127 門出は悲しみと共に7

「遠路疲れただろう、済まなかったな。悪いがもう少し待っていてくれ」

「殿下の所為ではありません」

 ルークと皇都から来た竜騎士達にエドワルドは改めてねぎらいの言葉をかけると、ソファで横になっているフロリエに近寄る。打った背中と腰が痛むのだろう、体を起こせないでいたが、それでもけなげにも泣いているコリンシアをなだめている。

「大丈夫か?」

「はい」

 夫が戻ってきてほっとしたのだろう、幾分か表情を緩めた。彼はそんな妻と娘を優しく抱きしめた。

「痛むのであれば、医者を呼ぼう」

「少し休んでいれば大丈夫です」

「そうか、だが無理をするな。済まなかったな、留守をしたばかりに……」

 エドワルドは夕方、別の親族から呼び出しを受けて出かけ、アスターはロベリアで騎士団の仕事を代行していた。呼び出しも大した用ではなく、嫌な予感がして急いで帰ってきたらこの有様だった。アスターもエドワルドから急用で出かける伝言を受けて急いで帰ってきたのだが間に合わず、結局館に着いたのは同時だった。

「いえ……」

 互いを気にかける様子から深い愛情を感じ、ヒースとユリウスは2人の関係に気付いたらしい。居間の隅に集まり小声でルークに話しかけてくる。

「ルーク、もしかしてお2人は?」

「今は何も言わないでくれ」

「わかった」

 2人とも皇家の内情を心得ている。自分達はその件に関しては部外者であり、沈黙を守ることに快く同意した。

 その時、エアリアルからオリガに危険が迫っている警告がルークに届く。ルークは居間から飛び出すと、全力で薬草庫を目指す。

「オリガ!」

 半裸のオリガが口を塞がれた状態で作業台に押さえつけられ、顔を引っ掻かれたラグラスがのしかかろうとしていた。彼女の服は引き裂かれ、乾燥させたハーブと共に床に散乱している。

「貴様!」

 ルークは抑えていた怒りを握りこぶしに込めてラグラスの頬に叩き込み、相手の体が浮いたところで強力な蹴りを繰り出した。ラグラスの体は壁に叩きつけられ、彼はグエッとうめいてそのまま失神する。ルークは更に腰の長剣に手をかけて間を詰めるが、それをエドワルドが止める。

「そのぐらいにしておけ。そいつを斬った所でお前の剣が穢れるだけだ」

「……」

 部屋の戸口にはヒースとユリウス、数人の侍女が集まり、中の様子を伺っている。始めてみせるルークの激しい怒りに彼らは絶句していた。

「オリガを介抱してやれ。」

 エドワルドの命令にルークは無言で頭を下げると、薬草庫の隅で体を隠すように震えているオリガに近寄る。

「ルーク……」

「大丈夫か?」

 ルークは自分の外套を脱ぐと、オリガに着せ掛けて抱きしめる。彼女はやっと安心したのか、彼の腕の中で泣き始めた。そんな彼女を彼は抱き上げ、薬草庫を出るとこの館に泊まる時にいつも使っている客間へ彼女を連れて行く。そんな2人を皆は無言で見送った。

 その後ラグラスは、竜騎士と使用人達によって縛り上げられ、そのまま彼の館へ連れて行かれることになった。最初グランシアードに行かせる予定だったが、ルークから命じられたエアリアルがラグラスに括られたロープを横からつかんで飛んでいってしまった。立木の間や崖のすれすれのところを全力で飛んでいくので、途中で意識が戻ったラグラスはあまりの恐ろしさに失禁してしまい、何とも情けない姿で城に到着したのだった。

 後に尋問して分かった事だが、彼は騒ぎに紛れてグロリアの遺言状かフォルビアの紋章の保管場所を探りに忍び込んだところをオリガに見つかり、口封じついでに体をモノにしようと薬草庫へ連れ込んだと白状した。ルークが予想より早く帰って来た事により、彼の予定が全て狂ってしまったらしい。

 一方、片づけを命じられたヘデラ夫妻は、明け方になってようやくオルティスから許しをもらった。待機させていたフォルビアの竜騎士と共に、疲労困憊した彼らは明るくなる頃にようやく帰っていったのだった。




 翌朝、オリガはルークの腕の中で目を覚ました。カーテンの隙間から差し込む朝日の中、彼女はまだぐっすり眠っている彼の寝顔を眺めていた。昨日は皇都から帰ってきた上に、あの騒動があったので疲れているのだろう。彼女は彼を起こさないようにゆっくりと体を起こした。

 ずれた上掛けの隙間から竜騎士の鍛えた体が覗き、オリガは赤面して上掛けを直した。冬に受けた青銅狼の爪あとだけでなく、彼の体にはたくさんの傷跡があることを彼女は始めて知った。オリガは気持ちを静めながら昨夜のうちに用意してもらった着替えに袖を通し、いつもの仕事をする為に部屋を静かに出て行った。




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エドワルド&フロリエ主人公カップルに続いてルーク&オリガ一目ぼれカップルもついに……。


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