42 怨と恩2
「私は、フォルビア女大公フロリエ様にお仕えするオリガと申します」
「フロリエってフレアの事か?」
盗賊達から救出した時に、アレスは彼女が姉の事をそう呼んでいたことを思い出す。
「はい。1年半前、当時のロベリア総督エドワルド殿下が妖魔に襲われておられたあの方をお助けになり、先代の女大公グロリア様の元へお預けになられました。そしてご記憶の無かったあの方にグロリア様がそう名付けられたのです」
オリガは後から伝え聞いたことも含め、フレアがグロリアの元に身を寄せることになった経緯をよどみなく語り始めた。そして正式に彼女がグロリアの話し相手に決まった時に、身の回りの世話をするために自分が選ばれたことも付け加えた。
「彼女は小竜を連れていたはずだが?」
アレスはふと思い出したように口をはさむ。フレアがこの村に住んでいた時には、彼が手懐けた小竜を頼りに生活していた。行方不明になった時も、そういった一匹を連れていたはずだった。
「殿下や同行しておられた第3騎士団の方々のお話では、気を失われたあの方を最後まで守ろうとした小竜がいたそうです。ひどい怪我をしていて、殿下が彼女を助けると約束したとたんに力尽きたそうです」
「そうか……」
「殿下のお計らいで亡骸はロベリアの竜塚に葬られました」
「手厚く葬ってくれたのだな」
フレアを助けたのがタランテラ皇家の人間と聞いて、アレスは少し顔をしかめていた。しかしながら、彼のこの対応には心から感謝するほど手厚いものだった。
「夏至祭で皇都に赴かれた折には、殿下はあの方の為にと小竜のルルーを
オリガはお茶を飲んで一息つくと話を続ける。秋には紅斑病に倒れたコリンシアをエドワルドと2人で看病し、そして真冬の討伐の折に
「殿下がロベリアに戻られて半月ほどたったのち、グロリア様が持病の大きな発作を起こされて倒れられました。連絡を受けた殿下が真っ先に駆けつけられましたが、他の親族方は日が暮れてから参られました。しかもグロリア様が倒れられたのを喜んでおられたのです。お館に来られてもお祝いの様に騒がれて、それをたしなめようとしたフレア様を邪険に扱われる有様でございました」
オリガはこの事を今でもひどく腹を立てているようで、必然的に口調が厳しいものになっている。この頃にはアレスもペドロも横から口を挟まずに彼女の話をじっと聞いていた。
「この時は持ち直されてグロリア様は助かりましたが、それでも寝台から起き上がられることが出来なくなってしまわれたのです。ロベリアより来ていただいたお医者様や家令のオルティスさんにフレア様、もちろん私や他の侍女方も交代でグロリア様の看病をいたしました。特にフレア様の献身ぶりは誰もが目を見張るものがございました。そんな中、グロリア様はフレア様を自分の養女にすると発表なさいました。おそらくこの時にはもうご自分の後を継がせる決心をなさっていたのでしょう」
オリガは疲れたようにもう一度お茶を口にする。
「大体の事は分かった。もう休んではどうかね?」
見かねたペドロがそう提案する。
「いえ、大丈夫です」
オリガはそう答えると、話を続ける。フレアがグロリアの養女となり、エドワルド主催の新年祭に招かれたこと。夢のような時間を2人で共に過ごし、互いの気持ちを確かめ合って婚約したこと。そしてその夜が明けきらないうちにグロリア危篤の知らせが来たことを語った。
「お館に着いたお2人がグロリア様の元に駆けつけると、寝室に皆が集められました。皆が揃うと、呼ばれていた神官長の采配のもと、殿下とフレア様は組み紐を交わされました。そしてお2人を祝福されてグロリア様はお亡くなりになられたのでございます」
オリガは今思い出しても悲しさが込み上げてくるのだろう。涙ぐみながらフレアが結婚した経緯を語った。そして葬儀までの間に行われた親族たちの横暴ぶりも……。
「葬儀が行われた晩に遺言状の公開が行われました。その場でフレア様がコリンシア様の成人までフォルビアの当主になることが公表されたのでございます」
「それは……御親族方も黙っていなかったのでは?」
親族達の有様を聞いたばかりだったので、アレスは心配になって尋ねる。
