126 門出は悲しみと共に6

 翌朝、約束した日の出前にルークが準備を整えて着場に行くと、ヒースとユリウスが既に待っていた。他にもすっかり顔なじみとなった数人の竜騎士が見送りに出ていてくれている。

「おはようございます。すみません、遅くなりました」

「今来たところだ。心配するな」

 ルークが頭を下げると、ヒースは相棒の飛竜、オニキスの装具を点検しながら答える。ユリウスもうなずきながらフレイムロードの装具を確認している。

 今回のフォルビア行きに当初は外す予定だったユリウスの2人の護衛は、結局は同行することになり、彼等も準備に余念がない。彼等もスピード重視の飛竜をパートナーにしているので、昨日打ち合わせた行程に無理なくついてこれるだろう。ルークもエアリアルに朝の挨拶をすると、装具を一通り確認しておく。

「おお、揃っているな」

 そこへ数人の侍官を従えてハルベルトが着場へ現れた。彼の後ろにはアルメリアもいる。5人は整列して控え、頭を下げた。

「ヒース、これをエドワルドに渡してくれ」

 隊長格の彼が手紙を預かる。ハルベルトが促すと、アルメリアが少し恥ずかしげにユリウスに近寄る。

「あの……道中お気をつけて」

「はい。ありがとうございます」

 初々しいが、どこか他人行儀なのは相手が皇家の姫君だからだろうか、それとも単に気恥ずかしいだけなのだろうか。ユリウスはアルメリアに優しく笑いかけるとフレイムロードの側に戻る。

「では、気をつけて行くのだぞ」

「はっ」

 ハルベルトが声をかけると、フォルビアへ向かう5人は頭を下げてそれぞれの飛竜にまたがった。そしてヒースのオニキスを先頭にして5頭の飛竜が飛び立ち、南に向かったのだった。




 日が沈む頃、一行はフォルビアの館に着いた。彼らはいつもの玄関前に飛竜を降ろすが、いつもならオルティスかティムが出てくるというのに、誰も出てこない。

「おかしいな?」

 ルークが他の4人と共に玄関に向かうと、中がなにやら騒がしい。居間の前に侍女たちがおろおろとして立ち尽くし、コリンシアが泣いている。

「ルーク卿!」

 彼の姿を見て年配の侍女がすがるような目で助けを求めてくる。

「何事ですか?」

 ルークが声をかけると、彼女は震える手で室内を指差す。居間の奥、グロリアの部屋から何かを倒したり壊れたりする音がする。3人が奥へ入っていくと、年配の男女2人がグロリアの寝室を荒らしているのだ。フォルビア家の親族でも強硬に自身の権利を主張しているヘデラ夫妻であった。何やら物色している2人をフロリエとオルティスが止めようとしていた。

「お止め下さいませ」

 フロリエが夫のヤーコブに縋りつくが、彼女は振り払われて壁で体を強打し、床に倒れこんでしまう。肩に止まっていたルルーは怯えて彼女の周りを飛び回る。

「フロリエ様!」

 ルークはあわてて彼女に駆け寄って助け起こす。彼女は打った所を押さえながらどうにか立ち上がり、なおも2人を止めさせようとするが、ルークはオルティスにふらついている彼女を預けて居間へ避難させる。

「お止め下さい!」

 ルークの一喝に2人は驚いて手を止めた。しかし、竜騎士達の中にエドワルドが居ない事を確認すると、物色を再開する。

「邪魔をするな」

「元よりここはフォルビア大公家が所有する館。あのようなよそ者が住んでいること自体がおかしいのだ」

 2人は口々にそう言いながら机や戸棚を開けていき、その中から目に付いた宝飾品の類を片端から自分の懐へと入れていく。ルークはその光景にふつふつと怒りがこみあげてくる。

「あなた方には死者を悼む気持ちは無いのですか!」

「あるわけ無いでしょう。あのばあさん、人をこき使うだけで何も寄越さないのだから」

「全くだ」

 彼らの態度にルークはこぶしを握り締めて殴りかかろうとするが、それを冷静にヒースが止めた。

「ここにハルベルト殿下の命令書がある。グロリア女大公の葬儀が終わり、遺書が公表される前に彼女の遺品に手をつけたものは罰金と禁固刑に処すそうだ」

「!」

「何故だ!我が家の問題に皇家が口出すと言うのか?」

 彼らはヒースにも食って掛かる。

「この有様を見たら嫌でも口に出したくなりますよ。父が嘆きますね、5公家の品位がここまで落ちたかと」

 冷静にユリウスが言うと、彼らははっとしたように彼の顔を見る。ブランドル公の子息であることに気付いた様だ。

「何の騒ぎだ?」

 そこへエドワルドがアスターを従えてグロリアの部屋に入ってきた。その部屋の有様を見て、彼はスッと目を細める。

「何の権利があってこの部屋を荒らしておられるのですかな?」

「元々は我々フォルビア大公家の物だ。どうしようと勝手でありましょう」

 見事な開き直りで彼らは胸を張って答える。

「叔母上が亡くなられ、彼女の遺言状が公表されていない状態では、誰のものでもありません。次はどなたがフォルビア公になられるか分かりませんが、その方の権利を互いに侵している様なものですな。」

 エドワルドは怒りを抑えつつ、2人の顔を順に眺める。さすがの彼らもそう言われると強がる事が出来なくなる。

「殿下、お久しぶりでございます。陛下のご下命により、ただ今到着いたしました」

 そこへヒースとユリウスがエドワルドの前に進み出る。

「ヒース卿にユリウス卿、遠路来て頂いたのにこの様な騒ぎに巻き込んで済まなかった」

「いえ。こちらはハルベルト殿下からお預かりしました命令書になってございます。どうぞ、お目を通していただけますか?」

 ヒースはエドワルドに頭を下げると、ハルベルトから預かった書簡を差し出した。彼はすぐに封を開けて素早く目を通す。

「……女大公グロリアの葬儀及び遺書の公開までに彼女の遺品並びにフォルビアの財産を無断で着服した者は、金貨1万枚の罰金及び禁固5年の刑に処すものとする。アロン・ハロルド・ディ・タランテイル、とありますな」

 エドワルドは書簡を広げて2人に見せる。彼らは気まずそうに互いの顔を見ている。

「さて、どうされますかな?何かを探しておいでの様ですが、このまま探索をお続けになるのでしたら、2人ですから金貨を2万枚必要と致しますが?」

「……」

 彼らの顔は蒼白となる。慌てて逃げていこうとするが、既に竜騎士たちが出口をふさいでいる。

「せめて自分達がした事の後片付けをして頂きましょうか?あと、懐に入れられたものも忘れずに元に戻して下さい」

 エドワルドの言葉に2人は放心したかの様にがっくりと膝をつく。

「オルティス、監督をしてくれ。アスター、見張りを頼む」

「かしこまりました。」

オルティスとアスターが返事をすると、エドワルドは無表情でうなずき、2人を残して部屋を出る。彼らを片づけが済むまで帰さないつもりだった。



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12時に次話を更新します



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