43 怨と恩3

「詳細は分かった。どのように対処するか、他の村長達とも協議して決めたいと思う。分かっていると思うが、ここは礎の里の管理下にある。あちらの許可がなければ我らは何もできぬ。他国の内政に干渉するなど到底かなわぬ」

 ペドロは優しい口調でオリガに語りかける。

「はい……。ですが、せめて私たちが無事であることをロベリアの騎士団にお伝えしたいのですが……」

「今はできない」

 アレスは冷たく言い放つ。

「アレス……」

 ペドロが孫をたしなめるが、構わず彼は続ける。

「濡れ衣とはいえ、フレアは追われる身だ。ここにいると分かれば、タランテラは引き渡しを求めてくるだろう。先に言った通りここは礎の里の管理下にある。我らが反対しても向こうが認めてしまえばそれまでだ。抵抗しようにも正規の騎士団が本気でここを攻めてくればひとたまりもない」

「内密に知らせるだけでいいのです」

「無理だろう。いくら秘密にしたって隠し通せる可能性は低い。ならば知らせないのが一番だ」

「そんな……」

 あまりにも冷たい言葉にオリガは絶句する。

「話は分かった。俺達は祖父さん達の決定に従う」

 彼はそういうと、一つ伸びをして居間を出て行ってしまう。

「……」

「もう少し言葉を選べばよいものを……」

 ペドロは一つため息をつくと、茶器に残る冷めたお茶を飲み干した。

「言葉が悪かったが、あれが言うのは本当の事だ。我らは村を守ることを一番に考える。そなた達がタランテラの事を考えるのと同じように。しかしながらそなた達姉弟にはここに至るまでにフレアが大変世話になったようだ。悪い様にはしないが、期待はしすぎぬように裁定を待ってもらえぬか?」

 長老だけあってペドロは絶望するオリガに優しく諭すように語りかける。涙ぐむ彼女はもう頷くしかできなかった。

「はい……」

「とにかく、今は体を治すことが先じゃ。他の3人の事は我らに任せ、ゆっくり休むといい」

 ペドロはそういうと、もう一度鎮静剤を用意してオリガに飲ませ、バトスを呼び出して彼女を部屋に送るように命じる。オリガは一度ペドロに頭を下げると、ふらつきながら部屋に戻っていった。

「さて、どうするか……」

 人生経験豊富な長老でも頭の痛い問題であった。




 居間を後にしたアレスは自分の部屋には戻らずに竜舎へ向かった。気持ちの整理をつけたいときは、自然とここへ足が向いてしまう。だが、真夜中もすぎ、夜明けが近い時間だというのに人の気配があった。

「ここに来るとは珍しい」

 そこにいたのは人懐っこい笑みを浮かべた中年の男であった。薄くなり始めた髪を撫でつけ、片手にワインが入った皮袋を手にした彼は、聖域神殿騎士団を束ねる団長のダニーであった。

「きっと来るだろうと思って、待っておった」

 団長はそういうと、皮袋のワインを直接飲む。

「俺にもくれ」

 アレスは横から皮袋を奪うと、相手の了承を得ないうちに喉を鳴らして皮袋の中身を飲んでいく。

「おいおい、そんなに飲むなよ」

 慌てたように彼は抗議するが、アレスは相手を軽く睨む。

「元はと言えば、これは昨年、ブレシッドの父上が俺に持たせてくれたものだ。文句を言われる筋合いはない」

「それが最後なのだよ」

 急いで皮袋を取り返すが、ほとんど残っていない。

「あーあ……」

 名残惜しそうに皮袋を逆さにしてみるが、口にできたのはほんの僅かだった。

そんな様子をしり目に、アレスは普段乗り回している飛竜の様子を覗いて見る。飛竜クルヴァスは人間達のやり取りも聞こえないようで、ぐっすりと眠っていた。

 もとはと言えばこの飛竜は彼のものでは無かった。今でも彼は竜騎士の地位をはく奪されたままで、礎の里の賢者たちはあれ以来彼には会おうともしてくれていない。本来は優秀な竜騎士である彼をこのままにしておくのは忍びないと、主を失った飛竜を養父が貸してくれたのだ。飛竜を管理するのは神殿の役目で本当は違法なのだが、アレスに対する一部の賢者達のやり方に疑問を持つ神官も多く、大目に見てくれているのだ。当然、礎の里では聖域に左遷された彼が飛竜を駆り、討伐に参加していることを知らなかった。

