57 一族を上げて1

 プルメリア連合王国首都ソレル。元々交易都市だったこの街は旧プルメリア王国の主家が絶えたために分裂、独立した7つの公国が紆余曲折を経て統合するにあたり、国の中間地点にあるということで首都に定められた。その為、商人達が自治権をもって運営している旧市街と、各公国の公邸及び、国の中枢機関が集まる新市街とに分けられている。

 しかしながら統合されて100年近くたった現在も、各公国はそれぞれの公王の元で統治され、時にはバラバラの行動をとることもあった。そこで各公国間でのもめ事や、対外的な問題が起こった時に各公国の意見調整役として7人の公王の中から国主に相当する首座の地位を定めた。現在の首座はブレシッド公国のミハイル・シオン・ディ・ブレシッド。38歳の若さで首座に着き、10年以上連合をまとめてきた屈指の実力者だった。




「本当のようだな……」

 新市街にある王国中枢の中央宮。その首座の執務室で部下からの報告を受けたミハイルは呟いた。部屋には彼の他に報告に来た政務官とブレシッドを除くソレル駐留の各公国の大使、そしてミハイルの補佐官も務めている妻のアリシアがいる。

「タランテラのハルベルト殿下が亡くなり、かの国では政変が起きている。どうやらあのワールウェイド公が実権を握っているらしい」

 報告書に目を通すと、妻や各公国の大使たちにも報告書を見せる。直接の交流が無いにしても、他国の動向は気になるところである。第一報は国主会議の最中に届き、各国に少なからず衝撃を与えた。その確認の為に人を送り込んでいたのだが、その調査報告書がたった今届いたのだ。

「しかし、ハルベルト殿下には弟がおられたはずですが?」

 シャスター公国の大使が首をかしげる。

「彼も亡くなったらしい。噂では財産目当てで近づいた女に殺されたとか……」

「女ですか?」

 疑わしい表情で逆に聞かれるが、ミハエルも肩をすくめるしかない。

「分からん。いずれにせよ情報が不足している。次の報告を待つしかない」

「そうね……ガウラの方からは何も情報は入ってきていませんか?」

 連合の北、ガウラと隣接するサーマル公国の大使にアリシアが尋ねる。4年前の一件以来、連合全体ではタランテラだけでなくガウラとも交易は極力避けていた。だが、ガウラと隣接するサーマルだけは細々と続けているので、大陸北方の情報も入ってきやすい。

 ガウラのさらに北がタランテラで、ガウラ王家にはハルベルトの妹が嫁いでいる。更にはハルベルトの妻はガウラの貴族の出身だった。その為にタランテラの情報は比較的早くガウラに入り、更にはサーマルにも自然と伝わってくる。

「ガウラにしても寝耳に水のようで、ひどく混乱しているようです」

「無理からぬことだな」

 ミハイルだけでなく他の大使達も対策が思いつかないようで、困った様に唸っている。するとそこへ戸を叩く音がして若い侍官が恐縮した様子で入室してくる。

「失礼いたします」

「どうした?」

 ミハイルだけでなく、高官が集っている執務室に入ったために、若い侍官はガチガチに緊張している。ミハイルは彼の緊張をほぐすように、穏やかに尋ねた。

「あ……あの、陛下にお会いしたいと、お客様がお見えでございます」

「来客の予定は無かったはずだが……」

 ミハイルは首をかしげる。急な来客にしても、国主に相当する彼の客ならば普通はもっと高位の文官が取り次ぐしきたりである。

「名前は伺ったか?」

「はい、アレス・ルーン様と名乗られました」

「!」

 侍官から聞いた名前にミハイルと傍らに控えるアリシアは驚きを隠せなかった。

それは大使たちも同様で、一瞬執務室の空気が固まる。

「あ、あの……」

 若い侍官は自分が何か失態をしたのではないかと思い、おろおろし始める。

「どこで待たせている?」

「に……2階の蔦の間でございます」

 我に返ってミハイルが尋ねると、侍官は上ずった声で答える。怒られるのではないかと恐れているのだ。

「方々、先ほどの件はまた後ほど協議致すとしよう」

 ミハイルは大使たちにそう宣言すると、アリシアを伴ってそそくさと執務室を後にする。

「かしこまりました」

 我に返った大使達はかろうじてその背中に声をかけた。

「あの、一体……」

 取り残された侍官は訳が分からずに呆然とその場に立ち尽くした。

「そなたが彼を知らないのも無理はない」

「アレス・ルーン様は陛下の御子息だ」

 笑いをかみ殺すようにルデラック公国の大使とリナリア公国の大使が侍官に語りかける。

「え?ですが、公子様はルイス殿下お一人では……」

 驚いた様に言い返すと、サーマル公国の大使が渋い表情で答える。

「彼は陛下の御養子だ。どういう訳か、ご夫婦揃ってあの姉弟に随分と肩入れなさる。困ったものだ……」

 アレスに対してあまりいい感情を持っていないようで、サーマル公国の大使はブツブツ言いながら執務室を後にしていく。他にも北部のシャスター公国とバビアナ公国の大使は同様の考えのようで、不機嫌そうにその後に続く。

