30 交錯する思惑4

 ルークはオリガの悲鳴を聞いた気がして目を覚ました。見覚えのあるこの部屋はアジュガの実家にある自分の部屋だった。だが、いつどうやって帰ってきたのか覚えがない。夢でも見ているのかと思ったが、普通に痛覚を感じている。記憶の整理をして最後に何をしたか思い出してみる。

「!」

 ルバーブ村でアスターの鎮魂の儀……葬儀に乱入してしまったのを思い出すが、その後の記憶が定かではない。とにかくのんびり寝ている場合ではないことを思い出し、あわてて飛び起きた。

「おや、起きたかい?」

 声を掛けられて振り向くと、戸口に母親が立っている。手にした盆には湯気の立つ深皿が乗っており、いい匂いが漂ってくる。

「母さん、俺……」

「本当に驚いたよ。3日前に突然、意識のないお前を抱えたエアリアルがやってきて、あわててお医者さんを呼んで診て頂いたのよ」

「!」

 母親に言われて慌てて相棒の気を探ると、心配げな彼の意識をすぐ近くに感じる。

 憶測になるが、優秀な飛竜はどこかで倒れていたルークを見付けてここまで運んできてくれたらしい。

「俺、行かないと……」

 そう言ってルークは寝台から降りようとするが、眩暈めまいがして床に座り込んでしまう。

「ばかだねぇ、寝てなきゃダメだよ。お医者さんの話だとあと数日は安静にしていた方が良いって。過労らしいけど、無理しちゃダメよ。

 エアリアルはいい子だね。お前が休む必要があることを言ったら大人しく納屋に入っていったよ。父さんとクルトが2人で装具を外してやったから、どうにかくつろげているみたいだねぇ」

 母親は相変わらずののんびりとした口調で、息子が眠っていた間の事を説明する。そして深皿が乗った盆をテーブルに置き、床に座り込んだ息子を支えて寝台に座らせる。

「過労……」

 記憶が途切れていて、その間に何をしたかが思い出せない。多分だが、ルバーブ村からこちらに歩いて向かっていたのだろう。日付を聞き、寝込んでいた日にちを差し引くと、3日は歩き詰めだったことになる。倒れるのも当然かもしれない。

「とにかく、今は栄養を取って、ゆっくり休みなさい。」

 母親が用意した深皿には穀物の粥が入っていた。昔から風邪をひいたときに作ってくれる定番の病人食だが、彼はあまり好きではなかった。辞退しようかと思ったが、体の方がそれを許さず、お腹がなってしまう。

「ゆっくりお食べ」

 母親に監視されているので食べないわけにはいかず、まずはさじですくって一口ほおばる。鶏ガラでとっただしがよくきいていて、塩加減もちょうどいい。嫌いなものだったことも忘れて残さず食べきってしまった。

「エアリアルの事は心配いらないから、もう少し休んでいなさい」

 いくら強情のルークでも母親に言われると反発できない。飛竜の事は気がかりだが、体が言うことをきかないので仕方なく寝台に横になった。

「町長さんは何か言って来なかった?」

「心配いらないよ。お前もエアリアルもうちの子だよ。あの人が何言おうが関係ないよ」

 母親の口調から何かあった事は容易に推測できるが、聞き出すことは難しい。口で彼女に勝てたためしはないのだ。

「母さん、ごめん……」

「お前が謝るようなことでは無いだろう? いいからお休み」

 彼女はそういうと、空になった深皿を盆に載せて部屋を出て行った。考えなければならない事が山ほどあったが、腹が膨れたこともあって眠気の方が勝る。

 思えば本宮の地下牢から脱出し、ロベリアへ戻ってからというもの働き通しであった。エアリアルを休ませている間も馬で外出し、情報収集の手伝いや留守をしている飛竜の世話をしていた。グランシアードが見つかってからはその看病と近隣での情報収集に奔走ほんそうし、体を休める暇がなかったのも確かだった。彼の騎竜術全般の師匠でもあるアスターの訃報による精神的ショックも加わり、限界を超えた彼が倒れたのも無理からぬ話であった。