「ところで何か用でもあるのか?」

 アレスは年老いた飛竜に寝藁を足してやりながら上司に尋ねる。

「フレアちゃんの具合はどうだ?」

「……かんばしくないみたいだ」

 アレスは予備で置いてある乾草の山に座り込んだ。そして一つため息をつくと、オリガから聞いた話を手短に話した。

「タランテラの第3皇子とはねぇ……」

「本当に……どうしてタランテラ……」

 彼が今の境遇に陥ったのも、恋人が死んだあの一件でガウラの要請を受けたタランテラがしゃしゃり出て来た為であった。確かに彼にも落ち度はあったが、無罪が確定していたのに覆されてしまったのだ。彼だけでなく、事情を知る身近な人達は皆、タランテラを憎んでいた。

「しかしおかしいな。フレアちゃんが行方不明になったのは聖域の南東にあった集落だっただろう?どうして真北のタランテラで助けられたのだろう?」

「それは俺も疑問に思った」

 上司の疑問にアレスもうなずく。一年半前、フレアが行方不明になった時、アレスは必死でその行方を捜した。聖域はもちろん、タルカナを始めとした隣接する国々まで調べたのだ。聖域の竜騎士や自警団のみならず、ブレシッドの養父も進んで協力してくれた上に、野生の小竜達も動員して調べ上げたのだが、その行方が全く分からなかったのだ。冬の終わりで妖魔がまだ現れる時期でもあったので、今では大半の者が彼女をあきらめていた。

「こればかりは本人に聞いてみないと分からないが、失った記憶は全部戻ったのか?」

「オリガの話だとあやふやな部分もあるらしい」

「なるほど。それで、お前はどうする?」

 アレスはすぐには答えず、乾草の山に寝転がった。

「分からない。ただ、相手がタランテラの人間だっていうのが気に入らない」

 眉間に皺を寄せて不機嫌そうに彼は答える。

「手を貸してやってもいいと私は思うのだがね」

「何故?」

「考えてもごらんよ。このままだとフレアちゃんは濡れ衣を着せられたままだぞ」

「分かっている。だが、それはオリガが言っていた第3騎士団の連中がするだろう」

 アレスは不機嫌そうに答える。

「それに、命を助けてくれただけでなく、身元が分からない上に目も見えないフレアちゃんをきちんと資質を見極めて厚遇してくれた。ここで暮らしていた彼女の服装はどこにでもいる村娘と変わらないものだった。普通なら厄介者扱いだぞ」

「……俺たちだって子供を助けたぞ」

「一緒にしてはいけない。あの子はフレアちゃんの連れだった。だが、あちらの殿下にしてみればフレアちゃんは縁もゆかりもない相手だ。この差は大きいぞ」

「……」

 アレスは答えない。

「こういう時こそブレシッドの親父さん頼ってもいいのではないか?」

「多忙な方だ、厄介ごとを持ち込みたくないなぁ……」

「もし、殿下がすでに他界されていて、産まれてくるフレアちゃんの子供が男の子なら、タランテラの継承権を持つことになる…」

「フレアの子供を政治に利用するのか?」

「しようと思えばできるってことさ。ま、あの方ならそんな事は関係なしに喜んで援助してくれるだろうが」

 ダニーは無意識のうちに再び皮袋の中身を口にしようとするが、空だったのを思い出して脇に置く。

「実のところ、こいつが無くなったから補充してきてほしいのだが?」

 脇に置いた皮袋を指さすと、アレスも一気に力が抜けたらしい。

「何だよ、結局酒のためか?」

「はっはっは」

 笑ってごまかしながらダニーは立ち上がり、竜舎の出口に向かう。

「それに君だって知っているだろう?あの一件は、タランテラ皇家は直接かかわっておらず、ワールウェイド公が独断で行った事を」

 そう言い残してダニーは竜舎を出て行った。

「だからってどうしろと……」

 一人取り残されたアレスは途方に暮れてそう呟いた。




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