105 不穏な気配2

「国内の主だった神殿には既に、殿下の御存命と国主代行になられたことを通達いたしました。大半の神殿からは殿下の国主代行就任に歓迎を示して頂きましたが、マルモア正神殿だけは何の反応もございません」

「マルモアか……。確かあそこの神官長はグスタフの奥方の縁戚だったな」

「左様です」

 ゲオルグが名前ばかりの総督を務めていたマルモアは第2のワールウェイド領と言っても過言では無かった。コネを総動員した人事がまかり通っているが、住民が不当に搾取さくしゅされるような事態にはおちいっていないのでハルベルトも口を挟めずにいた。その辺りのグスタフの手腕はさすがとしか言いようがない。

 元々礎の里にも強い繋がりを持っているので、自分に都合のいい高神官を招くこともお手の物だろう。グスタフが失脚したのを信じられないのか、彼同様にエドワルドを本物と認めたくないのか……。国内の他の神殿は既にエドワルドを認めているので、マルモアだけがどうあがこうとも神殿側の総意が覆る事はもうない。だが、何の反応もないのは少々不気味でもある。

「マルモアには既に竜騎士を派遣しておりますが、こちらの混乱が収まり次第文官も派遣する予定です」

「様子をうかがっておくか……」

「私が行って参りましょうか?」

 エドワルドの意向を察し、アスターが手を上げる。

「そうだな、行ってくれるか?」

 アスターが皇都を留守にしても、ブロワディやヒースがいれば問題なく竜騎士達をまとめられる。そう判断したエドワルドは彼に全権を託すことに決めた。

「私も同行したいのですが……」

 遠慮がちに手を上げたのはマリーリアだった。アスターに同行するのは当然とも取れるが、何か決意を秘めた表情から察するに何やら理由があるのだろう。

「理由を聞かせてくれるか?」

「あの人の今際の言葉が気になるのです」

「グスタフの?」

 マリーリアの答えにエドワルドは首をかしげる。

「マルモア離宮と仰いました。確信が有るわけでは無いのですが、何かある気がして……」

「そうか。気持ちは分かるが今はダメだ。マルモアはまだグスタフの影響が強く残っているはずだから、君には危険すぎる」

「はい……」

 エドワルドの言いたい事は分かるので、マリーリアは項垂れながら素直にうなずいた。

「気落ちする事は無い。今すぐには無理だが、いずれその機会を設けよう」

「はい」

 確信がない事で無理を押し通す事は出来ない。マリーリアは諦めてエドワルドの決定に素直に従った。

「早ければあとひと月ほどで初雪が降る。そうなれば妖魔の襲来も始まるだろう。十分な準備を整えるには時間が足りない。妖魔の被害を最小限に抑えるためにも各領主には境界を越えた協力を求める」

 エドワルドの方針に今までグスタフの考えに同調していたリネアリス公も同意する。現在の当主は時の勢力に逆らわない事で今まで大過なく過ごしてきた。グスタフの偽りとまやかしが明るみになり、更には彼が死亡した事でリネアリス公は掌を返してエドワルドに恭順を示したのだ。

「ワールウェイド領とフォルビア領は総督を指名し、当面は国が管理する。ワールウェイド領は既に総督としてリカルド・ディ・ヴァイスを指名している。エルフレート、彼を補佐し、一隊を率いて騎士団を掌握してくれ」

「か、かしこまりました」

 この場に呼ばれたからには何か任務を与えられるのだろうと予測をしていたのだが、思ってもいなかった大任を任されてエルフレートは驚く。だが、ハルベルトを守りきれなかった失態を償う決意は揺らいではいなかったので、彼は固辞しないで頭を下げた。

「フォルビア領はヒース、総督と団長を兼務で任せる。補佐としてあの一帯を知り尽くしているルークをつける。ロベリア総督は慰留。第3騎士団団長はリーガスに任せ、クレストを副団長に付ける」

 新たな人事にヒースもリーガスも半ば諦めの境地で受けた。固辞した所で、誰も代わりに出来る者がいないのだ。

「ブロワディは引き続き第1騎士団をまとめ、その補佐をアスターに任せる。その他具体的な人員の移動は各団長と協議して決めてくれ」

 本当はヒースを呼び戻してアスターにフォルビアを任せるのが最善なのだろうが、飛竜共々怪我から回復したばかりで調子を取り戻していないアスターには負担が大きすぎるとエドワルドは判断していた。

ブロワディは辞意を示していたのだが、人手不足を理由にエドワルドが却下した。アスターも長く皇都を離れていたのでそうすぐには大所帯の第1騎士団をまとめ上げるのは困難だろう。長年第1騎士団をまとめてきた彼の力がまだどうしても必要なのだ。

 それは国政に関しても同じことで、サントリナ公やブランドル公、そしてグラナトの力をどうしても借りる必要があった。エドワルドは彼等に改めて協力を要請し、彼等も快く引き受けた。

「お取込み中、失礼いたします」

 大体の方針が固まり、エドワルドの体調も考慮して会合をお開きにしようとしたところで、扉の外を守っていたルークが入室の許可を求めてきた。

「何事だ?」

 何か嫌な予感しかしないのだが、エドワルドが許可すると、ルークと共に現れたのは憔悴しょうすいしきった様子のゴルトだった。クレストと共にフォルビアの事後処理を任せてきた彼が現れた事で、嫌な予感が的中した事を悟る。

「殿下、申し訳ございません。ラグラスに逃げられました!」

「何?」

 告げられた内容に一同は愕然がくぜんとした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る