59 一族を上げて3
「何分、フレアの側からの見聞しかないので、情報が完全とは言えません。しかし、このままではフレアは……」
全てを語り終えた後、アレスは頭を抱え込んだ。身内に全てを話して責務を終え、不安を抑えきれなくなったのだろう。
「すぐにあの子達をブレシッドに移そう」
硬い表情のままミハイルが断言する。しかし、アレスは首を振った。
「オリガとコリンシアは長旅の疲れで体調を崩しているだけだから数日安静にして滋養のあるものを摂れれば回復するだろう。ティムも重傷だがあの里にいれば回復も早いと思う。だけどフレアは長旅の疲れと盗賊に襲われたショックで流産しかけた。爺さんの話ではとにかく今は安静が必要だと……」
「少なくとも安定期になるまで待った方が良いのね?」
優しくアリシアが尋ねる。
「爺さんの話では、今は3ヶ月といったところだそうだ。安定期に入るころには冬になる」
「あ……」
「子供を産んで、その子を動かせるようになるまで待たねばならないのか」
悔しそうにミハイルが呟く。
「ところで、フレアが戻ったこと、礎の里には報告したの?」
心配そうにアリシアが尋ねる。
「そのことも含めて爺さん達が協議したけど、今のままでは絶対に報告できない。聖域の爺さん達は俺よりも報復に乗り気みたいだ」
「確かに。フレアが疑われたまま居場所が知られれば、そのラグラスと言う詐欺師は礎の里に引き渡しを求めるだろう。里も引き渡しには
眉間に皺を寄せてミハエルが同意する。
「そうね。それにベルク神官が何て言ってくるか目に見えているわね」
彼女はため息をついた。ベルクは礎の里で運営に携わっている賢者の甥にあたり、その後継者と言われている高位の神官である。2年前、ラトリの聖女と呼ばれるフレアの噂を聞きつけてわざわざラトリに立ち寄り、興味本位で会った彼女に一目ぼれした。
ミハイルと変わらない歳の彼が猛然と結婚を迫り、アレスの竜騎士復位もちらつかせ、目が不自由では嫁の貰い手もないだろうから自分がもらってやると言い放ったのだ。もちろん、当人だけでなく祖父であるペドロも養父であるミハイルもきっぱりと断ったが、その後冬になってもしつこく手紙を寄越して言い寄った。
事情を知れば、強引に和解の仲立ちを買って出て、保護する名目でフレアを囲い込もうとしてしまうだろう。拒否しても、外堀から埋められて断れない状況にもっていくぐらいやりかねなかった。
「当初はあいつの仕業かと思いました」
フレアが行方不明になった時、アレスは真っ先にベルクを疑ったが、ペドロがそれをたしなめた。詳しく調べていくうちに彼女が慰問した集落が盗賊に襲撃されたのが分かったのだ。壊滅した集落で彼は呆然として立ち尽くした。
「しかし不思議ね。エヴィルに近い集落で行方不明になったフレアがタランテラで保護されていたなんて」
「ああ。その辺りは彼女自身もよく思い出せないらしい」
「そうか……。疑問は尽きないが、当面は彼女達の身の安全を確保しなければならない」
頭の痛い問題にミハイルもすぐには答えが出てこない。
「ラトリの防備を強化する必要があるわね」
冷静にアリシアが言葉を添えると、アレスが困った様に反論する。
「しかし、どうやって?礎の里には頼めないし、村には傭兵を雇う余裕はない。しかも今は盗賊の問題とタランテラへ情報収集に人員を割いているから余計に手薄になって……」
「情報収集しているのか?」
「そうです。珍しくダニーがやる気を出して、采配を振るってくれました」
「彼が?珍しい事だ」
ダニーの事はミハイルもアリシアもよく知っていた。その彼がやる気を見せているならば自分達も負けてはいられない。
「あなた、私、しばらくラトリに
アリシアがミハイルに向かって宣言する。
「理由もないのに行ったのでは、怪しまれるぞ」
「理由はいくらでも作れますわ。血の道が悪くなったとか、
アリシアはミハイルにウインクする。
「……そうだな。護衛は少し多めにつけよう」
ミハイルは口元に笑みをたたえている。
「アレスはどうする予定?」
「俺?」
アリシアに聞かれて彼は困ったような表情を浮かべる。
「どうするか悩みましたが、タランテラへ行ってみようと思います。向こうでエドワルド殿下の消息を追うつもりです」
アレスの言葉に今まで黙っていたルイスがつかみかかる。
「お前よく平気でタランテラに肩入れ出来るな……」
後は言葉が詰まって続かない。フレアが知らないうちに結婚をし、子供までできていることに相当ショックを受けているようだ。
「やめなさい、ルイス」
ミハエルが息子を止める。
「アレスだって平静ではいられないはずよ」
「だからこそ聞いている!」
母親の言葉にもつい語気が荒くなる。
「確かに、フレアはフロリエと別人だと言い張ればそれで済むと当初は思っていた」
義兄弟の手を振りほどき、アレスは彼に語りかけるように話し始める。
「だけど、ダニーに言われた。あちらで殿下がフレアを助けてくれたのと我々が姫君を助けたのは全く意味が違うと」
「……どう、違うと?」
「姫君はフレアの連れだった。いわばついでだ。だが、妖魔から人を助けるのは義務とはいえ、記憶をなくし、目が見えない彼女を厄介者扱いにせずに資質をきちんと見極めて扱ってくれたことに感謝するべきだろうと」
「……」
「それに……フレアが泣くんだ。夫を慕って。それを見たら、もうつまらない意地ははれなかった」
アレスの言葉にルイスもうなだれる。
「ダニーの言う事は正しいわね。確かにそうだわ」
アリシアがうなずく。
「とにかくもう一度、大使達を集めて対応を練り直そう。アレス、さっきの話をもう一度彼らの前でしてもらえるか?」
「いいですよ」
ミハイルの要望にアレスは快く応じる。
「ルイス。お前、アリシアの護衛としてラトリに行くか?」
「それは……」
突然、父親に言われて彼は答えに詰まる。
「我々はあの子の幸せを願っていたはずだ。お前もそう思うならば、あの子の気持ちをお前自身の眼で確かめてくればいい」
「父上……」
ミハイルもアリシアも当初はルイスとフレアが結婚することを望んでいた。しかし、フレアの中ではルイスに対する気持ちが兄弟に対する以上の物が持てなかった事を知り、無理強いをしなかったのだ。それでもルイスはあきらめきれなかったが、両親にそれで彼女が幸せになるかと諭され、不承不承あきらめたのだ。だが、未だその気持ちは彼の中でくすぶったままだ。
「ルカが来てくれれば、俺も安心して村を空けられる」
アレスにも言われ、ルイスは頭をポリポリとかく。
「どうなっても知らないぞ」
「もう部屋に閉じ込めるようなまねはしないだろう?」
「……」
昔の事を言われてルイスは耳まで赤くなる。
「決まりだな。先ずはそれを認証する手続きをしよう」
ミハイルは立ち上がり、他の家族を促して自分の執務室へと向かう。
そしてその後、再び集まった大使達を交えて対応を協議した。アレスの話を聞き、彼に好意的でない大使達も協力を約束し、アリシアのラトリ行きとルイスの護衛の件もすぐに認証されたのだった。
「私がいないからって浮気しないでね」
「するわけないだろう?君以上に素敵な女性はいないさ」
いつまでもラブラブなブレシッド公夫妻に各公国大使だけでなく、息子2人も肩を
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