125 門出は悲しみと共に5

「ルーク卿、話がある」

 突然、声をかけられて振り向くと、グスタフが立っていた。声をかけてきたのが意外な人物でルークは驚く。

「何でございますか?」

「この夏よりわしの所領へ来るといい。部下を2人つける。俸給は今の倍出そう」

 ルークは一体何を言われているのか分からなかった。目が点になり、固まってしまう。

「え?」

「倍では気に入らぬか?支度金も用意させる」

 ようやく自分がスカウトされているのだと気づき、ルークは困ってしまった。顔を上げて見ると、グスタフの後ろで国主とハルベルト、サントリナ公とブランドル公が笑いをかみ殺して見物している。

「どうじゃ?」

 グスタフは自信満々でふんぞり返っている。ルークは呆れながらも身分の高い相手に礼を損なわない様に頭を下げる。

「申し訳ありませんが、そのお申し出はお受けする事は出来ません」

「何故だ? 俸給が足りぬか?」

 当然彼は受けると思っていたグスタフは驚くが、ルークは頭を下げたまま更に続ける。

「俸給ではありません。私は例え下端でもエドワルド殿下に、ひいては国主アロン陛下にお仕えすることを誇りに思っております」

「わしに仕えることはできぬと言うか?」

「はい」

 ルークの断固とした口調にグスタフはだんだんと険しい表情となる。

「後悔しても知らんぞ」

「今、己の意志を曲げる事の方が後悔いたします」

 大貴族相手に一歩も引かないルークにグスタフの怒りは爆発寸前であった。

「諦めよ」

「殿下、口を挟まないで頂きたい」

 そこへハルベルトが声をかけると、グスタフは彼に食って掛かる。

「だが、彼は断っているのだ。いくら俸給を上乗せしようとも、位を笠に圧力をかけようとも、彼の気持ちは揺らぐ事は無いぞ」

「さよう。その様な若者であれば、既に今頃何処かの貴族に仕えて居ろう」

「夏至祭の折には仕官の話だけでなく、養子の話も両手に余るほど来たと言う。その事ごとくを彼は断ったらしいからな」

 ハルベルトだけでなく、サントリナ公もブランドル公も口をそろえてルークを擁護してくれる。実のところ、グスタフが金に飽かして優秀な竜騎士を多数抱え込んでいるのを彼らは快く思っていなかった。その事が現在、地方に竜騎士が不足している原因の一つにもなっていた。

「……」

「彼の意思を尊重するべきではないかな?」

「不愉快だ。失礼する」

 グスタフは足音も荒く会議室を出て行った。ルークはやっと大きく息を吐き出し、緊張を解いた。

「相変わらず見事な頑固ぶりだな」

 ハルベルトが笑いながらルークに話しかけてくる。しかし、彼はグスタフを怒らせてしまった事を後悔していた。

「怒らせてしまいましたが、私はまずい断り方をしたのでしょうか?」

「気にするな。そなたが悪いわけではない」

「左様、あの様な誘い方で真の竜騎士の忠誠を得られると思う方がおかしいのだ」

 ハルベルトの言葉にブランドル公が大きく頷いている。

「雷光の騎士よ、気に病むでない。そなたはそなたの思う道を歩めば良い」

 国主の言葉にルークは恐縮して頭を下げた。

「恐れ入ります」

「しかし、アスター卿といい君といい、エドワルド殿下は良き部下に恵まれておられる。これも度量のなせる業かの」

「だからこそ、私も姉上もあれを次代の国主に望んでいるのですよ」

「……」

 サントリナ公とハルベルトの言葉を複雑な気持ちでルークは聞いていた。

「とにかく、明朝、君はヒースとユリウスと共にロベリアへ向かってくれ。我々は葬儀の前日に着く様に出発する」

「かしこまりました」

 ルークは頭を下げて会議室を後にした。ようやく解放されたルークは、空腹を覚えながらもエアリアルの様子を見に竜舎へ向かった。飛竜は彼の姿を見ると、うれしそうに頭をすり寄せてくる。

「上機嫌だな、エアリアル」

 長距離を飛んだ割に、飛竜は元気である。竜舎の係りの話では、食欲も旺盛で特に問題もないらしい。ルークはその場でしばらくの間エアリアルにブラシをかけてやっていた。

「いたいた。やっぱりここだった」

 ユリウスがルークの姿を見つけて駆け寄ってきた。背後には相変わらず護衛が控えている。

「ユリウス、昨日はありがとう」

「当然の事だよ、ルーク」

 ルークとユリウスはハイタッチをして挨拶を交わす。

「明日はよろしく頼むよ」

「君のスピードについていけるか、それが心配だよ」

「そんなに差は無いと思うけど?」

「聞いたぞ。昨日は日が高くなってから向こうを出たって。俺にはそのペースで飛ぶのは無理だよ」

「そうかな?」

 ユリウスの言葉にルークは首をかしげる。

「それで、ヒース隊長が明日の打ち合わせしながら昼食を共にしたいと言っている。まだ早いけど今から良いか?」

「ひもじくて死にそう」

 ルークはいかにもひもじそうに答えると、エアリアルのブラシ掛けを終え、手早く後片付けを済ませる。そして水場で手を洗うと、ユリウスと連れ立って食堂へ向かった。

「おう、タランテラ最速の騎士が来たな」

「何ですか?」

 食堂で待っていたヒースにいきなり言われてルークが面食らう。

「文字通りだ」

 彼は既に3人分の食事をテーブルに用意させていた。ルークとユリウスは彼に促されて席に着き、先ずは冷めない内に食事を始める。ルークは空腹だった事もあって、2人が驚くほどの量を平らげた。

「良く入るな……」

「朝食を食べ損ねたので……」

 言い訳をしながら彼は最後の一口を飲み込み、お茶で喉を潤した。

「まあ、そういう事にしておこうか」

 苦笑しつつ、ヒースは食器を端へ寄せてタランテラ国内の地図を広げる。明日の出発時間とルートをルークの意見を聞きながら簡単に確認する。

「ま、お手柔らかに頼むよ」

 簡単な打ち合わせが済むと、ヒースとユリウスは明日の準備の為に席を立ってしまい、ルークも1人でいると落ち着かないので、長居せずに自分の食器を片付けると食堂を出た。竜騎士達はロベリアへ向かう準備をしているのか、西棟全体が慌しい雰囲気に包まれている。これといってする事が無い彼は与えられた部屋に戻っていった。

 結局、午後は暇を持て余して練武場を借りて1人で鍛錬をしていた。するといつの間にか手が空いている竜騎士達が集まり、日が暮れるまで鍛錬に付き合ってくれた。そしてその後は誘われるままに夕食も彼らと同席したのだった。




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家を継ぎ、国政に参加し始めた頃はグロリアの元で働いていたことを理由に、一時的に謹慎を解かせて無理に会議に出席してきたワールウェイド公。

元々気の優しいアロン陛下は否とは言えずに彼の参加を認めてしまったと言ったところでしょうか。


今回のスカウトを断った事により、ルークも彼に目の敵にされる事になってしまいます。


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