たね」

 腕の中にいるのはアレスがレイドに預けた小竜だった。フォルビアから来た彼を労いながら、体に付けられた小物入れから伝文を取りだす。

「……嘘だろう? 何やってんだ、フォルビアの連中は?」

 そこには、ラグラスがロイス神官長を人質にして逃げたと記されていた。思わず拳で寝台を殴りつける。

「こうしてはいられない」

 アレスは手早く身支度を整えると、マルクスを叩き起こしに部屋を出て行った。


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