「資質はどこの子息よりも高いからね。だが、惜しい事だ」

 クロウェア公国の大使はのんびりとそう言うと、侍官の方をポンと叩いてゆったりとした足取りで部屋を出て行った。

「そなたは何も失態はしておらぬ。心配せずに仕事にもどりなさい」

 ルデラック公国の大使に言われ、ようやく若い侍官はほっとする。そして残った大使2人に頭を下げると、自分の仕事に戻っていった。

「しかし、彼がここへ来るとは珍しいな」

「確かに。余程の事が起こったと見える」

 ルデラック家とリナリア家はブレシッド家と縁続きと言うこともあって特に内情に詳しい。アレスがあの一件以来、ブレシッド公国の公都ミアーハに顔を出すことはあっても、ソレルに来たことは一度もない。他の公王の中には自分の事を快く思っていない事を知っている彼がミハイルやアリシアの立場に考慮し、出しゃばらないようにしているのだ。

「早くどうにかしてやりたいのだが……」

「全くです」

 2人の大使は才能豊かな青年の事を思い起こしながら静かに執務室を後にした。




 ミハイルとアリシアは急ぎ足でアレスが待っている蔦の間へと向かった。中央宮がいつになくざわついているのは、ミハエルを訪ねてきた若者は一体誰なのだろうかと特に若い女官達が浮足立っている為のようだ。そんな中を供もつれずに歩く2人の姿を行き交う人々は何事かと見送る。

 2人が蔦の間に入ると、黒髪の若者が椅子に座って外の景色を眺めている。手の平に空となった茶器をのせ、考え事をしているのか2人に気付く様子もない。

「アレス」

 声を掛けられて若者はようやく我に返り、あわてて茶器をテーブルに置いて立ち上がる。そして洗練された動きで2人に頭を下げた。

「突然に押しかけて申し訳ありません」

 装飾を抑えた濃紺の正装はアリシアが毎年用意しているものだった。それに合わせ、いつもは無造作に革紐でまとめている髪も今日は凝ったつくりの銀細工の髪留めでまとめられている。

 ほんの数年前までは線が細く、女性と間違えられることもあった少年は、背が伸び、肩幅も広くなって逞しい若者に成長していた。加えて整った顔立ちをしているので、人目を引くのだろう。女官達が浮足立つのもうなずける。

「いや、訪ねてきてくれて嬉しい。まあ、座ろう」

 ミハイルは久しぶりに会う息子に席を勧めると自分もその向かいに座り、アリシアは新たにお茶の用意を命じる。久々に顔を合わせた親子がお茶を飲みながらしばし3人で雑談に興じていると、部屋の外が騒がしくなる。

「アレスが来ているというのは本当か?」

 バタバタと言う足音が近づき、おもむろに部屋の扉が開いて長身の若者が入ってくる。たなびく金髪に端麗な顔立ち。ミハイルの若い頃を髣髴ほうふつとさせる若者はブレシッド公国の公子、ルイス・カルロス・ディ・ブレシッド。アレスとは同い年で、彼がブレシッド家に引き取られてからは兄弟同然に育った仲だった。

「ルイス、騒々しいわよ」

 母親らしく、アリシアが若者をたしなめ、ミハイルは息子の行動に眉間に皺を寄せる。それでもかまわずにルイスは部屋にズカズカと入ってくる。

「ルカ!」

 アレスは久しぶりに会う兄弟を立ち上がって迎えた。

「元気そうで何よりだ」

 ルイスは両親が眉をひそめるのも構わずにアレスの肩を叩いて再会を喜んだ。以前に会ったのは3年前。所用でミアーハをアレスが訪れた時以来である。ソレルを警護する騎士団で隊長を務めているルイスは、アレスが昨年フレアの件でミアーハへ来た時には仕事で会えなかったのだ。

 再会を喜び合う息子達を見て、ミハイルとアリシアもそれ以上何も言えず、黙ってルイスのお茶も用意させる。

「ルイスも座りなさい」

 渋々と言った様子でミハイルは実の息子にそう言い、ルイスは両親に軽く頭を下げてアレスの横に腰を下ろした。

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