41 怨と恩1


フロリエの記憶がほぼ戻ったと言う事で、今回からフロリエサイドの話を進める際には彼女の名前を本名のフレアと表記します。

タランテラ側ではまだ彼女の名前が判明していないので、今まで通りフロリエとなります。

紛らわしいですが、ご了承ください。



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 アレスがラトリ村にある自分の家に帰ったのは真夜中を過ぎてからだった。

助けた姉のフレアを村に連れ戻ると、村の長老で医術の研鑽けんさんをしている祖父に流産の恐れがある彼女を預けた。その後はすぐに捕えた盗賊の残党を連行する為にレイドと村に待機していた他の竜騎士を連れて姉達が野営していたあの洞窟の場所まで戻り、盗賊達を即席の牢屋に閉じ込めた。

 ただ、竜騎士2人と小竜が追ったにもかかわらず、頭目とその取り巻き2名は捕えることが出来なかった。小竜達の縄張りの外へ行ってしまったうえに、下端の手下を捨て駒にして逃げおおせてしまったのだ。

 捕えた盗賊達を一通り尋問し、野営に使っていた洞窟を片付けて村に戻り、飛竜を宿舎にある竜舎に預けてから上司でもある団長に一通りの報告を済ませて帰ってきたのがこの時間だった。さすがに体は疲れていたが、姉の容体だけでなく、彼女の3人の連れの具合も気になってすぐに休む気分ではなかった。

「若……」

 母屋の玄関に入ると、診療所がある離れに続く廊下から爺やのバトスが声をかけてきた。言葉数の少ない彼の意を読むと、どうやらお帰りなさいと言ってくれているようだ。

「フレアの容体は?」

「旦那様……」

 どうやら祖父がつきっきりで処置にあたっているようだ。手が離せないところを見ると、容体はかんばしくないらしい。

「マルトは?」

 とにかくちゃんと会話が成立する相手が欲しかった。疲れていることもあってバトスの単語から全てを理解するのが面倒くさい。

「お嬢ちゃん……」

 どうやらフレアがコリンと呼んだ子供の看病をしているのだろう。すると同道していた女性はアイリーンが診て、重傷だった少年は祖父の弟子であるグルースが診ているのだろう。悲しいことに彼が全てを語らなくてもそこまで分かってしまう。

「若、お帰りなさい」

 助かったことに、そこへ2階からアイリーンが降りてきた。

「アイリーン、ちょうどよかった。どんな状況か教えてくれ」

 アレスは助かったとばかりに彼女に救いを求め、落ち着いて話を聞くのに母屋の居間へと移動する。バトスは黙って2人にお茶を用意して部屋を後にする。

「私はずっとオリガと言う女性についていました。彼女は盗賊達に襲われそうになったときに体にいくつかの擦り傷と打撲をうけています。それから頬を叩かれたのでしょう、口の中を少し切っています。ただ、あのような目にあったというのに気丈な方で、他の3人の事をたいそう気にしておいででした」

 アイリーンは疲れたような表情でバトスが淹れてくれたお茶を口にする。

「彼女が言うには、子供はコリンシアと言う名前で、フレア様のお子だそうです」

「え?」

「正確にはご夫君の連れ子ですが、本当の親子の様に互いを思いあっていると……」

「……」

 姉に子供が出来ているということは、相手がいるということだが、まさか結婚までしているとは思い至らなかった。

「あの子の世話をしたがっていたのですが、長旅で疲れているだろうし、何よりもあのような目にあったのですから、休むようにさとしました」

「そうか……」

 気丈な人だと思うが、村について気が緩めばおそらく体調を崩してしまうだろう。アイリーンもそれを懸念しているようだ。

「少年はティムと言って彼女の弟だそうです」

 状況から判断して、別行動していた彼は3人の危機に気付いてたった一人で盗賊達に立ち向かっていったようだ。不利なのは十分わかっていただろうに、それでも立ち向かっていく姿勢は見事だ。チラリとみて気付いたが、高い資質を持っている。将来、優秀な竜騎士になるのは間違いないだろう。

 アイリーンも色々と話を聞きたい衝動をぐっとこらえ、オリガを休ませるために鎮静剤を処方して彼女を眠らせたのだ。どういった経緯であの場所に来ていたのか不明だが、身の回りの物も僅かでアイリーンは急いで彼等の身の回りの品を取りそろえたらしい。そしてもう一度オリガの様子を確認して降りてきたところだったようだ。

 そこへ扉をたたく音がしてバトスが入ってきた。

「フレアの容体に変化があったのか?」

 彼は首を振るとアイリーンを見つめ、一言呟いた。

「マルト……」

 どうやら子供の看病を代わってもらいたいらしい。

「分かったわ」

 彼女も彼と付き合いが長い分、おおよその言いたいことがわかるらしい。アレスに頭を下げると席を立ち、子供が寝かされている部屋に向かった。

 次は子供の様子が聞けるのかなと思いながら、アレスはお茶のお代わりをバトスに注いでもらう。居心地のいいクッションに埋もれながら座っていると、そのまま眠ってしまいそうだった。

「帰っていたのか?」

 居間に入ってきたのは彼の母方の祖父で、この村の長老でもあるペドロだった。70を過ぎた現在でも賢者として日々医術と薬学の研鑽を重ねる毎日を過ごしている。悪い右足を引きずる様にして歩き、いつもの席に座る。

 アレスがフレアを連れ帰ってからつきっきりで処置にあたっていた彼の顔には、さすがに疲労の色が濃く浮き出ていた。バトスはそんな彼にもそっとお茶を用意する。

「祖父さん、フレアは?」

「……芳しくないな」

「やはり彼女は?」

「身ごもっておる。おそらくは3月といったところだろう」

 行方不明であった孫娘が帰ってきたのがうれしい半面、そういった事実に戸惑いを隠せない。アレスとて同じ気持ちだった。

「助かるよね?」

「今は何とも言えぬ」

 楽観はできない状況にあるようだった。

「あの……」

 声を掛けられて振り向くと、戸口にオリガが立っている。盗賊にはたかれた左ほおはまだ少し腫れ、やはり疲れが出たのか顔色が悪く、表情が冴えない。

「まだ横になっていないといかん」

 ペドロがそう声をかけ、バトスが戸口に座り込んだ彼女に手を貸して立たせる。

「いえ、大丈夫です」

 とてもそうは見えないから声をかけたのだが、彼女は頭を振って薬の影響をはらい、部屋に入ってきた。

「状況をご説明申し上げた方が良いと思いまして……」

「確かにここに至った経緯を知りたいとは思う」

「だが貴女は疲れすぎている。今は体を休め元気になられたら全てをうかがおうと思う」

 アレスとペドロが諭すようにそう言い、バトスも彼女に温和な笑みを向ける。だが、オリガも必死だった。あれから既に1月が経過している。敬愛するエドワルドの安否はもちろん、ルークや第3騎士団の人達は自分たちを心配して必死に探している事だろう。そして何よりもフレアにかけられている濡れ衣を晴らさなければならなかった。

「全てをお話しします。そうでないと、ゆっくり休むこともできません」

 結局、彼女の必死さにアレスもペドロも折れる形となった。彼女が楽に座れるようにソファのクッションを整え、バトスはもう一度3人にお茶を用意して部屋を後にした。


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