58 一族を上げて2

「しかし、よくこっちまで来る気になったな?」

 遠慮なくお茶とお茶菓子を口にしながらルイスはアレスに話しかける。アレスも屈託のないその様子に苦笑しながらお茶を口に運ぶ。

「何やら変事があって父上も母上も中央宮に詰めていらっしゃると、ミアーハで耳にしたのでこちらまで押し掛けてしまいました。お忙しいのに申し訳ありません。」

 生真面目に不意の来訪を謝罪する息子に、ミハイルの機嫌も直る。彼はどうやら血を分けた息子よりもアレスの方を気に入っているらしい。

「いや構わぬ。こうして頼りにしてくれるのは嬉しい限りだ」

「そうよ、アレス」

 アリシアも笑顔で答える。

「ありがとうございます。実は各国の世情を知りたく、参上致しました」

「ほぉ……」

 珍しい事だと思いながらミハイルはアレスの顔を見返す。政治に今までほとんど関心を示したことがなく、ましてや他国の事など気にもとめたことがない彼からそんな言葉が出るとは夢にも思わなかった。だが、いい傾向だと思ったのか、ミハイルは近隣諸国の最近の情勢を話し始めた。

「3年後に代替わりする大母の候補を早くもエルニアが礎の里に送り出した。まだ10歳の姫君だ。しばらくエルニアからは大母が排出されていないからな。今度こそはと力が入っているのだろう。

 他には礎の里の大賢者が今年限りで引退を表明された。春には新たな大賢者が選出される。

 身内がらみの話はクロウェア公国の姫君が南のダーバへの輿入れが正式に決まった事ぐらいかな。後は……」

そこまで説明して珍しくミハイルが言いよどむ。

「他にも何かあるのですか?」

 アレスがいぶかしんで先を促す。

「そなたには快い話ではないが、タランテラで政変が起こったらしい」

「タランテラで?」

 ルイスも初耳なようで、興味をひかれて身を乗り出しかけるが、アレスに配慮して元の位置に座りなおす。

「この話はこのぐらいにしよう」

 ミハイルはそう言って話を変えようとするが、アレスは居住まいを正してミハイルに向き直る。

「いえ、続けて下さい」

「……」

 ミハイルはアリシアと顔を見合わせるが、何かを悟って彼の要望に応えることにした。

「タランテラの現在の国主はアロン陛下とおっしゃるが、どうやら決断力に欠けるようで国政の大部分を家臣に任せておられたようだ。特に2年前に病に倒れられてからはほとんど国政に関与しておられない様子だ」

「後継者はいなかったのですか?」

 ルイスが口をはさむ。彼も他国の内情までは詳しく知らないようだ。

「アロン陛下には3人の皇子がおられた。長子は20年ほど前に別荘の火事で奥方と亡くなられている。かろうじて生まれて間もない皇子が助け出され、その子は健在だ。

 第2皇子のハルベルト殿下は3年前に竜騎士を引退され、その後は父親を補佐する為に国主代行に就かれて今年の国主会議に参加されるご予定だった。だが、途中で海賊に遭遇し、亡くなられてしまった。いつの国主会議だったか、父親の護衛をしておられた彼と挨拶を交わした事があったが、英明そうな方だった。あの方なら国交回復の交渉をしても悪くないと思ったのだが、残念だ。

 第3皇子は何と言われたか……」

さすがのミハイルもここで言葉がつまり、記憶をたどるように頭に手をやる。

「エドワルド……」

 ぽつりとアレスが言う。

「あ、そうそう……」

 とミハイルは言いかけてハッとした様子で息子を見る。

「アレス?」

「続けて下さい、父上」

「あ、ああ。外交の舞台には出てこられたことは無いが、若くして直轄地の総督と騎士団長を兼ねる切れ者らしい」

 不審に思いながらもタランテラ皇家について知っていることをミハイルは2人の息子に話して聞かせる。

「優秀な息子がいるなら、さっさと国主の位を譲ればいいだろうに」

 あきれたようにルイスが口をはさむ。

「国主が直接後継者を選べない制度にしているからな。実際にアロン陛下が倒れられた時も次代の国主を選ぶ会議が開かれたらしいが、意見が分かれてまとまらなかったらしい」

「候補が多すぎるのも問題ってことか」

 肩をすくめてルイスがつぶやく。そんな息子をしり目にミハイルはさらに話を続ける。

「その優秀な皇子が相次いで亡くなったらしい。入ったばかりの情報では、ハルベルト殿下は先ほども言ったが国主会議に向かう途中で海賊に殺され、弟のエドワルド殿下は財産目当てで近づいた女に毒殺されたとある。