「オリガ……」

 行方不明の恋人が不自由な生活を送っているかもしれないと思うと、楽をすることはためらわれたが、体の方がもたなかった。ルークはそのまま深い眠りについた。



 その後2日ほどルークは寝て過ごした。その間、母親と妹が交互に食事を運んできてくれ、父親と兄は幾度か様子を見に来てくれた。ルークが倒れたことを友人たちが聞きつけて見舞いに来てくれたこともあったらしいが、家族が気を利かせてやんわりと断ってくれていたらしい。おかげでゆっくり休めた彼は、気持の整理をつけることが出来た。

「もう行くよ」

 寝込んで5日目の夜。まだ本調子とはいかないが、ルークは旅装を整えていた。実のところ医者にはまだ早いと止められていたが、誰にも告げずにここへ来ているために一刻も早く戻らねばならなかった。

「……あまり無理してはダメだよ」

 母親は心配げに彼の着替えを手伝う。竜騎士になってからというもの、彼がすることに口出しをすることはなかったが、やはり倒れた直後ということもあって心配なのだろう。ただ、現在彼がおかれている状況をかいつまんで聞いているので、無理に引き留めることはしなかった。

「大丈夫だよ」

 着替えを終えた彼は、荷物を詰めた背嚢はいのうを肩に担ぐ。そして母親と共に部屋を出て、階下へ降りていくと、居間には父親が待っていた。

「ルーク」

 父親が心配げに声をかける。

「行ってきます」

 そのまま両親に頭を下げて出ていこうとすると、父親が息子を引き留める。

「ルーク、これを持っていきなさい」

 彼が手渡したのは丈夫な布で作られた巾着だった。受け取るとずしりと重い。開けてみると中には金貨がたくさん入っていた。

「こんなに……どうしたの?」

 職人の家庭なのでそれほど貧しくはないが、これほどのお金を気軽に用意できるほど裕福ではない。ルークは心底驚いた。

「お前が今まで仕送りしてくれたお金だよ。もとはと言えばお前の物だし、何かと必要だろうから持ってお行き」

 母親がそう答えると、ルークはそのまま返そうとする。

「あれは……不意に現れても毎回、俺やエアリアルにたくさんご馳走してくれるから……」

「言っただろう? お前もエアリアルもうちの子だよ。親としては当然じゃないか。仕送りは嬉しかったけど、いずれお前の為に使おうと思って取っておいたのよ。今がその時じゃないかしら?」

 母親はそう言って改めて息子の手の中に巾着を握らせる。

「ルーク、エアリアルの準備ができた」

 裏口から兄のクルトと妹のカミラが入ってくる。

「兄さん、カミラ……」

「お弁当も用意しておいたから、後で食べてね」

「ありがとう」

 ずしりと重い巾着を懐に入れると、改めて家族に頭を下げた。そしてルークはそのまま裏口に向かうと、他の家族も心配げに後に続く。エアリアルはルークの姿を見つけると嬉しそうに頭を摺り寄せてくる。彼は飛竜の頭を軽く撫で、騎竜帽をかぶるとすぐにエアリアルの背中にまたがった。

「気を付けてね」

「きっと、皆さん無事だ。問題が無事に解決したら、祝杯を上げよう」

 両親の言葉にグッとくるものがあったが、ルークは片手を上げてあいさつすると、満天の星空の中へ飛竜を飛び立たせた。




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なろう版で脇役の名づけを横着していたので、改定するにあたり新しく付けていたらいくつか被っていたので修正しました。

紛らわしくてすみませんでした。


イリス

アロンの1人目の奥さん:フォルビア正神殿の見習い女神官

女神官の祖母が皇妃と交流があり、それにちなんで名づけられたということでこのまま続行。


カール

サントリナ公:ルーク兄

ルーク兄をクルトに変更。


ヤーコブ

ビルケ商会の前会頭:ヘデラ夫

前会頭の名前をエーリヒに変更。






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