「ええ……。フレア様は口にしたくないような暴言をご親族方からお受けになられました。しかしながらエドワルド殿下はしっかりと奥方様を守られ、更には皇都からは殿下の兄君であらされるハルベルト殿下がご同席しておられました。更には国の重鎮を務められるサントリナ公とブランドル公もおられたので、その場はそれで静まり、今後はご夫婦でフォルビアを共同統治することとなったのでございます」
「なるほど。国の中枢を担う人物を味方にしたのか」
納得したようにアレスが呟いた。
「殿下は正式にロベリア総督を辞任なさると、本腰を入れてフォルビアの改革に着手されました。実権を握っていたご親族方を全員更迭し、それまでその下で実務を取り仕切っていた人たちをそれぞれの責任者に任命いたしました。
更には今までご親族方が繰り返し行ってきた横領の事実を詳細に突き止め、全員に期日を設けて返還するように求められました。今まで奥方様をさんざん邪険に扱ってきた仕返しに少し懲らしめてやろうと思われていたのかもしれません。返還できなかった場合は財産を没収するという脅しも殿下は忘れませんでした」
その一方で一家はフォルビアの城に居を移し、忙しいながらも幸せな日々を過ごしていたこと、皇都からは多くの祝いの品々が届けられたことを語った。
「しかしながら、殿下の姉君でサントリナ公の奥方様であるソフィア様がこのご結婚に反対なされておいででした。その事でサントリナ公とソフィア様のご夫婦仲が悪くなり、更には離婚の危機とも伝えられました。フレア様はそのことで大変心を痛めておいででした」
心の優しい彼女らしいとアレスは思いながらオリガに先を促した。
「それで、親族たちはそのまま黙ってはいなかったのだね?」
「はい……」
オリガは頷くと、グロリアの墓参に行った経緯と宿泊した神殿で受けたハルベルトの訃報、そして嵐の中館に戻る途中に襲撃を受けたことを語る。
「そしてリラ湖のほとりにある村で船を借りようとしたのですが、すでに村は襲撃を受けて皆……。壊されていなかった小船を一艘湖に押し出していた時に追手が現れ、殿下は奥方様やコリンシア様を私達に託し、1人で兵士達に立ち向かっていきました」
オリガの眼からは涙があふれる。彼女はしばらく沈黙したのち再び口を開いた。船が人気のない岸に着き、とにかく道なき道を歩いて東に向かったこと、2日後の夜にようやくペラルゴ村に着き、村人たちに手厚くもてなされたことを話した。
「雨で出立を1日延ばしたのですが、その日の夕方にラグラスの部下がこの村にお触れを持ってきたのです。信じられないことにグロリア様とエドワルド殿下をフレア様が殺したと濡れ衣を着せられ、新たなフォルビア公にラグラスが選ばれたと……」
「馬鹿な……」
アレスは思わず立ち上がる。
「アレス、座りなさい」
さすが年の功だけあってペドロは落ち着いていた。それでも事の重大さに顔色を失っている。
「村の方々は私達が何者か知っていてもかくまってくださいました。ロベリアに使いを出し、それまで村に留まる事を進めてもくれたのです。ですが……いくら彼等がかくまってくださっても、コリンシア様の髪は目立ってしまいます。フレア様はそれを指摘したうえで累が村人たちにも及ぶことを懸念して断り、私達はさらに東を目指しました。ですが……」
オリガは俯きながらフォルビアとロベリアの境に検問所が設けられ、厳しい検問が行われていたこと、フォルビアをこのまま出ることを断念せざるを得なかった事を語った。そして……そんな中でフレアが記憶を取り戻しつつあり、彼女の故郷を目指す経緯も話した。
「湿地にかかる前にフレア様のご懐妊を知りました。負担になるからと弟には黙っていてほしいと気を使ってくださいましたが、状況が状況なので弟にはそれとなく伝えておきました。湿地を何とか渡りきり、山に差し掛かったころには皆、疲れ果てていました。そしてご存知のようにあの場所に着いたところでコリン様がお倒れになってしまわれたのです。状況が良くなるはずもなく、どうすることもできずにあの場所で2日過ごしました。助けて頂いて本当に感謝しております」
オリガは深々と頭を下げた。
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