97 その想いの行方3
その夜の夕食はなんだか寂しいものとなってしまった。まずは夕食の時間になってもフロリエが姿を現さなかった。
「ママ・フロリエは?」
様子を見に行ったオリガが腕にルルーをのせて戻ってくると、心配そうにコリンシアが尋ねる。
「少し気分が優れないそうで、夕食は欲しくないそうです。ルルーだけでも何か食べさせてほしいと仰せでございました」
オリガは困惑した表情を浮かべながら、小竜をフロリエの席に降ろす。
「風邪ひいたのかな?」
「疲れが出たのかも。のう、エドワルド?」
グロリアが問うが、彼は心ここに有らずといった状態である。先ほどから何度目かのため息をついた。
「はい?」
遅れて自分に話しかけられたことに気付いて間の抜けた返事をする。
「まあ、良い。食事にしよう」
グロリアは苦笑すると食前の祈りの言葉を口にする。エドワルドもコリンシアもそれに習い、祈りを捧げて食事を始めた。
しかし、エドワルドも食欲が無いようで、フォークで料理を突くものの口まで運ぶのは
「おばば様、父様どうしたのかな?」
「あれにしては珍しい病にかかっておるの」
心配そうなコリンシアに対し、グロリアは至って楽しそうである。
「父様病気なの?」
「
「おねんねしなくていいの?」
「どうかしらねぇ」
グロリアの答えにコリンシアはますます心配になる。しかし、食後はグロリアの助言に従い、すぐにオリガに手を引かれて自室に戻っていった。
エドワルドは居間に移ると、すぐにオルティスにワインを頼む。
「おや、酒は控えよと言われたのではなかったか?」
グロリアは可笑しそうに声をかけるが、エドワルドは杯に注がれたワインを一気にあおる。
「今日は飲ませて下さい」
「失恋のやけ酒かえ?」
「ぐ……」
どこまでも鋭いグロリアにエドワルドは返す言葉も無い。
「普通に口説いたところであの娘はなびかぬ。性急すぎたのじゃ」
「……」
当たっているだけに言い返す言葉もない。出るのはため息ばかりで、手酌で杯を満たすとそれを飲み干した。逆にグロリアは、実に楽しそうにエドワルドを眺めている。
「今まで散々遊んできたのじゃ。お手並み拝見といこうかの」
「……楽しそうですね」
「当たり前じゃ。他人事じゃからの」
「……」
エドワルドはまた自分で杯を満たし、それを流し込むようにして飲み干した。
「そんなにあの娘に惚れたのかえ?」
「……はい」
「同情や感謝の気持ちではなく?」
「違いますよ」
それだけははっきりと断言できた。
「ま、せいぜいお気張りなさい。2人とも妾が口出しするほど子供ではないからの。成り行きを楽しませてもらおうかの」
グロリアはそう言い置くと席を立ち、自分の部屋へ向かおうとする。
「叔母上、明日ロベリアに帰ります」
「おや、あの娘を
「頭を冷やしてきます」
「それも良かろう……」
グロリアは頷くと居間を出て行った。1人残ったエドワルドはその後もしばらく間、1人で杯を傾けた。
翌早朝、エドワルドは身支度を済ませて部屋を出た。そして新しいフロリエの部屋の前に来ると、昨夜のうちに書いた手紙を扉の隙間に滑り込ませる。左手で書く上に、ルルーを通して読みやすいように大きめの文字で簡潔に、無理に唇を奪った
総督府に着くと、何の前触れも無く1人で現れたエドワルドに皆驚いた。そんな事は気にせず、まず向かったのは竜騎士達が待機している休憩室だった。
着場で聞いた話では、一時ほど前に討伐を終えて帰ってきたところらしい。疲れて休んでいるかもしれないが、様子を見ようと向かっていると、なんだかものすごく賑やかである。
そっと扉を開けて入ってみると、中央に置かれたテーブルの向こう側でアスターとマリーリアが口論している。他の竜騎士達はテーブルの周りの椅子に腰かけ、呆れたように2人を
「!」
最初に気付いたのはルークだった。慌てて立ち上がろうとするのをエドワルドは身振りで抑える。他の竜騎士達も次々気付くが、同様に身振りでそのまま座っているように指示した。
「だから、出るのが早すぎたのだ」
「この間は遅いと怒るから早く出たの!」
アスターとマリーリアはまだ気づかずに口論している。
「何が原因だ?」
「いつもの事です」
エドワルドは空いている席にそっと座ると、隣のジーンに小声で話しかける。呆れた様子からあの2人が一緒に出撃すると、毎回同様の事で言い争いをしているのだろうと容易に想像できた。
いつもは冷静なアスターにしては珍しく、感情的な言葉の
「指示を出しているだろう?」
「あんな指示じゃ分からない!」
「いい加減、慣れろよ」
「無理言わないで!」
「だったらついて来るな」
「それじゃいつまでたっても分からないでしょ!」
どうやら堂々巡りのようだ。聞いているうちにエドワルドは段々おかしくなってくる。そのうちにこらえきれなくなってつい笑いだしてしまう。
「!」
「殿下!」
やっと2人はエドワルドの存在に気付く。
「もうよろしいのですか?」
「もしかして、1人でお戻りに?」
エドワルドの側に2人は駆け寄る。
「もうお終いか? なかなか見ものであったが……」
「え?」
2人は固まってしまう。
「寝ているのも飽きた。こちらにいた方がが多少なりとも出来る事があるだろうと思って戻ってきた」
そこへ休憩室の扉が乱暴に開き、バセットが入ってきた。おそらく侍官から聞いて慌ててやってきたのだろう。
「殿下、無理はなさるなと申し上げたはずですが?」
彼は少し
「大丈夫だ。気になるならまた後で診てくれ。執務室にいる」
エドワルドは立ち上がると、バセット共に部屋を出ていく。竜騎士達は立ち上がって彼を見送る。
「団長、なんだか元気ないわね」
ジーンが呟く。
「まだ完全に回復されたわけでないから当然だろう」
アスターはそう答えると自分の席に座り、すっかり冷めてしまったお茶で喉を潤す。
「昨日会った時と感じが違う気がするのですが……」
前日にグロリアの館へ行ったルークは自信なさ気に呟くが、館に滞在中はずっとオリガといたのであまりエドワルドの印象が残っていない。ただ、なんとなく
「あれから何かあったのかな……」
近いうちに館へ行く機会があれば、オリガに聞いてみようとルークは思ったのだった。
一方、グロリアの館では、エドワルドが総督府へ戻った事を知ったコリンシアが泣いていた。
「父様……何も言ってくれなかった」
父親が彼女に何も言わずに帰ってしまった事にショックを受け、朝ごはんも食べようとしない。
「コリン様……」
彼が館を出て行った原因が自分だと分かっているフロリエは、後ろめたい気持ちを抱えながら小さな姫君を抱きしめていた。
今朝、扉の隙間から入れられた彼からの手紙に彼女は胸を打たれたが、だからと言ってその気持ちに応える勇気はなかった。
エドワルドが次代の国主に望まれている事を彼女はグロリアから聞いて知っていた。好きなだけではどうにも出来ない事がある。身元も分からない上に目も見えない自分がその相手に相応しいとは思えなかったのだ。
「父様、ひどいよぉ」
コリンシアはまだ泣いている。フロリエは何も知らない姫君を抱きしめてやる事しかできなかった。
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