 皇家の直系で残った男子は亡くなられた第1皇子の息子だけ。その皇子の母方の祖父はワールウェイド公だ。今、タランテラの国政は我が物顔でワールウェイド公が仕切っているという」

「まさか」

 意外そうな声を上げるルイスの横で、アレスは唇を強く噛み、手を固く握りしめている。その様子にミハイルはとうとう話を切り上げてはるばる訪ねてきた息子に向き直る。

「そろそろ聞かせてもらおうか、アレス。そなたの用向きを」

「……」

「タランテラと関係があるの?」

 すぐには口を開こうとしないアレスにアリシアも心配げに言葉をかける。彼は肯定も否定もせずに静かに語り始めた。

「フレアが帰ってきました」

「!」

「本当か?無事だったのだな?」

「まあ、どうしてそれを先に言わないの?」

 3人は取り囲むようにアレスに詰め寄る。

「無事と言えば無事なのかな……。1年半前、トラブルに巻き込まれた時に記憶を失っていたらしい。記憶は戻りつつあるようだが、まだ完全ではないと言っている」

「まあ……」

 心配げにアリシアが声を上げる。

「聞いた話では、フレアは妖魔に襲われている所をタランテラの竜騎士に助けられたらしい。小竜のクルートが最後までフレアを守ろうとしたのを気に留めて下さって、その方はご親戚のお屋敷に彼女を預けられたそうだ」

「……」

 アレスが静かに話し始めると、3人は椅子に座りなおして彼の言葉に耳を傾ける。聞きたいことは山ほどあったが、大人しく聞いていた方が早く済むと判断したのだろう。

「3日前、俺達が逃げた盗賊の行方を追っている時、偶然に聖域に向かう途中の彼女達を見つけた。フレアには同行者が3人……いや、正確には4人と2匹いた」

 話が長くなることを察し、アリシアが空になったアレスの茶器に新しくお茶を注ぐ。彼はそれを飲んで一息ついた。

「1人目はあちらのお屋敷でフレアの身の回りの世話をしてくれていた侍女。2人目はその侍女の弟でもうじき竜騎士見習いになる予定の少年。3人目はフレアを助けてくれた竜騎士の娘でフレアを実の母親の様に慕っている。2匹のうちの1匹は年老いた牝馬で、もう1匹はクルートの代わりとして竜騎士殿がフレアに与えてくれた小竜だ。こいつのおかげで俺達は彼女達の元へ駆けつけることが出来た」

「アレス、4人目の同行者は?」

 ルイスが疑問に思って口をはさむ。

「4人目は……彼女のお腹の中にいる」

「え?」

 アレスが言っている事を3人はすぐには理解できなかった。

「フレアはこの春に助けてくれた竜騎士と組み紐の儀を済ませた。その竜騎士が、当時ロベリア総督兼タランテラ第3騎士団団長をしていたエドワルド・クラウス・ディ・タランテイル殿下だ」

「な……」

 ある程度予想をしていたとはいえ、それを上回る展開にさすがのミハイルもアリシアも言葉が出ない。ずっとフレアの事が好きだったルイスに至っては既に半泣きの状態である。

「アレス、子供がいるって言う事は、そいつには妻がいるのではないか?」

 ルイスはほとんどつかみかかるようにしてアレスに詰め寄る。

「最初の奥方は子供を産んですぐに亡くなられたそうだ」

「……」

「略式だが、神官の前で誓いは済ませている。正式な婚礼はこの秋にあげる予定だったらしい」

 アレスの返答にルイスは力が抜けたように椅子に座り込んだ。

「詳しい経緯を聞いているのなら、全て教えてちょうだい」

 アリシアは気持ちをすぐに切り替え、アレスに話の続きを促す。アレスも頷くとオリガに聞いた向こうでのフレアの暮らしぶりと事件のいきさつを静かに語った。

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